ファーストライフ編Ⅰ

第79話 おっさんはホームパーティーをする(前半)

小見出しを見ると、『ファーストライフ編Ⅰ』開幕? 


……

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いやいや、スローライフちゃうんかーい! ――というツッコミの前に、少々長めのまえがきで失礼します。


今回出てくるリンムの自宅は、シャーロック・ホームズのB221を参考にしています。


詳しくは、『シャーロック・ホームズの建築』(文:北原尚彦、絵図:村山隆司、エクスナレッジ社)を参照ください。なお、「B221のリフォーム後の間取り」でネット検索すると、SUUMOジャーナルの記事に当たって、そこでも確認できます。


ちなみに、なぜB221を参考にしたのかというと、単純に手もとにあった適当な資料がその本だったというだけで、特に深い事情はありません(舞台がホームになったからホームズと掛けたわけではないですよ……本当です)。



―――――



 リンム・ゼロガードにお呼ばれして、その自宅に入ると、神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトは「わあ」と声を上げた。


「案外……中は広いのね」


 錬成室と隣接しているこの本邸は、玄関こそ物置き部屋ランバールームから溢れ出た武器やアイテムなどで手狭になっていたものの、室内は薬師の老婆が住んでいたときとは違って、リフォーム時に壁などを取っ払った分、ずいぶんと開放的になっていた。


 入るとすぐにリビングとダイニングが繋がった広間があって、全員分の食事を置く為に丸テーブルやスクエアテーブルが並べられている。


 おそらく女騎士のメイ・ゴーガッツとミツキ・マーチが手助けしたのだろう。本来は壁代わりとして室内を区切っていたらしき、背の高い本棚などが今は物置き部屋に押しやられている。


 そんなふうに広くなった室内をスーシーがどこか物珍しげな目つきで眺めていたからか―― 一緒に入った第七聖女のティナ・セプタオラクルはすかさず、


「あら? スーシーって、おじ様の家に遊びに来たことがなかったのかしら?」

「ここに越す前の小さな借家なら何度もあったわ。ただ、そのときに私はこの街から出ていってしまったから」

「つまり、この家には初めて来たということなのね?」

「んー。正確には、薬師のお婆ちゃんに用事があったときに訪ねているけど……そのときと比べて義父とうさんはずいぶんとリフォームしたみたいね。別物と言っていいかも」

「ふうん」


 ティナはそんな気のない返事をすると、急にくんか、くんかと、聖女にあるまじき嗅ぎ方をして、


「こ、これは……もしや、おじ様のかぐわしき芳醇な匂い!」


 唐突にそう叫んで、漂ってくる微かな加齢臭・・・を頼りに広間の奥へと向かった。


「やっぱり!」


 ティナはうれしさのあまり、両手をぱちんと叩いた。


 そこは広間の半分ほどもある寝室になっていて、当然ベッドも置いてあったので、ティナは行儀悪く、ぼふんと頭から飛び込んだ。


「ああ! 幸せ! ここが……これからわたくしとおじ様の愛の巣になるのね!」


 しかも、枕に顔をうずめて、「んー」と香りと感触を満喫する。


 そんな親友のあまりにもダメな姿に、さすがにスーシーも何も言えず、また女騎士のメイ・ゴーガッツやミツキ・マーチも一緒になってドン引きしていたのだが――


「あら? 聖女様は本当にたのしそうね。実はついさっきまで、そのベッドでギルマスのウーゴさんが寝ていらしたんですよ」


 調理を手伝っていた受付嬢のパイ・トレランスがいかにもしたり顔で告げると、ティナは「うげ!」とすぐに起き上がった。


 どうやら腹痛を訴えたウーゴ・フィフライアーはそれでもリンムの手料理を諦めきれずに、ここで横になっていたらしい……


 もちろん、広間にソファはあるものの、先ほどまで本棚などの片付けをしていたこともあって、邪魔になるかもしれないからと、リンムがウーゴにベッドを貸してあげたそうだ。


「…………」


 これにはティナも無言で立ち上がって、ぺっ、ぺっと、これまた聖女にあるまじき痰を吐くような素振りをみせた……


 さらに、汚らわしいものでも払うかのように衣服をぱんぱんと叩くと、調理場のシンクまでやって来て、水で顔を洗ってから、ドア横に掛けてあったリンムの上着に顔をうずめてから拭った。


