渦中の街 イナカーン

スローライフ編

第68話 おっさんはまったりする

ここからは新章となります。以前から記してきましたが、しばらくはイナカーンの街でのスローライフにやっと突入する格好です。その為、前話までの仕込みキャラクターたち――


アルトゥ・ダブルシーカー:王国のAランク冒険者

シイティ・オンズコンマン:王国のA※ランク冒険者

アデ・ランス=アルシンド:王国のBランク冒険者

サンスリイ・トリオミラクルム:法国の第三聖女、『稲光る乙女』

ライトニング・エレクタル・スウィートデス:第三聖女の守護騎士

ジウク・ナインエバー:帝国の女将軍のエルフ、リンムの内縁の妻(自称)

リィリック・フィフライアー:帝国の魔族


このあたりが集合するのはもう少し後になります。というか、徐々に集まってくるので、一気に出てくることはないはずです。ともあれ、新章もどうかよろしくお願いいたします。



―――――



 リンム・ゼロガードは「ふう」と、久しぶりに自宅のソファでまったりと寛いでいた。


 公衆浴場でここ数日の旅の垢を落としつつ、オーラ・コンナー水郷長から色々な指摘を受けたものの……今日明日ですぐさま事態が急転するわけでもないので、今だけは何も考えずにぼうっと呆けていたところだ。


 さすがに若い頃ならいざ知らず、年も四十を過ぎてからは体力も衰えて、幾日も野営で仮眠ばかりだと、体のあちこちにがた・・がくるようになった。


 今も、肩の関節が泣いているし、こうして自宅でリラックスしているはずなのに腰に鈍痛がじわじわと広がっていく……


「いやはや……年だけは取りたくないものだな」


 リンムはそう呟いて、「よっこらしょ」と、文字通りに重い・・腰を上げた。


 実のところ、今晩とて、ゆっくりはしていられない状況なのだ。というのも、公衆浴場の入口でばったりと出くわした義理の娘パイ・トレランスが、「義父とうさんの手料理を食べたいな」と言ってきた。


 冒険者ギルドの受付嬢となって独り立ちしてからは滅多に甘えることのなかった娘のおねだり――しかも、「スーシーちゃんも一緒なんだけど……いいかしら?」ときたものだから、リンムも断りようがなかった。


 そもそも、神聖騎士団長となったスーシー・フォーサイトは同僚の騎士たちと食事を共にするだろうと思っていただけに、リンムにとっては予想外の申し出だった。


 こうなると、その同僚たちだけでなく、おそらく第七聖女のティナ・セプタオラクルまで付いてくる可能性がある……


 そうはいっても、義娘たちにねだられるのは幾つになってもうれしいもので――


「では、精々腕を振るってあげるから、もう一、二時間ほどしたら家に来なさい」


 と、リンムはついつい強気に出てしまった。


 今日ぐらいは旅の疲れもあって簡単なもので済ましたかったが……こうなったら、最後の気合を振り絞ってでも皆をもてなすつもりだ。


 とはいえ、このときリンムには想像だにしていなかったことが、実は家の外では着々と進行していた。そう、いわゆる女豹大戦・・・・の始まりである――






 話は数十分ほど前にいったん遡る。


「ねえ、スーシーちゃん。今日はこれからどうするの?」


 神聖騎士団長スーシー・フォーサイトは公衆浴場を出て、すぐに受付嬢のパイ・トレランスに声をかけられた。


 すでに記したことだが――二人はイナカーンの街の教会付き孤児院の出身で、子供の時分は姉のように育った。


 実際に、パイがお姉さんとして皆をまとめて、また痩せぎすで棒切ればかり振り回していたスーシーはいかにも弟分として男の子たちをしっかりと統率してきた。


 そんなふうに馬が合ったこともあって、スーシーは孤児院を出て、貴族の養子になって以降も、パイには頻繁に手紙などを出してきたから、あまり遠く離れていたといった実感がなかったし、今も実の姉のように慕っていた。


 何にしても、パイに問われたスーシーはというと、


「んー……本当にどうしようかしら?」


 と、いったん顎に片手をやってから、つらつらと呟いた。


「野営の撤去と空き家への移動は副団長のイケオディが手配してくれているし……『初心者の森』の巡回班も副団長補佐のエイプが陣頭指揮を執ってくれているから、メイやミツキもお風呂に入れたわけだし……だから、そうねえ……これからメイたちと一緒に、宿屋あたりの食堂で久しぶりにおかみさんの料理でも食べるとするわ」

