第73話 雷

すいません。『這いよる』の前に一本だけエピソードを挟みます。



―――――



 そろそろ役者が揃ってきたところで、今回のエピソードの主役ティナに視点を合わせたい――


 だが、その前にわずかに時間は遡る。


 リンム・ゼロガードが王国の誇る聖騎士団の幹部たちを練習場で退けた後のことだ。


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルは冒険者ギルドの別室にて、同国から派遣されている女司祭マリア・プリエステスの説教をがっつりと受けていた。


「いいですか。聖女とは各地方の祭祀祭礼を執り行うことで、その地に安寧をもたらす存在です。もちろん、それは表向きの仕事で、本来は魔獣や魔族の討伐を各国の騎士団等と協力して行って、各地に現れる奈落を早期発見して封じます」


 もっとも、ティナは正座しながらも、両手の指をつんつんと合わせて、下唇を「むー」と突き出している。


 いかにもそんな任務ならしっかりとこなしたではないかと言わんばかりの態度だ。


 たしかに『初心者の森』にいた魔獣たちの討伐に加えて、それらを飼い慣らしていた魔王アスモデウスも倒し、さらには奈落まで封じてみせた。


 結果だけみれば、勲一等を叙されてもおかしくはない見事な働きぶりだ。それなのに当のティナはというと、


「あ、痛っ。いた、いた、いたあ!」


 説教だけでなく、その額に幾度も手刀まで受けていた……


 ちなみに、ティナには頭の上がらない人物が二人だけいる。それは第三聖女のサンスリイ・トリオミラクルムと、神学校で同期だった第六聖女ユーク・ムツイセンの守護騎士だったマリアである。


 もちろん、両親や法国の上層部などの指示だって、渋々ながらも聞くだけの度量はきちんと持ち合わせてはいる――


 が。


 そもそも侯爵令嬢として蝶よ花よと育てられてきたことに加えて、王国の第四王子フーリン・ファースティルをぐーでぶっ飛ばすような淑女だ。


 聖女に選ばれてからも、その傲岸不遜かつ慇懃無礼――もといちょっとだけお転婆な性格は全くもって変わることはなかった。


 そんなティナがなぜ第三聖女サンスリイと、元守護騎士のマリアに頭が上がらないかというと……


 まず、聖女サンスリイはティナが聖女となったときに指導に当たってくれた大先輩だ。


 とはいえ、聖女サンスリイは無口な上に、感情表現に乏しい人物でもあるので、仕事は見て覚えろと言わんばかりに職人気質なところもあって、当然のことながらちやほやされてきたティナは相当に手こずった。


 しかも、少しでも間違えると、すぐに雷が飛んできた。もちろん、これはたとえで言うところのお叱りではなく、文字通りのだ。何せ二つ名が『稲光る乙女』である。おかげでティナは幾度も死にかけた……


 言うことを聞かない獣は言葉ではなく、体でしつけろとはいうが……何にせよ、こうしてティナは聖女サンスリイの指示には脊髄反射で応えられるようになったわけだ。


 次に、女司祭マリアについてだが……まあ、こちらは比較的まともな話になる。


 聖女は基本的に任命されたら守護騎士を選出するのが慣わしとされてきたが、ティナは自分より弱い者――より正確に言えば、親友のスーシー・フォーサイトに及ばない者を採用する気にはさらさらなれなかった。


 その結果として、年齢も近くて、また番号も第六、第七と隣で、気心の知れた間柄となったユーク・ムツイセン――そんな彼女の守護騎士だったマリアに何かと世話になった。


 特に、ティナを指導した聖女サンスリイがいつも雷を落としてきただけに、マリアには「助けて」と、泣きつくことも多々あった。


 そんなこんなで、今も眼前のマリアにがみがみと言われながらも、


「では、マリア。いったい、私の何が悪かったというのですか?」


 と、切り返した。


 頭が上がらないとはいっても、マリアはまだ話が通じる相手だ。


 お転婆なティナとしてはやられっぱなしは性に合わなかったし、そもそもおおやけにリンムにのろけてみせた以外には、ティナはよくやったと褒められこそすれ、こうして正座させられて幾度も手刀を受けるほど、酷い振舞いをしてきたわけでもない。


