第80話 おっさんはホームパーティーをする(後半)
汚い表現やシーンが出てきますので、食事中の方はご注意くださいませ。
―――――
「あはは。おじ様と違って、すごーく、くっさーい!」
「うっせ。リンムだって俺と同じようなもんだよ。そんなに変わりゃしないって」
「ふうん。じゃあ、もう一回、はーってして。はーってさ」
「ぶばあああああ!」
オーラ・コンナー水郷長が酒臭い息を吹きかけると、第七聖女ティナ・セプタオラクルは鼻をつまんで、「死ぬー」と卒倒しかけた。
そのすぐ隣ではダークエルフの錬成士チャルに酌をしながら、女騎士のミツキ・マーチが「ああ……こちらのお姉様もやっぱり素敵ですわ」と、その肩にしな垂れかかっている。
エルフ種は人族をよせつけないものとされてきたが、存外にチャルはミツキを邪険に扱っていない。
もしかしたら、『初心者の森』の洞窟でずっと一人きりで過ごしてきたからか、チャルは人恋しくなっていたのかもしれない。
さらに、その隣では女騎士のメイ・ゴーガッツが酔っ払って地が出たのか、ぼくっ娘になって受付嬢のパイ・トレランスに色々と不満をぶつけていた――
「ぼくは背が低いから、いつも、いつも、いつも! 弱く見られがちなのです!」
「あらあら」
「そのくせ、鎧を脱ぐと男どもはぼくの胸にばかり視線を寄越すんですよ! 本当に男ってのはどうしようもない生き物だと思いませんか?」
「うふふ」
さすがに長く受付をこなしてきただけあって、パイはそんなメイの愚痴を見事に受け流していた。
だが、そろそろ面倒臭くなったのか、いかにも「助けて」と、メイの上司である神聖騎士団長スーシー・フォーサイトに視線をやった。
とはいえ、そのスーシーを皆から少し離れたリンムのもとにやったのはパイ自身なのだ。
「私はいつでも義父さんと話が出来るから、帰郷したときぐらいはしっかりと甘えてきなさいよ」
と、パイが送り出したこともあって、今、スーシーはというと――広間の片隅のソファで寛ぎながら、リンムと親子水入らずで話をしていた。
ちなみに、ティナの横槍からそんな二人を守る為にオーラ水郷長という刺客を送り込んだのも実はパイである。
「じゃあ、これはどうだよ。聖女の嬢ちゃんよおおお」
「んー、どれどーれ?」
「ぶぼおおおおお!」
「きっつ! 死ぬ!」
こんなふうにしてホームパーティーが始まって、時間もずいぶん過ぎたわけだが、こうなってくると最早、ただの酔っ払いどもの
さっきから聖女にあるまじき「ぎゃははは」という笑い声が上がったり、「ああん」と
リンムとスーシーのいるソファだけは、やけにまったりとした空気が流れていた。
「ところで、スーシーは向こうで皆と一緒に飲まなくてもいいのか?」
「構わないわ。私がこの街に到着するまでメイとミツキはずいぶんと気を張っていたみたいだから、今日はせめて楽しく飲ませてあげないとね。それぐらいは上司として気を遣ってあげないと」
「ふうん。騎士の仕事はやはり大変なのかね?」
「まあね。『王国の盾』となって魔獣を倒すだけじゃない。色々と面倒なしがらみだってたくさんあるわ」
「ふむん。スーシーがしがらみなんて言葉を使うようになるとはな」
リンムはつい微笑を浮かべた。
スーシーが大きくなって帰郷したとはいえ、いまだにリンムの中では、スーシーは男の子たちの中に混じって棒切れを振り回していたイメージだ。
それがまさかこんなにも美しく、また落ち着いた女性となって帰ってくるなんて……
十年前のリンムに教えてもまず信じないだろう。イナカーン地方では立身出世の代名詞となったスーシーではあるが、リンムの中ではまだまだ子供に過ぎない……
とはいえ、子供というのは親にとって、永遠に子供のままなのかもしれないな――
