第81話 やはり出番がなくなる

今回も冒頭のみ前回を受けてちょっとばかし汚いシーンがあるので、食事時などはお控えください。



―――――



 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルは「なんか変だな」と感じていた。


 リンム・ゼロガードの自宅に一大決心して押しかけたはずだった。女司祭マリア・プリエステスに指摘されたように、リンムが果たして本気で守護騎士になるつもりがあるのかどうか――


 そのちぎりを確かなものにする為にも、ぐーで勝負を決めて……とはいえ、まともにやっても勝てないのはよくよく分かっていたので、どんな卑怯な手段を使ってでもリンムを落としてやろうと、不撓不屈の気合いでもってこの家までやって来た。


 最後は、何なら押し倒して、この汚れなき体でもってリンムと物理的に《・・・・》結ばれて、


「さあ、おじ様……これで私たちは、身も、心も、運命も、一心同体になりましたわ」


 と、脅して――もとい愛を囁いて、今頃は人生設計について、ベッド上でリンムに腕枕されながら語らい合っているはずだった。


 それが現実はというと――どうだ?


「ぶぐっぷあ……お、お、おえええええ!」

「ぎゃあああああ! 汚いいい! おじ様、助けてええええええ!」


 眼前いるのは、白馬の王子様ではなく、おじ様でもなく、ただの汚爺・・さまである。


 いや、こんなやつに様付けするのももったいない。元Aランク冒険者で、水郷の長といっても、今はただの酔っ払いのくっさいおっさんに過ぎない。だから、ティナは容赦なく、「ええい!」と、ついに自慢のぐーを突き出した。


「げろんぱあああああ!」


 結果、オーラ水郷長は大の字になって寝転がったわけだが……


 同時に、ティナも「あれ……はれ……ほれ?」と、床にごろりんと寝転がってしまった。酔いが完全に回ったわけだ。


 もちろん、これには理由がある。今回、料理をしたのはリンムだが、それを手伝ったのは受付嬢のパイ・トレランスだ。つまり、パイは秘かに仕掛けていたのだ。


 これ以上、この可笑しな聖女に掻きまわされないようにと、食事に『酩酊』がより一層かかるような粉末をこっそりと混ぜておいた。


 それがすぐそばで食べていたオーラにまで及ぶとは、さすがにパイも想定していなかったが、何にしてもこれで平和は訪れたと、パイは「あらあら、うふふ」と笑みを浮かべるのだった――






「ん? あれれ? ここって……どこかしら?」


 ちゅん、ちゅんと、どこかから小鳥のさえずりが聞こえてくる時分――


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルは、がばっと上体を起こした。気づけば、いつの間にかベッド上にいた。間違いない。ここはリンムの寝室だ。しかも、ティナはほぼ全裸だった。


「もしかして……これって……朝チュンかしら?」


 とはいえ、夢の中ですらリンムに抱かれた記憶がない……


 ……

 …………

 ……………………


 どれだけ考え込んで、脳に偽の記憶を刷り込ませようと努力してみても、確実にリンムとは寝ていない。


 結局のところ、やっと思い出せたのは――オーラ・コンナー水郷長の「げろんぱ」だけだ。


「最悪な夜だったわ……でも、なぜ私はほとんど全裸で寝ているのかしら?」


 すると、「はあ」とため息をつきながら寝室に入ってくる者がいた。神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトだ。


「それは貴女の着ていた冒険者服が汚れてしまって、洗って干すしかなかったからよ。生活魔術できれいにしようとしても、あの服には万が一を考えて様々な耐性術式を付与していたから、そのせいで生活魔術を弾いちゃってね。仕方がないから、手洗いするしかなかったわ」

「あら、スーシー。おはようございます」


 素面しらふだと、すぐに聖女モードになるのはさすがだったが……スーシーはというと、また「はあ」と息をついて、寝室の窓にかかっていたカーテンを開けてみせた。


「ええ。おはよう、ティナ。とはいっても、今はお昼なんだけどね」

「へ? もうそんな時間になるの?」

「そうよ。この家にいるのも、私と貴女だけ。皆、それぞれの仕事に行ったわ」

「おじ様は?」

「早朝のうちにチャルさんと一緒に朝市を回って人探しをして、午前から昼過ぎにかけては『初心者の森』で今晩の孤児院でやる予定のパーティーの為の食材探し、ついでに午後には司祭のマリア様、それから夕方にはギルマスのウーゴ殿と何か大事な話があるって言っていたわ」

