第69話 タマキーンと鳴る

 冒険者ギルドの受付嬢パイ・トレランスは驚いていた――


 パイとて王都の受付嬢ほどとまではいわないが、これまで様々な冒険者たちと接してきて、人を見る目は養ってきたし、それにいわゆる看破系のスキルも磨いてきた。


 そのパイから見ても、リンム・ゼロガードの背中を一定の距離を置いてつけ狙う・・・・第七聖女ティナ・セプタオラクルは、さながら熟練した斥候系スキル持ちの冒険者のように映った。


「もしかしたら、一度だけ会ったことのある王都のベテランのBランク冒険者を凌ぐんじゃないかしら……」


 と、パイも感嘆するしかなかった。


 実際に、ティナは聖女のくせして、狩人や盗賊クラスのレベルで身を隠して、リンムに気づかれずに追いかけていった。しかも、パイの凝視の中にあって、ティナはたまに姿を消してみせた。


「これはまさか――『隠形』?」


 さすがにパイも動揺を隠せなかった……


 看破系に長けたパイですら追えなくなる、この『隠形』なるスキルは狩人から派生する上位職たる暗殺者・・・にならなければ身に着かないものだ。


 なぜ聖女なのにその域に達しているのかはともかくとして、パイにしても、すぐ隣にいた神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトの双眸がティナを的確に捉えてくれたからこそ、何とかその後をつけられたものの、


「あのは……本当に聖女なの?」


 と、最早、感嘆するしかなかった。


 すると、スーシーが「はあ」とため息をついてからこぼした。


「あれは……本気ね」


 パイは「ん?」と、目を細めて尋ねた。


「本気って?」

「ティナは今晩で義父とうさんを仕留めるつもりだわ」

「仕留めるって……まさか!?」

「そのまさかよ。義父さんもずいぶんと疲れているみたいだし……このままだとまんまとやられるかもしれない」


 スーシーがそう告げると、パイは「そんな……どうするの?」と慌てた。


 もっとも、スーシーは頭を横に振って、「どうもしないわ」と返してから、パイにギリギリで聞こえるかどうかといった声音でこう呟いた――


「その方が私にとっては、かえって都合がいいかもしれないし……」


 ……

 …………

 ……………………


 二人の間にはしばし静寂が落ちた。


 パイは衝撃を受けていた。大切な義父がぽっと出の蛮族・・に取られていいのかと、無意識のうちにスーシーを睨みつけてしまったほどだ。


 とはいえ、パイもすぐに「はっ」として反省した。もしかしたら、リンムのそばでずっと生活してきたこともあって、父親離れ出来ていないのは自分の方なのかもしれない、と。


 そういう意味では、子供の時分にこの街から出て、身一つで王都にて立身出世したスーシーの方がよほど自立していて、かえって義父リンムの幸せを真剣に願っているのかもしれない、とも。


 事実、とうに婚期を逃した義父に親密な女性が出来たことを喜ぶべき立場にパイはいるはずだ。


 それなのに、さっきからどういう訳か、ズキン、ズキン、と。胸がしめつけられるように痛い……


「私……本当にどうしちゃったんだろう?」


 まだ心の整理がついていないことに不安に掻き立てられつつも、今のパイはスーシーに付いて、ティナを追いかけるしかなかった。


 一方で、このときスーシーはパイの勘違い・・・に全く気づいていなかった。


 スーシーは先ほどたしかに言った――このままだとリンムがティナにまんまとやられるかもしれない、と。


 だが、それは文字通りの意味で、られるの方ではなく、られるの意味合いだった。


 そう。スーシーはというと、ティナは本気でリンムを仕留めるつもりだとみなしていたのだ。


「ここからが『全ての男根の蹂躙者』の本領発揮といったところよね」


 スーシーはパイに聞こえないぐらいの声音でまた呟いた。


 直後だ。


 スーシーたちのずいぶん前を進むティナに絡む男たちが現れた――


「よお、姉ちゃん。俺らと遊ばないかい?」

「いいねえ。なかなかの体じゃねえか。なあ、一晩だけどうだ?」

「こんな上等な胸をしやがって……しかも司祭服を着ているだなんてよお。いったい神様に何を捧げるつもりだってんだい?」

「へへ。何ならオレのナニを捧げてやってもいいんだぜ」


 見るからに荒くれ者といった酔っ払いたちだ。


 しかも、たちの悪いことに全員ともしっかりと鍛え上げていて体格が良く、さらには単なる荒くれには見えないほどに実戦経験も豊富そうな強者のようだ。実際に、パイはすぐに勘づいて、スーシーに伝えた。


