第66話 双鋏と詐欺師と稲光は動き出す(終盤)
またもや記すことになって恐縮だが、アデ・ランス=アルシンドは王都で最もA級に近いと謳われているベテラン冒険者だ。
もっとも、さすがに現役のAランク冒険者たる『全てを断ち切る双鋏』ことアルトゥ・ダブルシーカーやA※ランクたる『国家転覆の詐欺師』ことシイティ・オンズコンマンに比べると、『路地裏の光源』ことアデは
そもそも、二人とも女性ではあるがまだ若く、自己研磨に余念がない――
双鋏のアルトゥは王都付近に現れ出てくる魔獣の退治を一手に担っていて、すでに『天高く吠える狂犬』よりも多くの実績を上げている。
噂では、貴族の子弟でないとなれない神聖騎士団がわざわざ三顧の礼でもってスカウトにやって来たらしいが、どうやらその団長スーシー・フォーサイトと喧嘩別れして以降は犬猿の仲になったとも言われている。
おかげでその二人は競ったように魔獣討伐に精を出して、王都周辺の平和に貢献しているわけだが……そういう意味では、実のところ、詐欺師もとい
こちらは素直に魔導騎士団にスカウトされて、いつの間にか舌先三寸で騎士団を乗っ取り、王都の魔術学校の最も広い一室に居を構えて研究に専念しているものの、騎士団の公務は当然の如く一切やっていない。
代わりにしているのが、王都付近に出没する魔族の討伐らしく、一説ではシイティの研究室には魔核だけ培養された魔族のサンプルケースが並んでいるとのことだが――何にしても魔獣と魔族については秘匿事項なので、王国の上層部以外はギルマスのビスマルク・バレット・ファイアーアムズでも真偽のほどが分からないのが実情だ。
さて、そんな詐術士シイティに認識改変を受けて、王都での待機任務に勤しんでいたBランク冒険者のアデだったが、ほんの数日でギルマスのビスマルク・バレット・ファイアーアムズに捕まって、
「こんなところでまだ油を売っていたのか?」
「何を言っているんだ、ギルマス? きちんと待機任務はしているぞ」
「待機だと? いったい……どういうことだ?」
と、ビスマルクが不審に思ったことから、数日前のまともじゃない冒険者たちと詐術士シイティとのいざこざが精査されて、その結果としてアデが欺かれていた事実が発覚したわけだが――
直後、アデの口からわずかな呪詞が漏れ出てくると、やはりまた鉤爪のような形を取ってその口の端を勝手に引っ張ってから、
「あーらら、バレちゃったかしら」
「やれやれ……シイティか。まさか貴様までイナカーンの街に向かったのか?」
「ご明察。じゃ、あとはよろしくね、ビスマルクさん」
それだけ伝えると、語っていた当のアデは「ん?」と首を傾げた。
今、自分が何を話したのか、よく理解出来ていないらしい。どうやらアデにかけていた認識改変が解けたときに作動する詐術のようで……何にせよギルマスのビスマルクは「はあ」とため息をつくしかなかった。
つい先日だって、双鋏のアルトゥが執務室にやって来て、「イナカーンに行くよ。じゃなきゃ、ここでAランク冒険者なんて辞めてやる」とまで言い出したから、ビスマルクも仕方なく承認するしかなかった。
その代わりにお
「たしか……イナカーンには神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトがいたはずだよな? ただでさえ剣呑な仲だっていうのに……そこにシイティまで加わるのか」
そうこぼして、ビスマルクは暗澹たる思いに駆られた。
「すまん、ギルマス。すぐに出発の支度をする」
もちろん、アデはそう言ってきたが、ビスマルクはあえて片手で制した。
「待ってくれ、アデ。ちょうど良かったかもしれん」
「どういうことだ?」
「実は、案内人をちょうど探していてな」
「案内人だと?」
「そうだ。とある貴賓が現在、王都に滞在中なのだが……実は、その御方がイナカーンの街へとご出発になる予定なのだ」
「貴賓? もしや――法国の第三聖女のことか?」
「ほう。さすがに耳が早いな」
ギルマスのビスマルクは目を細めた。
というのも、第三聖女サンスリイ・トリオミラクルムの王国訪問は第七聖女ティナ・セプタオラクルのときと同様に極秘になっていたからだ。
ここらへんはさすがに詐術士シイティに出し抜かれていたとはいえ、斥候系を得意とするアデの面目躍如といったところか……
もっとも、アデは眉をひそめてからビスマルクに尋ねた。
「しかしながら、いかにも不可解な話だな。そもそも、第七聖女のときと同様に、騎士団が護衛も兼ねて案内役として付いていけばいいだけではないか? それこそ神聖騎士団の少数精鋭はイナカーンにまだ滞在しているのだろう? 王都に残っている連中に向かわせて、現地で合流すればいい話だ」