「他の人たちは?」

「パイ姉さんは受付の仕事。メイとミツキは騎士団に戻っているわ。今頃、魔獣の捜索に出ている頃合いかしら。オーラ殿はよく分からないわ。まだ水郷には戻らないみたい」

「ふうん。じゃあ、スーシーだけ、ここでいったい何をしていたの?」


 ティナはそう尋ねてから、「はっ」と、両目を大きく見開いた。


 昨晩、スーシーが初めてリンムの新しい家に来たと言っていたことを思い出したのだ。


「もしかして……おじ様の家に染み込んだ芳醇な香りをこっそりと、くんか、くんか、する為に――」


 直後、ティナの額に手刀が入った。


「痛い! いたっ、いたっ……何をするのよ、スーシー!」

「貴女と一緒にしないで。そんなわけないでしょ」

「じゃあ、なぜ、おじ様の家に残ったのよ?」


 ティナが下唇をツンと突き出して抗議すると、スーシーはまたまた「はあ」と息をついた。


「貴女を護衛する為に決まっているじゃない。少しは立場を自覚しなさい」

「むむむ」


 もちろん、部下の騎士たちを寄越すことも出来たが……実のところ、スーシーは特にやることがなかった。


 というのも、騎士団の指揮や庶務については、スーシーがイナカーンの街に到着する前から副団長のイケオディ・マクスキャリバーと、その補佐のエイプ・デッド・リールマンスに任せてある。


 さらに、騎士団長の仕事といったら、基本的には最終的な決裁ぐらいしかないのだが、こうして遠征先に滞在していると、そういった事務仕事はほとんど溜まらない。結果、スーシーは手持ち無沙汰になるわけで、


「私のことより、ティナはこれからどうするの?」

「んー。昨日、冒険者ギルドに報告して、それは法国にも伝えてもらったはずだから、数日後には連絡が来るはずだわ。それまでは教会にでもお世話に――」


 というところでティナは言葉を切って、「むっ」と、いかにも真面目そうな表情になると、


「いえ。教会ではなく、何としてでもおじ様の家でお世話される流れを作っていくわ!」


 そう断言してみせた。


 この健気さだけは見習うべきかもしれないと、スーシーはまたまたまた「はあ」と息をついたが、いったん窓際に立って涼しげな風を頬を受けると、


「ねえ、ティナ?」

「何かしら?」

「私に少し付き合わない?」

「何をするの?」

「今晩、孤児院でパーティーをやるのよ。その為に子供たちへのお土産を幾つか見繕って持っていこうと思っているの」

「へえ。それはそれは……頑張ってください。私はその間に、おじ様の家でくんかくんかしています。護衛はいらないわよ。何だったら家の入口に余った神聖騎士たちでも立哨させておいてくれるかしら」


 ティナがそっけなく答えると、スーシーは「ふふ」と笑ってティナのもとまで来ると、その額を指でピンっと弾いた。


「あーら、本当にそれでいいの?」

「な、何よ」

「子供たちにプレゼントを持っていったら、きっと子供たちだけでなく――義父とうさんだってすごく喜ぶと思うわ」

「あ!」

「教会の孤児の為に尽くす聖女様って素敵だと思わない?」

「い、いいわ。すごくいいわ。めちゃくちゃいいわ。それ! 最高じゃない! 子供への慈愛に満ちた第七聖女。その隣に控えて微笑をたたえる守護騎士のおじ様――きっと生ける伝説になるわ!」


 こうしてティナはまんまとスーシーの口車に乗せられたのだった。



―――――



本日の夜のうちに限定近況SSの『決戦の金曜日』を近況ノートに投稿しています。七夕をテーマにした掌編で、今回も非限定にして誰でも読めるようにしてありますので、よろしくお願いいたします。

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