第58話 身震いする
「リンムが勝ったぞー!」
「俺も勝ったぜ! 全財産つぎ込んだからな!」
「マジかよー。俺なんか、あの小さい女騎士を応援してすっからかんだぜ」
「ふん。分かってないな。オレはあのイケオジ騎士様に惚れたおかげで、けつ毛まで毟り取られちまったぜ。まあ、後悔はしていない」
などと、冒険者ギルドの練習場の外縁はいまだに歓声などで騒々しかったが――
「ところで一つだけ聞いてもいいだろうか?」
副団長のイケオディ・マクスキャリバーがおずおずとリンム・ゼロガードに近づくと、
「最後まで帯剣していた得物を抜かなかったのは、やはり武器がなくとも我らを倒せるとみなしたからだろうか? それとも他に何か理由があったのかな?」
そう尋ねてきたので、リンムは「はは」と苦笑を浮かべるしかなかった。
「あなたの部下はなかなか優秀なんだな」
「ほう? 皆、それこそ簡単に攻撃をいなされたように見えたが?」
イケオディがそう疑問を呈すると、リンムはぽんぽんと剣の柄を片手で叩いた。
「触れた瞬間に気づいたよ。これは――マズいってね」
「ん?」
「おそらく試合前に設置された『
リンムがそう指摘して、すぐそばまでやって来ていた副団長補佐のエイプ・デッド・リールマンスをちらりと見ると、
「いやあ、バレバレだったすねえ」
「まあ、これでも
「エイプよ……貴様、そんな卑怯なことを仕込んでいたのか?」
「いやいや、誤解しないでくださいよ。何でもありで構わないって言われてたんすよ」
「誰にだ?」
「もちろん、団長すよ」
エイプがそう言っておどけてみせると、リンムも、イケオディも、近づいてきた聖騎士団長のスーシー・フォーサイトに視線をやった。
そのスーシーはというと、悪びれもせずにけろりと言ってのける。
「当然でしょう。
その言葉に、イケオディも、エイプも、「はっ」とした。
四人の実力が足りていないと指摘されたからではない。むしろ、スーシーがリンムのことを「義父さん」と呼んだからだ。
「もしや……この方が
「マジかよ。王国随一の
そんな不可解な反応に、当然のことながら、リンムは白々とした目になった。
「何だ……その剣聖とか剣豪とかいうけったいな称号は?」
「おや、本人は知らなかったのかね。そもそもスーシー団長を幼少の頃より鍛え上げ、神聖騎士団のトップに上り詰めた今となっても、その団長をして――百回相対しても一度も勝てない、と言わしめる腕前に敬意を表して、騎士団内では団長の養父殿を『剣聖』と評してきた」
「それに、今の王国のA級冒険者もここの孤児院出身らしいっすけど、駆け出し冒険者時代に幾度手合わせしても全く届かなかった教官がいるって喧伝していて、王都では王国随一の剣豪が辺境にいるって噂されてるすね」
「…………」
リンムは「はあ」と額に片手をやった。
孤児院出身のA級冒険者のことは初耳だったが、孤児院の子供たちで冒険者になる者は少なくないから、スーシー同様に立身出世して、リンムのことを過大評価しているのかもしれない……
何にせよ、スーシーの評価は今のうちに修正しておきたいなと考えていたら、ふいに遠くから「ほーほっほ」という声が聞こえてきた。どうやら法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルがいかにも
「さあ、言うのです――さすがですわ、おじ様、と」
「「……さすがですわ……おじさま」」
「イントネーションが違います! 最初の『さ』のところにアクセントをつけなさい!」
「「……
「まだです! おじ様という言葉に実感がこもっていませんわ! ここは心の底から湧き出る憧れでもってその言葉をしっかりと飾りたてるのです」
「「……
「まあ、いいでしょう。所詮、貴女がた如き、下級貴族にはその程度の『さすおじ』がお似合いですわ」
「「
その様子にリンムはつい身震いした。まさかとは思うが、これからずっと三人は「さすおじ」し続けるのだろうか……二人は嫌々言っているようにしか見えないが……
何はともあれ、スーシーとイケオディに稽古をつけてほしいと頼まれたので、明日以降の時間が空いたときならば構わないということで、この場はとりあえずまとまった。もっとも、練習場の歓声に紛れて、いつまでも「さすがですわ、おじ様」の合唱は途切れなかったのだが――
「はてさて、冒険者ギルドの方がやたらと騒々しいな」
ちょうどその頃、イナカーンの街の広場でダークエルフの錬成士チャルは「やれやれ」とため息をついて背後にちらりと視線をやった。そこには神官服を纏った赤髪の女性が立っていた。
「それで、私に何か用かね?」
「挨拶に参りました」
「殺しに来たの間違いではないのか?」
「現状、貴女に敵対する意思はございません。今回は、本当に挨拶のみです」
「それにしては殺意を隠し切れていないぞ?」
「失礼しました。一応、警戒は必要なものですから」
「ふん。前任者はもっと穏やかな人物だったと記憶しているんだがな……ところで、その前任者はどうしたんだ? たしか、リンム・ゼロガードやスーシー・フォーサイトの育ての親だろう?」
「…………」
「まあ、いいさ。私も、そちらの組織には全く興味がない」
「そう言っていただけると助かります」
それだけ言って、その女性――イナカーンの街の女司祭で、今の教会や孤児院の世話をしているマリア・プリエステスはぺこりと頭を下げて去っていった。その姿を横目で追いつつも、チャルはまた、「はあ」と息をついたのだった。
「帝国ももちろん胡散臭いが……法国とてろくなものじゃなさそうだよな」
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