第59話 こつこつと仕事できない

「お疲れ様でした、リンムさん。法国の第七聖女の護衛、また教導試合、さらに『初心者の森』に巣食っていたフォレストウルフの討伐などの物証を確かに受領いたしました。報酬金はいつものように半分を教会の子供たちの為に積み立てますか?」

「ああ、それで構わないよ。それとこの時間でもまだ俺に出来るような仕事は残っているかな?」


 そう尋ねてから、リンムは冒険者ギルド内に掲示してある依頼クエストに視線をやった。


 もっとも、先程まで多くの人々でごった返していただけあって、リンムのランクで受けられるものは根こそぎ持っていかれていた。多分にべっぴんな若い嫁さんを連れ帰ってきたことに対する当てつけもあるのだろう……


「ふむん……どうやらもうろくに残っていないようだな」


 リンムはやれやれと肩をすくめながら、ギルドの受付嬢のパイ・トレランスに「残念だよ」とため息をこぼした。


 だからパイは、リンムにとって吉報とばかりに、カウンターに身を乗り出すと、満面の笑みを浮かべながら一枚の羊皮紙を取り出してきた。


「それがですね。実はリンムさんに一件、特別なお話がありまして――」


 というところで、唐突にギルドの奥の扉が開いて、リンムに声がかかった。


「さて、出来ましたよ。これでリンムさんも様々な仕事が受けられるようになるはずです。やっとその実力に見合った仕事を割り振ることが出来るというわけですね」


 奥の部屋から出てきたのはギルマスのウーゴ・フィフライアーだった。その手には黒い・・冒険者ライセンスカードが握られていた。


 ちなみにカードの色や種類はランクによって変動する。Fランクはカードどころかただの羊皮紙だし、Eランクも掌くらいの石ころに魔術によって個人情報が刻まれるだけだ。Dランクからやっと順に、銅、銀、金となって、最終的に黒い特殊金属アダマンタイトによって造られたカード――A《・》ランク冒険者しか持てないものとなる。


「これは……いったい、どういうことだね?」


 当然、リンムは呆気にとられたわけだが……


 受付嬢のパイはというと、感無量といったふうに泣き出してしまった。だから、ギルマスのウーゴは仕方なく、パイから今回の説明を受け継いだ。


「簡単な話ですよ。法国の聖女の護衛はそれだけ重要な依頼だったということです。それに加えて、王国の誇る神聖騎士団との教導試合、さらにはフォレストウルフだけに留まらず、まだおおやけには出来ませんが――魔獣や魔族の討伐まで行っている。これでランクが上がらないはずがありません」

「しかし、Aランクになるには、基本的に各国の冒険者ギルド上層部の審査が必要だったはずじゃなかったのか?」


 すると、リンムの背後にいた元Aランク冒険者ことオーラ・コンナー水郷長がぽんっとリンムの肩を叩いた。


「つまり、俺と同じ立場になったってわけだな?」

「オーラと……同じ立場? まさか……俺をここで引退させたいという意味なのか?」

「はは。違うさ、リンム。AランクでありながらAランクではない――特殊な地位を得たってことだよ」


 その説明を聞いてもいまだ眉をひそめていたリンムに対して、今度はやっと受付嬢のパイがゆっくりと言葉を絞り出した。


「Aランクでありつつも『※』が付くんです。これは引退したAランク冒険者や事情があってAランクになれない冒険者などをギルドで囲っておく目的で設けられている制度で、あくまでも冒険者ギルドとの繋がりを重要視することから、ギルドマスターの裁量に任せられています。実際に、リンムさんの場合は後者に当たりますね」

「事情があってAランクになれない……か」


 リンムはそうこぼして、「はっ」と思い出した。


「ごう……おほん、ええと……守護騎士に任命されたことと関係があるわけだね?」


 聖女のティナによって強引に・・・任命されたと言いかけて、リンムは一度咳払いしたわけだが、その問いかけに受付嬢のパイはこくりと肯いてみせる。


「はい、その通りです。聖女様の守護騎士をFランクに留めておくわけにはいきませんからね。何にしても、これでリンムさんは王国と法国をまた重要人物V.I.P.になったわけです。おめでとうございます」


 ついでに言うと、帝国でもリンムはエルフの将軍ことジウク・ナインエバーの旦那と正式に認知されたこともあって、現在、この大陸で重要人物になっているわけだが……まあ、知らぬは本人だけである。


 それはさておき――受付嬢のパイはさらに言葉を続けた。


「当然のことながら、これにて受けられる仕事も一気に増えています。現在、ギルド内の掲示板に残っている仕事ならば、全てこなすことが出来ますよ」

「それはたしかにありがたいが……本当に俺なんかでいいものかね?」


 リンムがそんな謙遜をこぼすと、ぱち、ぱちと、小さな拍手が上がった。すぐそばにいた神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトからだ。


 次いで、副団長のイケオディ・マクスキャリバー、また補佐のエイプ・デッド・リールマンスも拍手を始めて、さらにやや淡々とした声音ではあったが、「サスガデスワ、オジサマ」と、女騎士メイ・ゴーガッツやミツキ・マーチも合わせると、


「おめでとさん、リンム坊や」

「リンムおじさん、すごーーーい!」

「リンム先生! これからも新人の僕たちをお願いします!」

「今日ぐらいはオレが奢ってやるさ」「そうっスね。これから散々たかる為にもよろしくっス」


 そんなふうに冒険者ギルドにまだ残っていた人たちも続いた。


 当のリンムはというと、頬をぽりぽりと掻きながらも、「ふう」と小さく息をついてから、いかにも先に外堀を埋められてしまったなといった表情ではあったものの――


「分かりました、ギルマス。受けますよ。その冒険者ライセンスを俺にください」


 リンムがそう答えると、ウーゴとパイだけでなく、その場にいた皆がハイタッチして笑みを浮かべた。


 が。


 そのときだ――


 ギルドの入口の扉がバタンと開くと、そこには闖入者があった。


「リンムおじ様。大変長らくお待たせいたしました。今回の依頼の報酬です。どうかお受けくださいませ」


 そう。そこにはよりにもよって、聖女ティナが聖衣の上に赤いリボンを巻いて、いかにも「私こそが報酬プレゼントです」と言わんばかりに突っ立っていたのだ。


「さあ。今こそ、私の初めてを受け取めてください……きゃっ、言っちゃった」



―――――



今回の話は、気づいた方もいらっしゃるかもしれませんが、第一話と第二話に対応しています。よろしければ読み返していただけると、新しい発見があるやもしれません。


もちろん、次話から『A※ランク冒険者のおっさん』へとタイトルが変わることもなく、ちょっとした事情でリンムはFランクのカードもとい羊皮紙を持ち続けることになりますが、それは次話のお楽しみです。


それと、しばらくの間、『おっさん』の更新は月曜と金曜に行います。書籍化作業が立て込んできて、週末にその仕事に追われると、月曜の更新分がなくなる仕様になりますが……その際には事前になるべくアナウンスいたします。ご了承くださいませ。


また、今日からGWにかけて、サポーター限定の近況ノート用の『トマト畑』や『おっさん』のSS、また一か月以上音沙汰のなかったエッセイなども随時更新していきますのでよろしくお願いいたします(でもって、GW後の12日以降は復活したガノンドロフをやっつける為にしばらく音信不通になります)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る