第72話 忍びよる

 リンム・ゼロガードが女騎士メイ・ゴーガッツやミツキ・マーチといったん別れて、自宅の庭園に女性冒険者を案内する様子を遠くから目の当たりにして――


「えっ?」


 と、神聖騎士団長スーシー・フォーサイトも、冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスも、相当な衝撃を受けた……


 てっきり男やもめとばかり思っていた義父リンムに、家に招き入れるほどにねんごろな女性がいたなんて……しかもスーシーたちと同じくらいに若い。それに、やけに胸も大きい……


 スーシーはそんな事実に驚きを重ねたわけだが、何にせよすぐに背後にいたパイに尋ねた。


「姉さん……あの冒険者はいったい誰なの?」

「知らないわ」

「この街にやって来た駆け出し冒険者じゃないってこと?」

「だから、私はよく分からないのよ……見かけたことすらないはずだわ」

「ええと……姉さんがこの街の冒険者を知らないなんてことってありうるの?」

「ありえないと断言したいけど……今、ちょっとだけ色々と・・・自信を喪失しかけているところかな」


 実際に、リンムに法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルとかいう悪い虫が付いていただけでなく、こんなふうに通い妻まで出来ていた上に、そのティナや新たな女性に余計な贅肉的にも負けていて、パイはというと、木の幹に寄りかかってしょぼんとしてしまった。


 もっとも、スーシーは「ふうん」と曖昧に肯いて、ふいにとある・・・ことに思い当たった。


 そもそも、リンムがこんな夜分に親密そうに話をして、さらには家の中に招き入れるほどだ。最近、イナカーンにやって来たばかりの|駆け出し冒険者という線は薄い。


 では、以前からいた冒険者なのかといえば、それだったらパイが知らないはずがない。となると、考えられうる冒険者は一人しか思いつかない――いや、正確には冒険者ではない。むしろ冒険者もどき・・・と言うべきか。


 ただ、推測を重ねただけで結論付けるのもどうかと、スーシーはそこでいったん考えるのを辞めた。というのも、パイの背後から忍ぶような足音がしたせいだ。


「誰だ?」


 スーシーが剣に片手をかけて、暗がりの草原に向けて鋭い声を掛けると、


「はは。さすがだな。神聖騎士団長だけはある。気配を消すのは得意な方なんだがなあ」


 それは男性の渋い声だった。


 同時に、宵闇から四つの影がすくすくと立ち上がってくる。


 とはいえ、そのうちの一人は両手を上げて降参のポーズを作っていた――オーラ・コンナー水郷長だ。すぐ背後には、先ほどまでリンムと話し合っていたはずの女騎士のメイとミツキがいて、馬ではなく徒歩で付き従っている。


 さらにはそんな三人の前にはオーラ水郷長の召喚獣のもふもふ巨狼フェンリルまでいて、どうやらその自動パッシブスキルによって全員の気配を消していたようだ。認識阻害の広範囲版といったところか……


 ともあれ、スーシーはすぐにオーラ水郷長に対して質問を繰り出した。


「どうして貴方がこんなところにいるのですか?」

「いやあ、本当にまいっちまったよ。イナカーンの街の宿屋に泊まろうと思ったら、どこもかしこも満室なんだぜ」


 すると、しょんぼりしていた受付嬢パイが我に返って応じた。


「この時期、イナカーン地方は気温がちょうどいいですからね。いつもの駆け出し冒険者たちだけでなく、森林浴を目当てにした観光客もたくさん来るんですよ。実際に、あそこでこそこそとしている悪い虫様も、当初はそれが目的のはずでしたし」


 パイがそう言って、先の木陰に潜んでいるティナをくいくいと指差すと、オーラ水郷長はいかにも「何やってんだあれは?」みたいな不審そうな顔つきをした。


 そんなオーラに対して、スーシーはちょこんと首を傾げてみせる。


「スグデスさんやフンさんのところに行けばよかったのでは?」

「あいつら、現金なもんでよ。神聖騎士団の法術で回復してもらって、公衆浴場に入って旅の垢を落としたら、全ての疲れも吹っ飛んだとか何とかで、朝まで飲もうぜってなっちまった。それに野郎四人で狭い部屋に雑魚寝はさすがに嫌だしな」

「じゃあ、ギルマスのウーゴさんは?」

「あわよくば泊めてくれるかなと、どこか紹介してくれって冒険者ギルドまで頼みに行ったら……あまり知られていない安い木賃宿があるってここを案内されたんだよ」

「…………」

「絶対に泊まれるはずだからと、太鼓判まで押されたんだぜ」


 スーシーは無言になりつつも、今度は女騎士のメイとミツキに「貴女たちは?」と視線をやった。


「サス・ガ・デス☆ワ=オジ様に、団長がこちらにいるから合流すればいいと教わりまして」

「はい。それにお姉様だけ、サス・ガ・デス☆ワ=オジ様の手料理をいただくなんてズルいです。私も楽しみたいですわ」


 女騎士のメイはともかく、ミツキの場合はかえって女性が多くいる場所なら何でもいいんじゃないかなとは、さすがにスーシーも黙っておくことにした。


 それはともかく、スーシーはここでやっとメイたちから先ほどの女性冒険者がダークエルフの錬成士チャルが認識阻害で化けている姿だと聞かされて納得した。落ち込んでいたパイも、「ふう」と、息をついて、今はむしろ巨狼のもふもふを楽しんでいる。


「それより、さっさとリンムのとこに押しかけようぜ」


 そんなタイミングで、オーラ水郷長が一歩を踏み出そうとした。


「待ってください」


 だが、スーシーは片手を出してその巨体を制した。


「あそこに潜んでいる痴女……もとい変質者……もといお馬鹿さんにそろそろ痛い目に合ってもらわないといけないと、私は考えています。義父さんを出汁に使う形になって、そこは本当に申し訳ないのだけど……積年の恨み、ここで果たさずにおくべきか」


 パイたち全員が「……ええ?」と、ドン引きするくらいに、スーシーは呪詛を吐き出した。


 実のところ、スーシーもいい加減にうんざりしていたのだ。『全ての男根の蹂躙者』と謳われているのはまだいい。親友ティナにはお似合いの二つ名だとスーシーも肯ける。


 ただ、守護騎士候補の男性たちはうきうきで蹂躙するくせに、女性に限ってかえって面倒臭がって、スーシーのもとに送り込んでくるのは――幾ら親友だとしても意味が分からないと思っていた。


 スーシーとて、いちいちそんな女性騎士たちの相手をしてあげて、なるべく傷つけずに倒してから、「まあまあ。相手が悪かったのよ」と宥めるのにこれまでどれほど苦労してきたか……


 それをたった羊皮紙一枚で、「お願いね、スーシー♡」といってくるのだから、溜まったものじゃなかった。


 何より、相手は今となっては法国の聖女様だ。断ったら国際問題になりかねない。


 それをしれっと把握しているから、厄介なのだ。どうやって親友のわがままをやり込めるか。スーシーはずっと考えてきた。


「これまで散っていった騎士たちの恨み――ここで思い知らせてあげましょう」


 そんなスーシーの剣幕に、オーラ水郷長たちは「お、おう」と押されるしかなかったのだった。



―――――



サブタイトル「偲ぶ」から「忍ぶ」になるだけで、どうしてこんなにしょーもない話になるのか……


ちなみに次の話は「忍びよる」→「這いよる」です。よる・・に夜を掛けています。

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