 そんなふうにティナはかえって胸を張ってみせた。


 すると、女司祭マリアは「ふう」とため息をついて、わざわざ膝を折ってティナと同じ視線になった。


「では、逆にお聞きしますが――なぜ、リンムさんを守護騎士に選んだのですか?」


 その口ぶりにはどこか非難めいた色合いが含んでいた。


 もっとも、ティナは一切怯むことなく、マリアを真っ直ぐに見据えて答える。


「ピンときたからよ。それ以上の説明は出来ないわ。運命みたいなものですもの。文句あるかしら?」

「文句は……基本的には・・・・・ありません」

「何だかマリアにしては、奥歯に物が挟まったような言い様ね?」

「実際に、リンムさんの実力は抜きん出ています。守護騎士だった私よりも遥かに上です。また、教会付き孤児院の子供たちにもよくしていただいているように性格も穏やかで高潔な人物でもあります。法国の聖職者たちよりも、よほどしっかりなさっています」

「ほら! でしょう? おじ様はさすがなんだから。何が問題あるっていうのよ?」

「たしかに資質や性格については一切問題ありません。だからこそ、再度、貴女にお聞きしたいのです」


 女司祭マリアはそこで言葉を切ると、また真っ直ぐにティナを見据えた。


「貴女の守護騎士になることに――本当にリンムさんは同意したのですか?」


 直後、ティナはわずかに目を逸らした。


「……う、受けてくれたわ」

「無理やりに口づけによって契約したわけではないんですね?」

「ちゃんと返事ももらったわよ」

「リンムさんはどう答えたのですか?」

「……はい・・……って」


 もちろん、リンムは唐突なティナのキスに驚いて、「は?」と呆けただけだったが、当然のことながらティナの脳内では都合良く変換されている。


 だが、女司祭マリアは険しい目つきでぐぐっとティナに寄った。


「本当ですか?」

「ええ、そうよ」

「少なくとも、私がリンムさんから聞いた限りでは、困惑しているように見受けられましたが?」

「急に守護騎士に任命したから戸惑っているだけよ」

「繰り返しますが――本当ですか?」

「…………」


 女司祭マリアはまた「はあ」と、大きく息をついた。


「いいですか、ティナ。よく聞きいてください。リンムさんにとってこの街の孤児たちは家族も同然です。むしろ、子供たちの為に生きているといっても過言ではない。しかしながら、守護騎士になるということは、この街からリンムさんを離すことを意味します」

「…………」

「守護騎士は、聖女が遠征するとなればそれに付き従いますし、そもそも聖女は祭祀祭礼、魔獣や魔族討伐で各地に赴きます。何より、リンムさんの素性が伝われば、孤児たちはリンムさんの弱みになりかねません。誘拐などされて脅される可能性だってあるのです」

「…………」

「それでも、貴女はリンムさんに守護騎士になってほしいのですか? リンムさんの生活を一変させてまで警護してほしいのですか? そして、何よりリンムさんも本当にそのことを望んでいるのですか?」


 女司祭マリアはそこまで言って立ち上がった。そして、小言はもう終わりとばかり、部屋の扉へと歩んで、最後は振り向かずにティナに伝えた。


「明日の午後、リンムさんには契約破棄の話をいたします」

「そ、そんなあ……」

「それまでにリンムさんにきちんと確認しておいてください。貴女の守護騎士に本気でなるつもりかどうかについて」


 バタン、と。扉を閉めて、女司祭マリアは出て行った。


 ティナは「むう」と突き出していた下唇をギュっと噛みしめてから、「分かったわ。こうなったら――白黒はっきりさせる」と、拳を固く握った。


 とはいえ、このとき賢明な女司祭マリアにしては珍しく失念していた。


 そもそも法国の誇る第七聖女ティナは、拳で語り合うことしか出来ないだということを……


 何にせよ、こうしてリンムに這いよる一匹の獣は解き放たれたのだった。

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