「あれは……王都から指名手配がかかっている元冒険者たちよ。ライセンスをはく奪されて、このイナカーンまで流れてきて、駆け出しの冒険者を強請っているっていう報告が先日上がってきたばかりだわ。こんなところにまだいたなんて……」


 だが、スーシーは「ふうん」と、さして反応を見せなかった。


 これにはパイも「え?」と、きょとんとするしかなかった。たしかに街の治安を守るのは衛兵の仕事であって、神聖騎士が出しゃばる必要はない――かもしれない。


 だが、聖女を護衛するのがスーシーの務めではなかったのか?


 それとも、リンムという守護騎士がすぐに気づくだろうからあえて放置しているのか?


 そんなふうにパイが眉をひそめていると、ついに荒くれたちのうちの一人が「どうだい、ねえちゃん?」と、いかにも親しげにティナの肩に手を回した。


 その瞬間だ。


 カキーン、と。いや、タマキーン、と。


 さながら金属の棒で思い切り白球を撃ち抜いたかのようなきれいな打撃音が鳴り響くと――


 当の大男が一人、地面にもんどりうって倒れていった……


「ふう。つまらぬものを潰してしまったわ」


 ティナはそう言って、自らの右拳に「はあ」と息を吹きかけた。


 同時に、「てめえ!」、「このあま!」、「ふざけやがって!」と、周りにいた大男たちが怒りを露わにするも、今度は遥か場外に打ち込むほどのタマキーンが三発鳴り響いて、次々に男たちが泡を吹いて倒れていった。もちろん、全員が股間を押さえている……


「…………」


 これにはさすがにパイも呆気に取られたが、肝心のティナはというと、男たちに目もくれずにまたリンムを追いかけ始めた。


「え? え? どういうこと? なぜあんなに強いの?」


 と、パイが疑問を呈すると、スーシーはやれやれと肩をすくめてみせた。


「法術の才能に長けていたから聖女になったわけだけど……あの娘ティナはそもそも神学校の騎士クラス出身なのよ。それも卒業時の成績は次席」

「ということは……スーシーちゃんの次ってこと?」

「そういうこと。もともと戦うこと自体が大好きらしくて、戦闘系の職業とスキルは無駄にほぼ習得しているわ」

「……聖女なのに?」

「ええ。むしろ、聖職者としてのスキルはあまり持っていないのよ」

「もう一度言うけど……聖女なのに?」

「まあ、おかげで守護騎士の選定に苦労したみたいで、男性の場合はティナより強くなければ駄目と、ああやって向かってきた候補たちの急所をことごとく潰してきたわ」

「再三に渡って言うけど……聖女なのに?」

「で、その結果、付いた二つ名は『全ての男根の蹂躙者』――史上最も金的を潰した聖女として名を馳せたっていうわけ」

「何度も本当に申し訳ないのだけれど……聖女なのに?」

「ちなみに、女性の守護騎士候補の場合は私より強くなければ駄目と、いちいち私のところに候補者たちを送り込んできたものだから、いい加減に嫌になったわ。まあ、そうやって私のとこに来たのうち、見どころのある娘は神聖騎士団にスカウトしたからよかったけれど」


 パイは呆けた声で「聖女なのに?」と繰り返すしかなかった。


 法国の聖女といえば、たった八人しかいない淑女のはずだ。清らかで、凛として、皆に対して公平で、それでいて包み込むようなやさしさに溢れた女性のイメージだった。


 もちろん、それもあながち間違ってはいないのだが……


 何にせよ、スーシーはティナを追いかけ始めた。しかも、こんな物騒なことを言い出したものだから、パイは本格的に不安に駆られるしかなかった――


「さっき女司祭マリア様から、義父さんが守護騎士として本当に相応しいのか、きちんと確かめたのかって散々責められていたわ。だから、これからティナは彼女なりに確認しようとするはずよ――まさに蹂躙者・・・に相応しくね」



―――――



どうでもいい与太話ではありますが、野球が好きな方はご存じの通り、タマキーンは俗語スラングです。どういう意味なのかは……あまり検索してはいけません(合掌)。

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