第61話 色々と説明を受ける
前話ですが、未推敲版を誤って4月20日(木)に投稿してしまって、その日の夜のうちに推敲し直しています。
21日(金)以前にお読みの方は、お手数ですが再読いただけると助かります(大筋に変更はありません)。
―――――
女司祭マリア・プリエステスの唐突な告白に対して、リンム・ゼロガードは呆然とするしかなかった。
たしかに只者ではないなと思っていたが、まさか法国の守護騎士だったとは……
もっとも、リンムの育て親の前任者もこれまた尋常ではない実力者だったから、リンムとしては辺境に派遣される司祭はそれだけの力を有している者が選ばれているのだと勝手に認識していたわけだが……
すると、女司祭マリアはパンっと手を叩いてリンムの注目を引いた。
「さあ、リンムさんはお帰り下さい。私はこの大馬鹿者としっかり話をしなくてはいけません」
「馬鹿ってなによー。おじ様との出会いは運命そのものだわ」
第七聖女ティナ・セプタオラクルが下唇をツンと突き出して抗議するも、
「だからって、頬に聖痕をつけるなんて非常識にも程があるでしょう?」
「ほ、頬だからいいんじゃない!」
「はあ……恋は盲目とはよくぞ言ったものですね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頬に聖痕とは……いったい何のことだ?」
リンムが惑いと共に目を細めると、女司祭マリアは司祭服のポケットから手鏡を取り出してリンムにかざした。
リンムがマリアに近づいて恐る恐ると
「……こ、これは……取れるものなのかね?」
「残念ながら一生取れません」
「……そうか……一生か」
「ああ、そうでした。守護すべき聖女が亡くなれば、
「……なるほど……亡くなればいいのか」
「おじ様……ちょっとだけ顔が怖いですわ」
聖女ティナがそう呟いたので、リンムもまた「はあ」と息をついて額に片手を当てた。
これではまるで道化師だ。いっそ白塗りでもして隠した方がまだマシだ。いや、塗ったとしても余計に輝いて目立つだけか……
と、そんな暗澹たるリンムに対して、女司祭マリアは話を続けた。
「まあ、安心してください。基本的にその痕は表には出てきません」
「しかし、今……こうしてはっきりと見えているわけだが?」
「私とティナと強い光属性を持った者が二人もこの部屋にいるからです。いわば、共鳴している状態と言っていいでしょう」
「ほう? 共鳴かね。ということは、二人から離れれば――」
「はい。見えなくなります。ただ、魔獣の魔紋と同様に、体内の
「なるほどね。気をつけるよ」
「それから、最初はキスマークという形を取っていますが、聖痕は騎士それぞれの魔力を象ります。実際に、女神クリーンの守護騎士だった
リンムは「ほっ」と息をついた。さすがにキスマークでは格好がつかない。
もっとも、女司祭マリアはそんなリンムの背中を押して、冒険者ギルドの入口扉のそばまで来ると、
「明日の午後に教会にいらしてください」
聖女ティナに聞こえないようにそう呟いた。リンムも小声で応じる。
「構わないが……何か用かね?」
「守護騎士に関する詳細な話をいたします」
「ふむん。分かった」
「それと、リンムさんがお望みならば、契約破棄についても検討します」
「出来るのか!」
リンムがつい大声を出してしまったので、女司祭マリアは「しっ」と唇に指を一本立てた。
「それにつきましても、明日お話いたします。今はお帰り下さい」
「分かったよ」
リンムとしてはギルマスのウーゴ・フィフライアーに今回の件の背後にいたリィリック・フィフライアーなる人物の報告をしたかったのだが、女司祭マリアに押し出されてしまったこともあって、明日の朝一にすればいいかと考え直した。
何にしても、リンムが冒険者ギルドから出ると、そこにはオーラ・コンナー水郷長がいた。
「おや、まだムラヤダ水郷に帰っていなかったのか?」
「チャルのやつが見つからないんだよ」
「たしか、『放屁商会』とかいうハーフリングたちを探すと言っていたよな」
「ああ。おそらく、まだ探しているんだろうな。少なくともこの街中にチャルはいない」
オーラ水郷長はそう断言した。たしかにオーラの
「じゃあチャルはどこに行ったんだ? いったん森にでも帰ったのか」
「いや、それはないな。チャルの匂いは森とは逆の海岸の方から流れてくる」
「海岸といっても、あそこは断崖絶壁しかないぞ。いったい何をしに行ったんだ?」
「知らんよ。しかも、ご丁寧に自身に認識阻害までかけていやがる。おかげで、潮の匂いもきつくて、召喚獣たちだけでは追跡も難しい」