そんなことを思いつつ、リンムは持っていた杯をぐいっと呷った。
「そういえば……スーシーはあまり飲んでいないようだな?」
「もともと下戸なのよ。飲むとすぐに赤くなっちゃう」
「それは意外だ。パイのように酒豪に育ったのかと思っていたぞ」
「ああ……パイ姉さんはね。真面目そうなふりして、小さな頃からよく飲んでいたのよ……義父さん、知らなかったでしょ?」
「そうだったのか? たしかに全く気づかなかったな」
「実は、司祭様がこっそりと、飲み仲間としてよく誘っていたのよ」
「やれやれ……あんの糞親父め。年端もいかぬ子供を誘うとは」
「ふふ。でも、そのおかげで、この街で一番強くなったんでしょ? 前に手紙で読んだわ。祭りの飲み比べで、引退した宿屋の女将さんを継いで、『女傑』の称号をもらったって」
その瞬間、リンムはやや遠い目をした。
たしかに祭りのときには、湯水のように飲み干していくパイの酒豪ぶりに驚かされたものだが……まさか
いやはや、子供というのは親にとって、いつの間にか大きくなっていくものかもしれないな――
そんなふうにさっきとは真逆のことを考えつつも、リンムが「やれやれ」と、酔いが回って思考が怪しくなってきたかなと案じたときだった。
スーシーがふいに声音を変えたのだ。
「ねえ。義父さん?」
「何だい? 急に改まって?」
「義父さんは――本当に守護騎士になるつもりなの?」
急に核心を突くかのような問いかけに、リンムは目をぱちくりしてみせた。
実は、リンムとしてもまだ決めかねていたことだ。夕方の冒険者ギルドで女司祭マリア・プリエステスから「守護騎士の契約を破棄出来るかもしれない」ともちかけられたばかりだ。
ここ数日、魔獣、魔族や奈落、それに帝国に加えて、神話のような
今となってはリンムも惑うしかなかった。
もしリンムがあと二十年……いや、十年でもいい――それだけ若かったなら、二つ返事で受けたことだろう。
若さとは可能性だ。もしくは、何でも出来ると無邪気に信じられる才能そのものだ。
王国の辺境でFランク冒険者として燻っていなくてもいいのだと、若い頃のリンムならばそう信じ込んで、新たな世界に飛び込んだはずだ。
だが、現実はというと過酷だ。
そもそも、リンムはもう若くもない。体だって所々
そんなリンムに果たして守護騎士などという大層なものが務まるのかどうか。
すると、スーシーはどこか甘えるかのように、リンムの肩にぽんと小さな頭を乗せた。
「Fランク冒険者だろうと……A※ランクだろうと……あるいは守護騎士だろうと、何であろうと――義父さんは私にとってはいつまでも格好良くて、強くて、憧れそのものだよ」
直後、リンムはふいに背中を押された気がした。
子供というのは、もしかしたら親の半身なのかもしれない。
小さな時分に街から巣立っていったと思っていたスーシー ――そんな彼女の言葉は、重くなっていた腰も、痛みのある足も、あるいは錆びついてしまった心すらも、簡単に研ぎ澄ませてくれた。
「やっぱり……まだまだ若い者には負けられないよな」
リンムはそう呟いて立ち上がると、ソファの肘掛けにいったん杯を置いてから、「ふう」と一息だけついて、小さな頃にしてあげたように片手でスーシーの頭を撫でてやった。
「俺も同じ想いだよ。どれだけ経とうと、あるいはどれだけ離れようとも、スーシーはいつだって自慢の娘さ」
もっとも、そんな感傷的なタイミングで――
「ぶぐっぷあ……お、お、おえええええ!」
「ぎゃあああああ! 汚いいい! おじ様、助けてええええええ!」
と、台無しの悲鳴が室内に轟いた……
刹那、やっぱり守護騎士になるの止めようかなと、遠い目をしたリンムなのであった。
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