第57話 頂き(後編)

4月7日(金)更新とか言っておきながら、本日更新になってすいません……



―――――



「それでは指導試合――開始!」


 冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーの掛け声で試合は始まった。


 まず、定石通りに神聖騎士たちはリンム・ゼロガードの四方に散った。副団長のイケオディ・マクスキャリバーが大剣を中段に構えて、リンムと真っ直ぐに対峙しながらその動きを牽制しつつ――


 リンムの背後には、副団長補佐のエイプ・デッド・リールマンスが回って双剣で狙いをつけ、また左右には女騎士のメイ・ゴーガッツが巨斧に似た大きな棍棒を振りかざし、また女騎士ミツキ・マーチは背丈ほどの長竿を構えている。


 指導試合という名目なので、本来ならばギルドで用意した練習武器しか使えないはずなのだが……なぜか四人とも使い慣れた得物を持っていた。これにはリンムも首を傾げたわけだが、「そういえば――」と、つい先ほどのやり取りを思い出した。


 リンムの背後を狙っているエイプはたしか、『物質変換マテリアライズ』なるスキルを持っていたはずだ。となると、あれらの武器も見た目通りのものではないかもしれない……


 何にせよ、リンムは「ふう」と小さく息をついて、木剣を帯刀したままで柄に片手を伸ばした。


 その様子を練習場の外縁から見守っていた、神聖騎士団長のスーシー・フォーサイトも、また法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルも、かつて『初心者の森』でフォレストウルフの群れを鮮やかに倒したときに見せた居合を思い出して、特にティナなどは――


「さあ、必殺技です! やっちゃえー、おじさま!」


 と、可憐な声援を上げたわけだが、一方でスーシーは眉をひそめた。


 たしかにリンムの空を斬るような居合は強烈な剣技だが、剣士の足捌さばきを全く気にしない野獣ならばともかく、リンムと対峙しているのは――いずれも微かな足の運びや構えの変化に機敏な王国屈指の騎士たちだ。しかも、すでに四方を囲んでいる。


 スーシーでさえこうなってしまっては勝ち目が薄い。はてさて、リンムはこの状況をどう凌ぐのか……


 そんなふうにスーシーが見ている中で、先に動いたのは神聖騎士たちの方だった。これもまた当然だろう。相手は聖女の守護騎士とはいってもたった一人きり。それに対して神聖騎士たちは四人かりな上に、さらに真剣を扱わない指導試合という形式なのに、いつまで経ってもリンムを警戒してその出方を待ち続けるなど、四人の誇りが許さないはずだ。


「じゃあ、いくよ!」

「ええ、いきますわ!」


 女騎士メイは宙高く跳ねて、リンムの横合いから巨斧に似た棍棒を振りかざした。


 同時に、女騎士ミツキも地を這うようにして、長剣に似た竿を横薙ぎにして仕掛けてきた。


 もちろん、どちらかの攻撃を受けきるのは愚の骨頂だった。そのタイミングでリンムを挟んでいた副団長のイケオディや補佐のエイプが確実に仕留めにかかってくるはずだ。だから、リンムはあえて大股の蟹歩きでもって、ミツキに一気に近づくと、


「それを振り回してくれて助かったよ」

「どういうことかしら?」

「その無駄に広い攻撃範囲内には、味方も近づいてこられないからね」


 リンム自身は片手剣を帯刀したまま、ミツキが竿をぶん回すのに合わせて、くるりと回転して背後を取ってから、


「それ!」

「キャっ!」


 ミツキをメイへと蹴飛ばした。


 もっとも、その瞬間だ――リンムはすぐそばまで副団長補佐のエイプが接近していることに気づいた。


 ただ、リンムもまともにやり合うつもりはなかった。そもそも、背後には副団長のイケオディも迫ってきていたし、何より肝心のエイプはスキルの『物質変換』持ちだ。ということは、得物をいかようにも変化させられる。つまり、間合いが意味をなさない可能性が高いわけだ。


「だったら、少し手荒にさせてもらうぞ」


 リンムはそう呟くと、向かってくるエイプに対して数歩前に出た。


 ちなみに、変則的な攻撃を仕掛けるエイプに相対する場合、普通は十分な間合いを取って、エイプの出方を待つ方が好ましい。たしかに『物質変換』は強力なスキルだが、当然のことながら発動する際に隙は出来る――だから、そこを突くのが正攻法だろう。


 ただし、エイプも神聖騎士団の幹部だけあって、スピードを活かして双剣の手数で勝負して、最終的にスキルで翻弄するというスタイルを培ってきた。


 だから、リンムが警戒して間合いを取ってくれるのならばかえって好都合と考えていたら、双剣による連撃の中に無手で飛び込んできた。


「そんな……馬鹿な」


 しかも、当のリンムはというと、エイプの剣捌きを鮮やかに掻い潜って、その両手首を掴むと一気呵成に頭突きをかましてきた。


「あ、痛っ!」

「言ったろう。荒々しい、と」


 これには堪らずにエイプも目を回した。


 リンムが繰り出したのはいかにも冒険者が得意とする喧嘩剣技であって、騎士として正当な剣技を学んできたエイプはこういった雑な攻撃に慣れていなかった。


 おかげで双剣をリンムに簡単に分捕られると、


「早速、使わせてもらうよ」


 その双剣はこれまた荒々しく、女騎士メイとミツキに投げ込まれた。


「え?」

「きゃあ!」


 さすがに二人ともこれは予測出来ていなかった上に、すでに姿勢を崩していたこともあって、それぞれの武器を弾き飛ばされてしまった。


 残るは副団長のイケオディだけだったが、実のところ、この時点でリンムの背後を完全に取っていた。ここらへんは叩き上げの面目躍如といったところか。イケオディは大剣を振りかざして、まさに「取った!」と、声を上げようとした――


 が。


 その直後、リンムはちらりと背後を見た。


 たったそれだけでイケオディの体は硬直スタンした。そう、スキルの『威圧』だ。


 当然のことながら、相手との実力差がなければ硬直には至らないわけで……これにはイケオディも「はああ」と大きく息をつくと、振りかざした大剣をわざとリンムの前でゆっくりと素振りしてみせて、その剣先を地に突けた。


「まいったよ。降参だ……・結局、私たちでは貴方に剣を抜かせることすら出来なかったわけか」

「いやいや、そんなふうに謙遜することはないさ。そもそも、あんたたちは『王国の盾』だろう? 本来は守ることを十八番おはことする騎士たちのはずだ」

「ふふ。そう言ってくれると、まあ、少しぐらいは気も紛れるが……何にせよ――完敗だ」


 その瞬間、冒険者ギルドの練習場ではこの日一番の歓声が上がった。


 こうしてリンムは神聖騎士団の幹部四人を相手に勝利を収めて、身の潔白を見事に証明してみせたのだった。

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