「たしかにな。ただ、そう言ってもいられない事情があるのだよ」
すると、ビスマルクは「少しだけ一緒に歩こうじゃないか」と言って、アデを伴って王都の郊外へと進み出した。アデはなぜそんな場所に向かうのか分からずに、さらに顔をしかめたわけだが、
「やはり公国との国境紛争絡みか?」
「ふむ。それもある。実際に、王国の上層部はこれ以上、騎士団を動かすつもりはないらしい」
「それも……ということは、他にも理由があるのだな?」
アデがそう尋ねると、ちょうど王都の正門前広場に着いた。
ただ、不思議なことに人払いでもしているのか、いつもは活気のある広場もほとんど人がいなかった。所々に点在して立哨して衛兵が立っているだけ――いや、違う。その広場の片隅に二人の人物がいた。
いかにも凛とした美しい淑女こと第三聖女と、もう一人はその守護騎士だろうか。
守護騎士とはいってもまだ若い。一見すると、女性にもみえる、金の長髪が美しい青年だ。それに街中ということもあって、騎士だと分からないように執事服を纏っている。
もっとも、司祭服の女性と執事の男性の組み合わせはどうにも妙だったし、アデもさすがに守護騎士の情報は持っていなかったので詳しくはなかったが……近づいてみると、その青年の可笑しさに気づかざるを得なかった。
というのも、青年が半裸だったのだ。
下半身にぱっつんぱっつんの黒いラバータイツを履いているだけで、上半身は絵具か何かで執事服を描いているだけだ……
しかも、首輪をされてそのリードを淑女たる第三聖女が手に持っている始末だ……
もしや、露出趣味の変態たちかな?
と、アデは顔を合わさないようにしたが、予想通りと言うべきか、ギルマスのビスマルクはその変態たちに堂々と近づいていく。
衛兵たちも特に誰何はしない。どうやら先方を待たせていたようだ。二人に近づくと、ビスマルクはいかにも恭しく挨拶した――
「長らくお待たせいたしました、公国の第三聖女サンスリイ・トリオミラクルム様、それに守護騎士のライトニング・テクノブレイク様」
直後だ。
ピカっ、と。広場に稲光が走った。
同時に、その雷光が守護騎士ライトニングを貫いて、「あばばばば」と泡を吹くと、ライトニングはその身を震わせてぐったりと倒れた……
……
…………
……………………
このとき、アデは思い出した――第三聖女サンスリイの通り名はたしか『稲光る乙女』だったな、と。
「つまり、かなりの要注意人物ということか?」
アデがすぐ隣にいたギルマスのビスマルクにしか聞こえないほどの小声で問うと、
「まあ、そういうことだ。第三聖女サンスリイ様はあまり言葉を発さない代わりに、感情の起伏が激しい御方らしい。おそらく待たせすぎたのだろうな」
「怒りで雷光を周囲に撒き散らすのか?」
「怒りだけではない。ありとあらゆる感情だそうだ。ただし、守護騎士たるライトニング様がこのように避雷針になってくださるから被害はさほど出ないはずだ」
「ひ、避雷針か……」
「電撃耐性をもった若者から選ばれたらしい」
「そよわりには死にそうだが?」
すると、アデとビスマルクの話を聞き逃さなかったのか、守護騎士ライトニングは儚げな微笑を浮かべると、
「ご褒美です」
そう言い放った。当然、アデとビスマルクはしばし無言になったわけだが、
「なあ、ギルマスよ。もしや、騎士団をそばに付かせない理由とは……?」
「想像の通りだ。下に甲冑を着込んだ騎士たちを配置してみろ。すぐに全滅だ」
「…………」
「だから、案内役としては回避の出来る素早い冒険者が適任だった」
「それで俺ということか?」
「頼む。アデにしか頼めない任務だ」
「……まあ、詐術士シイティに出し抜かれて迷惑をかけたばかりだからな。仕方ない。受けようじゃないか」
アデがそう言ったとき、たまたま強風が広場を過ぎていった。
同時に、深く被っていたフードがはらりと
刹那、第三聖女サンスリイが大きく目を見開くと、ピカ、ピカ、ピカっ――と。幾筋もの雷光が天から落ちた。しかも、それらが地上で収束してアデへと向かったとたん、
ぴかりーん、と。
アデの頭部で見事にきらりと反射して、稲光は天に返って霧散していった……
……
…………
……………………
「なるほど。これが……本当の理由か」
アデは真顔になったわけだが、何にしてもこうして変態二人――もとい第三聖女サンスリイと守護騎士ライトニングに加えて、王都のBランク冒険者のアデはイナカーンに向かうことになった。
後にリンム・ゼロガードの無二の親友となるアデの旅路が始まったのである。
―――――
5月19日(金)更新分は「キャラクター表など」になります。よろしくお願いいたします。
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