第62話 お湯につかる
リンム・ゼロガードとオーラ・コンナー水郷長は公衆浴場にやって来た。
一般的に街の公衆浴場といったら汚れ放題の泥風呂みたいなイメージがあるが、イナカーンのそれは意外と清潔に保たれている。
理由は単純で、駆け出し冒険者たちが色々と手伝いをしているからだ。もちろん、彼らとてボランティアでやっているわけではない。事実、公衆浴場から冒険者ギルドには毎日、
たとえば、パーティーを組んで『初心者の森』に挑戦したものの、前衛が怪我などで少しの間離脱する羽目に陥った後衛の魔術師たちは、浴場裏の
おかげで、イナカーンの公衆浴場は王国随一の清潔さを無駄に誇っている。こればかりはオーラ水郷長も間近に見て、「ほほう」と呻ると、
「海が近いから塩でもっとべたべたして汚れているのかと思ったが……存外にきれいなもんだな」
「水に関しては、海ではなく、『初心者の森』の地下水を利用していたはずだよ。おたくの水郷に流れ込んでいるものとさして変わらないんじゃないかな」
そんなリンムの返事に、オーラは「ふうん」と納得して、衣服とアイテム袋を脱衣所にいた駆け出し冒険者に預けた。これもまた依頼による小遣い稼ぎになっている。
ちなみに、公衆浴場自体はさほど奇抜な建物ではない。石造りの広い平屋で、天井が高くなっていて、その分、支える為の柱が幾つもある。湯船の上は全面ガラス張りになっているのが特徴で、夕方までは自然光だけ、夜は月明りがこぼれてきて、柱内の
「ふむん。悪くは……ないな」
オーラ水郷長はそう強がったが、内心、王都の高級浴場よりよほどしっかりしていることに舌を巻いた。
これが駆け出しでなく、多少経験を積んだ冒険者たちならば、無駄な
もちろん、リンムにとってはよく見慣れた光景だったので、さっさと着替えて浴場に向かった。
「おお、たしかにゲスデス、スグデスにフンたちもすでに入っているな」
湯船から突き出る大きな背中を二つ発見して、リンムは「ふう」と小さく息をついてから、こう感じ取った――
やはり、男湯はいい……
ごつごつとした筋肉を見ると、なぜか心が安らぐ……
あの鋼のような強度こそが人族に与えられた鎧や盾であって、また水面下にはそれぞれ頼れる武器が一本
嗚呼、素晴らしき
それに比べると、女性の体はどこかやさしき母なる大地の如く思えてくる……
実際に、聖女ティナが片腕を強引に取って、むにゅんと二つの山を押しつけてくるよりも、どちらかと言うと、こうして幾つもの鉄たちに囲まれて、常在戦場であることの方がかえって落ち着く……
……
…………
……………………
「やっぱり……これだよ。男湯だ。俺が求めているのは」
リンムは決して同性愛者ではないのだが、筋肉による防具と、皆が一本だけ持っている荒々しく立つ武器に――どういう訳か救われたような思いになっていた。
「これは……もしかしたら新たな境地なのやもしれないな」
「ん? 急にどうしたんだ、リンムよ?」
今、この浴場で最も固く聳え立つ武器を持ったオーラ水郷長に問われて、リンムは「いやはや」と頭を横に振った。
そして、簡単にお湯で体の汚れを流した後に、両足を浴場に入れてその縁に座ると、
「おう。リンムじゃねーかよ」
縁を背もたれにして座って、肩まで浸かっていたDランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツに声をかけられた。
「傷は痛まないのか、スグデス?」
「もう問題ねえよ。いやあ、ここ数日は本当に散々な目にあったぜ」
「ゲスデスとフンも大丈夫かね?」
「おかげさまで問題ねえな」
「さすがは神聖騎士っスね。法術も大したもんっスよ」
「そうか。それならよかった」
すると、スグデスが「はあ」と大きく息をついてから立ち上がって、リンムにしっかりと向き合った。リンムのすぐ眼前に巨大な武器が聳え立つ。
「おい、フンよ。テメエも来い」
「あ、はいっス」
スグデスと比べると、フン・ゴールデンフィッシュの武器はきのこみたいだったが、何にしても二人はリンムに深々と頭を下げてみせた。
同時に二人の武器がぶるんと、象さんの鼻みたいに揺れる。
「オレらが今日、こうやって風呂に入っていられるのも、リンム――テメエのおかげだ」
「そうっスね。感謝してもし足りないっス。これまで本当にさーせんでしたっス」
二人からは以前にも謝罪されていたわけだが、こうして裸の付き合いで真っ直ぐに言われると、リンムもどこか照れ臭かった。
おかげでリンムのぱおーんはちょっとだけしなだれていた。
そんなリンムの心情を察してくれたのか、ゲスデス・キンカスキーがしみじみと言った。
「だがよお。こんな冴えないおっさんが今となっては王国の『A※』級冒険者なんだもんなあ……」
もちろん、ゲスデスもリンムの戦いをしっかりと見ていたので、腐すような意図はなかったし、リンムもすぐに「違いない」と同意して頬をぽりぽり掻いたことで、スグデスも、フンも、またオーラ水郷長も、「ははは」と笑い合った。
当然のことながら、皆の下半身はトライアングルのように、てぃん、てぃんと、軽妙なリズムで鳴り響いた。
このとき、リンムはつくづく思った――やはり男湯はいいものだ、と。
―――――
本日の夜に『おっさん』の限定SS「真・裸になる」もとい「お湯にどっぷりとつかる」を公開します。女湯編です。こんなイカ臭い話ではありません。よろしくお願いいたします。
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