「あら、知らなかったの? おかみさんは腰を悪くして、とうに引退してるわよ」

「え? そうだったの? ……じゃあ、どこで食べようかしら。姉さん、お勧めはある?」


 とはいえ、まだメイとミツキが公衆浴場から出てきていなかったこともあって、スーシーは二人を待つことにして、浴場前に設置してあったベンチに腰を下ろした。


 すると、パイが意外な提案をしてきた――


「本当は孤児院の皆と一緒に食べようと思っていたのだけれど……これからお義父とうさんのお家で食べない?」

「……え? いいの?」

「実は、スーシーちゃんの歓迎会をしたかったのよ。でも、今日はお義父さんたちの帰りも遅くて、その上さっき冒険者ギルドの練習場であんなことがあったばかりから時間が取れなくて……さっき司祭のマリア様に聞いたら、子供たちはもうお夕食を用意しているって仰っていたから、そのご相伴にあずかるわけにもいかないし……」

「でも、義父さんの方は大丈夫なの?」


 スーシーがそう尋ねると、パイは両手を胸の前で組んで、しなを作るようにして満面の笑みを浮かべてみせた。


「ついさっきねだってみたら――お義父さん、いいよって言ってくれたわ。一、二時間ほどしたら家に来なさいだって」


 もっとも、スーシーは即座にズルいと感じた。


 そもそも、パイがこんなふうにねだったらリンムは絶対に断らないはずだ。


 もしかしたら、スーシーが街を出て行った後もこうやって幾度も甘えてきたのかなと、ちょっとばかしねたようにスーシーはツンと下唇を突き出した。


 ともあれ、スーシーはすぐに頭を横に振った。今は王国の神聖騎士団長の地位に就く身だ。スーシーにとってリンムは父親代わりというだけでなく、剣の師匠でもある。だから、成長して凛とした姿を見せなければいけない……


 そうはいっても、せっかく義父が夕食を用意してくれるというなら、スーシーとて容易に拒めるはずもなく――


「じゃあ……どこかで時間を潰さないとね」


 そう答えたスーシーたちから距離を置いて、公衆浴場から当のリンムが出てきた。


 女性らしく長風呂をしたスーシーたちより時間をかけたのかと、スーシーは驚いたものの――実のところ、リンムがしばらくのぼせていたことについては当然知らなかった。


 そのリンムはというと、オーラ・コンナー水郷長やゲスデスたちと別れて、家路に着こうとしていた。


 スーシーたちに気づいて、「家で待っているよ」と言って、ひらひらと片手を振ってくれたので、スーシーもそれに応じるように右手をかざしたわけだが……


「ん?」


 と、スーシーはすぐに首を傾げた――


 なぜなら、リンムの背後をこっそりと狙う蛮族・・がいたからだ。


 つい先ほど、公衆浴場であられもない巨乳を振りかざして、無駄な贅肉族の頂点としての強さを見せつけたばかりの第七聖女ことティナ・セプタオラクルがよりにもよってリンムにバレないように追いかけ始めたのだ。


 しかも、さながら女豹の如く、「じゅるり」と涎を飲み込んで、得物を品定めし終わった後の顔つきまでしている――法国の第七聖女とは到底思えない、まさに阿婆擦あばずれそのものみたいな女だ。


 もっとも、ティナにとってリンムは守護騎士のはずだから、一緒にいること自体はさほどおかしくない……


 が。


「あれって……どう見ても、夜討ち朝駆け……何なら夜這いよね?」


 パイがそうこぼすと、スーシーは額に片手をやって「はあ」とため息をついた。


 ティナの行動を止めてくれそうな女司祭マリア・プリエステスは公衆浴場までは付き合わず、子供たちの為に孤児院にとっくに戻っている。


 そもそも、一応聖女なのだから護衛の一人や二人は連れていないと駄目だろうと、スーシーもメイやミツキに命じたはずだったが、


「いったい聖女様はどこ?」

「なぜ逃げ足だけ、あの人はこんなに早いんですか?」


 と、当のメイやサツキが公衆浴場から慌てて出てきたところを見るに、どうやら簡単にまかれたらしい。


 おかげでスーシーのため息は濃くなるばかりだったが……何にせよリンムのことだから背後からつけ狙う者など、すぐに気づいて対処してくれるはず……だが、ここ数日の激務と魔族討伐も合わさって相当に疲れて見えたから、地元で家路に着いたこともあって、多少の油断があってもおかしくはない……


「やれやれ。仕方がないわ。パイ姉さん……どのみち時間を潰すのだから、あれ・・を追いかけることにしましょう」

「ええ。分かったわ」


 こうしてリンムのわずかなまったりタイムは崩壊していくのだった。



―――――



 無駄な贅肉族の争いについては限定SS「お湯にどっぷりとつかる」にて記しています。もしよろしければ、サポーターになっていただくと作者は泣いて喜びます……(´;ω;`)

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