……

…………

……………………


「あれが第七聖女だとは……世も末だな」


 オーラ・コンナー水郷長はソファに背をもたらせながら感慨深げに呟いたものだが――


 当のリンムはというと、「まあまあ」とかえってオーラをなだめていた。


 そもそも、リンムは孤児院の子供たちによく小突かれたり、悪戯されたりしているので、上着で顔を拭われるくらいは気にしない。


 それよりもせっかく料理も出来上がって、皆が広間に集まったくれたこともあって、


「さあ。一緒に食べようか」


 と、声を上げた。


 テーブル上にはいかにもパーティー料理といったふうな様々な食べ物があった。


 もっとも、さすがに小一時間しか下ごしらえ出来なかったので、メインとなる料理は――香草付けの燻製肉、様々な野菜を切り分けたものに、アクセントとして木の実やキノコなどの山菜、それらに加えて米と豆を発酵させて作った薄いクレープのような生地ドーサくらいしか用意出来なかった。


 要はその生地で肉や野菜などを巻いて、幾つか小皿に分けてあるディップソースを浸して、皆でわいわいと様々な味を楽しもうという趣向なのだろう。


 また、少量ながらも魚の煮付け、木の実や山菜のチーズ焼き、あるいはおひたしなども揃えてあって、オーラ水郷長などは自らのアイテム袋からお酒を取り出すと、


「さすがリンムだぜ。酒のつまみをよく分かっているじゃねえか」


 そう言って、「いただきます」をする前からちびちびと飲みだした。


 とはいえ、そんな行儀の悪いオーラ水郷長はともかくとして――教会付きの孤児院で育ったリンム、スーシーにパイ、さらに一応は聖女のティナもいたこともあって、食前に祈りをきちんと捧げてから、


「いただきます!」


 と、一斉に食べ始めた。


 リンムの家に来るまで、『初心者の森』からこっち、何もろくに食べていなかったこともあって、全員がぱくぱくと一心不乱に口に入れている。


 会話もせいぜい一言、二言ぐらいで、そのほとんどが「おいしー!」にすぐ変わっていく。


 リンムはそんな皆の様子に満足しながら、燻製肉を大皿に取り分けて、「ちょっと行ってくるよ」と家の外に出た。玄関先にいる巨狼フェンリルに与えに行ったのだ。


「わざわざすまねえなあ……リンムよ」


 戻って来るなり、オーラ水郷長は声をかけてきたが、意外なことにもう両頬が赤かった。どうやら相当に疲れが溜まっていたようだ……


 すると、意外なところから声が上がった。


「サスオジ様……この山菜は何なのですか?」


 女騎士のメイだ。山菜のチーズ焼きが気に入ったようだ。


「これは初心者の森で採れる『小鬼の角タラの芽』だよ。あく抜きは必要だが、独特のコクがあるだろう? もしかして王都では出回っていないのかな?」

「はい。見たことがないですね。こちらではよく食べられているんですか?」

「んー。それほどよくというわけでもないかな……実のところ、孤児院の子供たちは山菜が苦手でね。まあ、苦みやつんとくる匂いがあるから仕方ないのだけど……その分、採ってくると余るから、こうして色々と調理を加えて自分で食べているんだ」


 リンムはそう言って、ピリリと舌にくるディップソースをわずかにつけて、小鬼の角を口に放り込んだ。


「生の山菜だけでもいけるし、このようにソースをつけてもいいし――」

「いやはや、子供ちびどもには分からん味だぜ。酒のさかなには最高だな、こりゃあ」


 オーラ水郷長がリンムを真似して、もぐもぐと噛みしめてから、今度は酒を呷って、「ぷはあああ」と臭い息を吐きだす。


 これにはリンムも、女騎士のメイも、顔を合わせて苦笑するしかなかったわけだが、何にしても笑みの絶えないパーティーは続いて夜は更けていくのだった。



―――――



というわけで、いかにもスローな感じの話で始まりましたが……そろそろイナカーンに移動中のキャラたちがぽつぽつ到着して、ファーストな生活に変じていきます。よろしくお願いいたします。

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