第55話 すぐに決闘を挑まれる

 冒険者ギルド内にいたのは、神聖騎士団の騎士たちとリンム・ゼロガードたち一行だけではなかった。


 当然、受付嬢のパイ・トレランスのようにギルドで働く者たちもいたし、何より依頼クエストの報告や新たな受注を求めてやって来ていた冒険者たち、もしくは依頼者たちもいた。


 このうち冒険者たちはどちらかというと、イナカーンの街のそばにある『初心者の森』が目当てなので、新参者ばかりだったわけだが、その一方で依頼者はというと、腰を悪くしていた元宿屋のおかみさんこと老婆だったり、ギルドに納品された素材を取りに来た鍛冶屋の店主だったり、あるいはリンムの真似事をして小遣いを稼ごうとする孤児院の子供たちだったりがさりげなく現場にいたわけで――


 まず、体がくの字型に曲がっていた老婆がすっときれいに立ち上がると、そこらへんに転がっている盗賊の頭領ゲスデスよりもよっぽど早くギルド内を駆け抜けて、両開きの扉を開けて外に出たとたん、


「リンム坊や・・に嫁さんが出来たぞおおおおおおおお!」


 そう絶叫した。


 それは新人冒険者たちがマンドレイクの叫びかと勘違いしたほどに強烈な声音だった。


 次に、鍛冶屋のおっさんがぽかんとしたまま、素材を入れた箱を両手から落とすと、よろよろとぶらつきながら老婆に続いて外に出て、


「リ、リンムに……美人の嫁が出来やがったあああ! ちくしょおおおおおおおお!」


 これまた遠吠えを上げた。


 少ないながらもイナカーンの街で立哨していた兵たちが思わずフォレストウルフでも攻め込んできたのかと勘違いするほどに図太い咆哮だった。


 さらに、そこに子供たちが続いた。それこそ、『初心者の森』の妖精たちよりも騒がしく、ぴょんぴょんと跳びはねながら外に出ると、方々に喧伝を始めた。


「リンムおじさんが結婚するー!」

「ねえねえ、初めてを奪ったってなにー?」

「そりゃあ、初めてだよー。言わせんなよー。ちゅーだよ。ちゅー!」

「おめーら。子供ガキだなー。ちゅーじゃねーよ。聖女様が全部って言っていたじゃん」

「じゃあ、全部ってなにー?」

「ぜ、全部って……そりゃあ、全部だよ」

「ねえねえ。そこのお店のおばちゃん、どういうことなのー? おしえてー?」


 そんなこんなでリンムが法国の要人たる第七聖女ことティナ・セプタオラクルの何もかもを手に入れたという噂はものの数分で街中を駆け巡って、知らない者はいないほどになっていた。


 このとき、リンムはというと、両手で顔を隠して「終わった」とこぼしていた。


 一方で、ティナはというと、同じように両手で紅くなった頬を隠していたが、「言っちゃった。てへ」とはしゃいでいた。


 そんなティナとは対照的に女騎士スーシー・フォーサイトはというと、朝敵でも見つけたかのような鬼気迫る形相をしていた。この聖女こそまさしく凶悪な魔族なのではないかと、弾劾しそうな雰囲気だった。


 もっとも、受付嬢のパイは泣いていた。本来ならば「おめでとう」と、いの一番に声をかけるべきだとは理解していた。何しろ、冒険者稼業で身を襤褸々々ぼろぼろにしながら稼いでくれた育ての親だ。義理の娘の一人として、祝福してあげなくてはと思いつつも……どういう訳か様々な感情が心の中で渦巻いて言葉が出てきてくれなかった。


「…………」


 このとき、パイはリンムに対して本物の好意・・を抱いていたのだと気づいた。同時に、そのを失ってしまったのだとも。


 何にしても、娯楽が少ないイナカーンの街の人々が冒険者ギルドに殺到して、リンムの連れてきたとかいう嫁さんこと第七聖女を一目見ようと押しかけてきたときだ――


「いやはや、おかしいんですよねえ」


 そう疑問を発したのは、意外なことに副団長補佐の片割れことエイプ・デッド・リールマンスだった。


 いかにもずぼらで面倒臭がりといったふうなのに、頬をぽりぽりと掻きつつも、リンムと聖女ティナに交互に視線をやってから、


「そもそも、そこのリンムさんでしたっけ?」

「あ、ああ……そうだが」

「聖女様の守護騎士殿だっていうなら、何でそばにいなかったんっすか?」

「へ?」

「だって、おかしいじゃないっすか。守護騎士殿がいるなら、俺らがわざわざ護衛をする必要もないっすよね?」


 これはけだし正論だろう。


 たとえ護衛として人数が欲しかったのだとしても、それならば逆に守護騎士として一人でも多くそばに付いているべきだ。というか、そもそもの話として、神聖騎士団に護衛の要となるべき守護騎士の存在が知らされていなかったこと自体、いかにもおかしな話だ。


 すると、ティナのはしゃっぎぷりとは対照的に言葉を失っていた女騎士のメイ・ゴーガッツとミツキ・マーチが息を吹き返した。


「言われてみれば……その通りです」

「ええ。なぜ、聖女様はそんな大事なことを機密にしていたのですか? それこそ、王国に対する背信ですわ。私たちをそれほどに信用出来なかったのでしょうか?」


 そんな問いかけに対して、聖女ティナはやれやれと頭を横に振った。


 何ならリンムとの出会いに始まって、そのさすがですわおじ様ぶりを滔々と一日中語り明かしてもよかったわけだが、はてさてどこから語ろうかと、ティナが思案顔になったときだ――


「そもそも、守護騎士殿の実力はたしかなんすか?」


 副団長補佐のエイプはそう言って、にやりと笑ってみせた。


 直後、団長のスーシーはまた額に片手をやって、「はあ」とため息をついた。要は、エイプは戦ってみたかったのだ。眼前にいる、この底知れない無名の冒険者と。


 もっとも、そんなエイプの思惑とは別に、女騎士のメイとミツキも乗っかってきた。


「勝負してください」

「私も是非とも、お手合わせを願いたいですわ」


 そこに以外なことに副団長のイケオディ・マクスキャリバーまで加わった。


「よろしければ、私も一手、ご教授願いたい。よろしいでしょうか、リンム殿。そして、団長殿?」


 結局のところ、団長スーシーのもとに好んで集まってきたのは皆、剣に人生を捧げた者たちばかりなのだ。ここにきて紆余曲折はあったものの、やっと当初の判断どおりに事が進みそうだと、今度は「ふう」と安堵の息をついた。


「私としては構わないわ。さて、ティナ様。守護騎士殿に指導試合をしていただきたいとの旨、お許しいただけますでしょうか?」

「もちのろんですわ」


 聖女ティナは「むふー」と、牛みたいに鼻で息をつくと、さらにこう捲し立てたのだった。


「一人ずつじゃ時間がかかりすぎますので、何なら四人全員一緒に面倒見てあげてください。ちょろいもんですわよね、おじ様? ――いえ、私の守護騎士、リンム・ゼロガード?」



―――――



次の更新は3月31日(金)にしたいところですが、『トマト畑』の第二巻書籍化作業の締め切りと重なっているので、もしかしたら来週4月3日(月)になるやもしれません。ご了承くださいませ。

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