第65話 双鋏と詐欺師と稲光は動き出す(中盤)

 繰り返しとなるが、アデ・ランス=アルシンドは王都で最もA級に近いと謳われているベテラン冒険者だ。


 ただし、「A級に近い」と評される冒険者は何もアデだけではない。


 実際に、今、アデは王都の裏路地でとある人物にばったりと出くわして、「はあ」とため息をついたところだった。


 その人物は一見すると、きちんとした身なりの若い街娘にしか見えなかった……


 より正確に言えば、ギルドの受付嬢といったふうか――王都のギルドは公的機関みたいなものなので、ここに勤める女性たちは身分こそ平民だが、皆、見目もいいし、地頭もいい上に、愛想までいい。


 いわば、ちょっとしたエリートなわけで、現在、路地裏では、そんな可憐な少女がよりにもよって二倍ほどの体格を誇る冒険者たちに囲まれていた。しかも、こちらはどう見てもまとも・・・じゃない連中だ。


 とはいっても、アデはまた「はあ」と息をついて助けようともしなかった。


 何より、助ける義理もなければ、アデは正義の味方を気取るつもりなど毛頭も・・・なかった。もちろん、毛の話をこれ以上蒸し返すつもりはない。


 まあ、それはともかく……まともじゃない連中はというと、路地裏にぽっと現れ出たアデを目ざとく見つけて、どこか血走った眼を向けると、


「おい! アデ!」


 まさに恫喝するかのような大声を上げてから、


「た、助けて……くれえええ」


 と、ひ弱な懇願をしてきたものだから、またまた「はあ」と、アデは息を漏らした。


 その直後だ。


 少女が淡々とした口ぶりで言った。


「だから言っているじゃないですか。助けてあげますよ。さっさと貴方たちの持っている情報を吐いてください」


 その瞬間、アデは顔をしかめた。


 まともじゃない連中……とはいっても、それなりに高ランクにいるはずの荒くれ冒険者たちが一斉に――


 そう、まさに文字通り、「おげえええ」と吐き出した・・・・・のだ。


 しかも、胃酸や内容物が逆流しただけではない。血反吐まで大量にこぼし始めている。


 同時に、アデはすぐさまマントのフードを深く被り直して両耳を覆った。というのも、路地裏に少女によって放たれた呪詞が漂ってきたからだ。


「さあ、続きですよ。貴方たちはどこにオヤジ狩り・・・・・に行くつもりだったんですか?」


 少女が呪詞混じりにそう問いかけると、冒険者たちの中心にいた巨漢のBランク冒険者がよろめきながら応じた。


「イ、イ……ナカーンだ、よ」

「なぜかしら? 私の故郷なのよ。困るわ」

「そ、そ、そこに……新しくA※ランク冒険者が……たた、立った、から、だ」

「へえ。それは素晴らしい。いったい、どんな人物ですの?」

「な、名前は――リンム・ゼロガード」


 刹那だ。巨漢の冒険者の目鼻耳から血が噴き出した。


 そして、そのまま前のめりにごうといったふうに路地に倒れ込んでしまった。


 周りの連中は「ひい」と喚いて、逃げ出そうとする者、あえて武器を取ろうとする者、呪詞に対抗しようとアイテム袋から何かを取り出そうとする者と、それぞれに違う行動を取ろうとしたが――


「く、そが……」

「もう、動け、ね、え」

「これが……A※・・ランク……冒険者の、力、か」

「覚えて、やがれ……よ」


 結局のところ、全員がそこから一歩も動けずに潰れていった。


 少女は「うふふ」と笑みを浮かべてから、いかにもどうでもいいといった口調で応じてみせた。


「せっかく助けてあげたのに……それとも、あのまま血を流し続けた方がよかったのかしら?」

「やれやれ。子供だましみたいな嘘をさらっとつくものだな」


 アデがそう声をかけると、少女はそこでやっと背後に振り向いた。


 もっとも、その表情にはアデですらぴしゃりと凍りついてしまった。


 まさに異形だ。人形のように整って美しいはずの――その半身には呪詛が入れ墨のようにびっしりと刻まれていた。自身の血肉をあえて術式拡幅の魔導具として代用しているのだ。


 頭がおかしくなければ、こんな非常識で、命を削る行為など、やれるはずがない……


 しかも、今、その呪詛は奇妙に歪んでいた。少女が満面の笑みを浮かべているせいだ。


 この少女こそ、王国のA※ランク冒険者の一人。二つ名は『国家転覆の詐欺師』こと、シイティ・オンズコンマンだ。


「あら? アデのおじ様。いらっしゃったの?」

「ちい。気づいていたくせに。それより、まさかとは思うが……あんたまでイナカーンに行くだなんて言わないよな?」


 アデが「ごくり」と唾を飲み込んでから問いかけると、その少女ことシイティは年相応に、くる、くるりと、無邪気に両手を広げて回って、「あはは」と笑ってから答えた。


「行くわよ。当然じゃない。久しぶりの帰郷になるわ」

「勘弁してくれ。ギルマスにしても、王都から実力者・・・がごっそりと抜けるのは避けたいはずだ」

「ごっそり? ということは、アデのおじ様も行くのかしら?」

「…………」


 アデは顔をしかめて、すぐに両耳を手で塞いだ。


 だが、もう遅かった。呪詞が耳朶にこびりついていたのだ。


 そもそも、シイティの問いかけは闇系魔術の派生に当たる詐術・・に近い。彼女の前では嘘はつけないし、もし下手についたら――それは認識改変・・となって身を滅ぼしかねない。


 だから、アデは無言を貫いたわけだが、それでも呪詞がわらわらとアデの両頬を過ぎて、しだいに鉤爪の形をとると、口の端を引っ張った。アデの意思などお構いなしに、言葉が勝手に漏れ出ていく。


「ああ、行くさ……リンム・ゼロガードに対する調査任務だ」

「調査?」

「本当にA※ランクの実力があるかどうかを見定める必要がある」

「ふうん。それなら、私が保証するわよ。お義父とう様はそれだけの力があるわ。何せ、私がこの身を半分狂わせてでも、その領域レベルに近づきたいと願ったほどの実力者だもの」

「…………」

「何にしても、私はもう行くわ。そうそう、おじ様が王都に残ればいいのよ――それでいいかしら?」


 そのとたん、アデは片膝を地に突いた。


 それから、「ふう」と深い息を漏らした。ズキズキと頭痛がしたが、きょろきょろとあたりを見渡して、今、王都の路地裏にいるのだと認めると、


「俺はいったい……何をしていたんだ?」


 そう呟いて、やと立ち上がった。


 もちろん、アデはすぐに眼前で倒れていた荒くれ冒険者たちを見つけたわけだが……いかにも何も思い出せないといったふうに、「むう」と首を傾げてから、


「さて、まあ、いいさ。待機・・任務に戻るとするか」


 こうしてその場を後にしたのだった。


 もっとも、アデが認識改変されて出発が遅れたおかげで、法国の重要人物・・・・・・・は案内人を探す手間が省けることになるのだが……



―――――



長くなったので、序盤、中盤、終盤の三部構成にしました。ティアキン発売でゲームに嵌っているから、無理やり15日(月)分を捻出したわけじゃないんだからね!

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