第56話 頂き(前編)

 冒険者ギルドのギルドマスターことウーゴ・フィフライアーは建物の裏手にある練習場を開放した。


 イナカーンの街には『初心者の森』があるので、未熟な冒険者たちもよくやって来る。そもそも、冒険者という職業そのものは年齢の下限があるのみで、基本的にお尋ね者でなければ誰でもなれるので、当然のことながら剣などろくに握ったことがなくても森に入ることは出来る。


 とはいえ、昨日まで農家や商家の手伝いをやっていた者が森ですぐに野獣と戦えるかというと、それは土台無理な話なので、片田舎にある冒険者ギルドには初心者に手取り足取り教えてあげる為にも、こうした練習場を設けていることがある。


 実際に、リンム・ゼロガードはFランク冒険者ながらも教え方が丁寧で、人当たりもいいということで、指導教官も長らく務めてきた。リンムに教えられて成長して、王都に羽ばたいていった冒険者も少なくない。


 もっとも、指導教官は怪我などをして引退した冒険者がやるもので、普通に冒険する方がよほど稼げることもあって現役はやりたがらない。そのおかげで――


「リンムに出来るのは、薬草採取と素人に教えることだけだ」


 などと、揶揄する者もたまに現れる。


 事実、リンムがかばってあげたDランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツやフン・ゴールデンフィッシュたちはその筆頭だったわけで、今だって練習場の外縁を囲みながら野次を飛ばす者も意外に多い――


「リンムを殺せえええ!」

「あんなべっぴんで若い嫁さん……許せるかあああ!」

「守護騎士だあ? 童貞も守れない者が奴に勤められるはずがねえんだよおおお!」

「リンムだけは信じていたのに! オレらと同じ側のおっさんだって思っていたのに! 何ならオレの初めてを捧げてもよかったのにいいい!」


 そんなわけで練習場では、「殺せ、殺せ、殺せ」と、闘技場みたいな図太い声が上がっていた。だからだろうか、ギルマスのウーゴはわざわざ中央までやって来て、皆に聞こえるようにと大声を上げた。


「冒険者ギルド内での私闘は禁止されています。今回はあくまでも指導試合の域を出ません。使用できるのは刃を鈍くした練習武器のみです。よろしいですね?」


 すると、リンムだけでなく、相対していた神聖騎士たち――メイ・ゴーガッツ、ミツキ・マーチ、エイプ・デッド・リールマンスにイケオディ・マクスキャリバーも声を揃えて、


「はい!」


 と答えた。


 ただ、中央にいたウーゴはやや眉をひそめた。


 そして、つかつかと女騎士メイのそばまでやって来て、「失礼」とだけ告げると、ぽんぽんと腰のあたりを叩いた。そのとたん、鏃のようなものがぼとぼとと地に落ちた。


「これは?」

「……お守りです」

「鏃の先に猛毒が塗ってあるようですが?」

「気のせいです」

「…………」


 ウーゴは困惑した表情でもって、騎士団長のスーシー・フォーサイトにちらりと視線をやった。スーシーは「はあ」とため息をつきつつも、なぜかもう一人の女騎士ミツキに対して、


「貴女の持っている練習剣をウーゴ殿に差し出しなさい」

「そんなあ! 殺生ですわ、スーシーお姉様!」


 嘆願するミツキを横目にウーゴがその剣を分捕ると、ギルドで用意した練習剣だったはずなのに、いつの間にかよく似た仕込み武器になっていた。しかも、ご丁寧にその刃先にも神経毒が塗布されている。


「この二人……街の兵士に突き出しても?」

「すいません。一応、これでも騎士の端くれなので勘弁してあげてください」


 スーシーがそう言って頭を下げると、ウーゴもまた「はあ」と息をついて中央に戻ってきた。


「それでは指導試合を始めます。今回は神聖騎士たち四人対リンムさん一人の相対となります。まいったと言わせるか、相手の練習武器を落とすか、もしくは試合続行不可能とみなされた場合に終了します。よろしいですね?」

「はい!」


 やけに四人の返事がいいなと、ウーゴは再度、眉をひそめた。


 それからじっくりと練習場を見渡して、「ん?」と、戸惑った表情を浮かべてからリンムのそばまでやって来て、その足もとに片手を伸ばした。


「これは……いったい、何ですか?」


 もっとも、問いかけた先はリンムではなく――副団長補佐のエイプだった。


 というのも、足もとの砂をぱぱっと払ったら、魔道具の設置罠である『地雷マイン』らしきものが出てきたのだ。これまたエイプではなく、スーシーが大きなため息とともに申し訳なさそうに言った。


「すいません。エイプのスキル『物質変換マテリアライズ』によるものと思われます」

「申し訳ありませんっす! メイとミツキに脅されて、ウーゴ殿が二人を取り調べしている最中にこっそりと仕込ませていただきましたっす!」


 この発言にはかえって、ウーゴも、リンムも驚いた。


 これだけの耳目がある中で、さらにウーゴたちに気づかせずに仕込んだわけだから並大抵の技量ではない。もしかしたら、こんなふうにとぼけた外見をしながらも、エイプは騎士職だけでなく、奇術師トリックスターなどのスキルにも習熟しているのかもしれない……


 すると、さすがにスーシーも堪忍袋の緒が切れたのか、


「イケオディ! 私が言うのもなんですが……これは貴方の監督責任でもあるのですよ」

「失礼いたしました、スーシー団長! また、ウーゴ殿。三人の部下を止めなかったこと、大変申し訳ありませんでした! ただ、私もこのリンムなる御仁がどれほどのものか興味がありまして……どうしても試してみたくなったのです」


 副団長のイケオディは悪びれずに言い切った。


 とはいえ、これでさすがに仕込みは全てらしく、ウーゴはやっと練習場の中央に戻った。


「色々とごたごたはありましたが、これはあくまでも練習試合です。そのことを忘れないようにお願いします。何かあった場合は王都の冒険者ギルドを通じて、四大騎士団に厳重に抗議いたします。よろしいですね?」

「はい!」


 リンムもなぜか大声で「はい」と答えざるを得ないほどには、ウーゴの苛立ちがよく伝わってきた。


「それでは指導試合――開始!」


 何はともあれ、こうして四対一という無謀とも言える戦いが始まったのだった。



―――――



警察小説などをあまり読まない方にはピンと来ないたとえかもしれませんが、この世界での兵士と騎士の関係は、私たちの世界の警察官と刑事みたいなものです。いわば、ド田舎の駐在さんと警視庁の捜査一課といったものなので、その文脈でウーゴの「この二人……街の兵士に突き出しても?」の台詞を読んでいただけると助かります。

また、後編は4月7日(金)に更新予定です。よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る