オーラ水郷長はそう言って、「こっちに来い」といったふうに指でくいっと差した。
リンムが並び歩くと、オーラはやれやれと肩をすくめてみせた。どこに行くつもりなのかとリンムが眉をひそめると、
「なあに、敵情視察ってやつだよ」
「敵情視察?」
「この街にも公衆浴場はあるんだろ? 俺はもうくたくただ。さっさと体を洗ってきれいさっぱりとなりたい」
「ムラヤダ水郷には帰らないのか? それこそ温泉があるだろうに」
「チャルがいるなら、例の地下通路を使って一緒に帰るつもりだったんだが……いないなら、馬でも借りて『初心者の森』をぐるっと二日ほどかけて迂回せにゃいかん」
「まあ、たしかにな」
「それにチャルがうちに店を出すと言っていやがったから、
「丁稚?」
「ゲスデスのことだよ」
そういえばそうだったと、リンムも思い出した。
ゲスデスたち盗賊一味はムラヤダ水郷に出来るチャルの店で働くことになったらしい。
彼らなりの罪滅ぼしの一環ではあるが、今後帝国がちょっかいを出してくるのならば、戦える者は一人でも多い方がいい。
「つまり、今、少なくともゲスデスは……スグデスやフンたちと一緒に公衆浴場にいると?」
「そういうことだ。俺たちも行くぞ」
「構わんさ。俺だって旅の垢を落としたいからな」
リンムがそう言うと、背後から「お
「はあ、はあ……よかった。今日中にお渡し出来ます」
「もしかして――」
「はい! 『A※』ランクの冒険者ライセンスカードです。王都のギルドでも承認が下りました」
すると、リンムよりもむしろオーラ水郷長の方が「もうかよ!」と驚いた。その様子にリンムは首を傾げる。
「普段は承認とやらにもっと時間がかかるものなのかね?」
「当然だろ。腐っても『A※』ランクだぞ。BやCなんかとは違うんだぞ。王国に何人いると思ってやがったんだ?」
「ええと……ギルドの都合で結構乱発されているもんだと思っていたな」
「そんな馬鹿な話があってたまるか。現状、王国に俺を含めて三人だ。つまり、お前さんを新たに入れて四人になったわけだ」
「それぽっちしかいないのか? そもそも王国にはAランクも一人きりしかいないはずだろう?」
「そうだよ。俺の後を継いだ、アルトゥ・ダブルシーカーという女剣士だな」
その名前を聞いてもやはりリンムはピンと来なかった。もしかしたら、スーシーみたいにフォーサイト家の養子になったことで家名を得たように、アルトゥなる女性は名前そのものも改名したのかもしれない……
「ついでに言うと、『A※』ランクは俺に加えて、俺の前のAランク冒険者だった婆さんと、さらにアルトゥがAランクに昇格したことでランクアップが見送られた頭のおかしい女の三人だ。そこにお前が入った」
「何だ、その頭のおかしい女ってのは……?」
「まあ、気にすんな。冒険者稼業で名を馳せるようになると往々にして色々とあるんだよ」
リンムが「ふうん」と相槌を打つと、受付嬢のパイはリンムに黒い
「これでお義父さ――いえ、リンムさんは『A※』ランク冒険者です」
その瞬間、受付嬢パイの目から涙がこぼれた。
リンムがどれだけ地道に仕事をしてきて、孤児院の子供たちの為に尽くして、さらにはこの街の人々に愛されているか――そのことを小さな頃からよく知っているだけに、パイは感無量となったのだ。
もっとも、オーラ水郷長はパイの服のポケットからはみ出している、Fランクの
「おい、お嬢ちゃん。そのカードも捨てずにリンムに渡してやりな」
「え? こ、これもですか?」
「そうだ。別に記念ってわけじゃねえ」
「どういうことかね、オーラ?」
リンムが尋ねると、オーラ水郷長は肩をすくめてみせた。
「別に、黒いカードをいつも見せつけている必要はないってことだ。たとえAランクになっても、Fランクのカードを首からぶら下げていたって誰からも怒られないし、ギルドの規約に抵触もしないし、何よりかえって面倒事も少なくて済む」
その言葉にリンムとパイは目を合わせて、首を傾げた。当然のことながら、いかにも腑に落ちないといった表情をしている。
「まあ、詳しい話はあそこでしてやる。俺はさっさと熱いお湯につかりたいんだ」
オーラ水郷長はそれだけ言って、さっきみたいにまた指をくいっと差した。そこにはイナカーンの街の公衆浴場の建物があった。
―――――
イナカーンの街の公衆浴場は混浴ではありません。その為、受付嬢パイはとりあえず女性専用の浴場に行きます。
つまり、次話は本編では男湯編、そして限定SSにて女湯編となります。
そうです。ついにこの作者は
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