第54話 すぐに誤解される

 神聖騎士団に所属する女騎士のメイ・ゴーガッツとミツキ・マーチが同時に片手剣を抜くと、パンっと両手を叩く音が響いた。


「そこまでです。冒険者ギルド内での私闘は重罪に当たりますよ」


 そう言い切ったのは、ギルマスのウーゴ・フィフライアーだ。


 ウーゴは「そういえば、以前もこんな台詞を言ったような気がしたな」とわずかに眉をひそめたが、そんなウーゴにしても、リンム・ゼロガードたちの事情をすぐに把握出来たわけではなかった。それでも、リンムが何かしら勘違いで絡まれているだろうことは察せられた。


 もっとも、女騎士のメイとミツキはというと、ろくに聞く耳を持たなかった。


「これは断じて私闘などではない! 犯罪に対する取り締まりだ!」

「その通りです。むしろ、大罪と言った方が正確です。麗しきスーシーお姉様の双眸に汚れたおっさんどもが映り込むのは、美しさに対する冒涜以外の何物でもありませんわ」


 これにはウーゴも、「そうなのですか?」と、すぐそばにいた副団長のイケオディ・マクスキャリバーに確認した。同じくおっさんのイケオディからすれば、これまでずっと部下の二人に汚れと見られていたのかと、わずかながらにショックを受けていたところだったのだが……


「…………」


 とにもかくにも、イケオディは無言で返した。


 そもそも、ギルドの広間に座り込んでいるおっさんたちが本当に犯罪者なのかどうかを決めるのは、今となっては団長代理のイケオディではなく、戻ってきた団長のスーシー・フォーサイトだ。


 だから、イケオディはその判断を仰ぐかのようにスーシーへと視線をやった。ここらへんはさすがに叩き上げだけあって、見事な責任転嫁である。


 さて、当のスーシーはというと、なぜか両目をつぶって天を仰いで、「うーん」と呻っていた。


 理由は単純だ。二人の部下が果たして言って聞かせて、「はい、分かりました」と簡単に納得してくれるとは到底思えなかったからだ……


 もちろん、団長たるスーシーが舐められているわけではない。むしろ、二人はスーシーを崇拝さえしている。だから、時間をかけてきちんと言葉を重ねれば、最終的にはスーシーの判断を尊重してくれるはずだ。


 だが、二人とも頭では何とか理解するだろうが、心では燻り続けるに違いない。


「はあ……どうしたものかしらね」


 これにはスーシーもため息をつくしかなかった。


 そもそも、スーシーの悩みの種には根本的ともいえる背景がある――それは王国の身分制度だ。


 以前も話した通り、騎士は全員が貴族の子弟に当たる。叩き上げのイケオディにしても兵士時代に武勲を上げて騎士爵を得ているし、スーシーとて子供時代に地方の武術大会で優勝して、主催した子爵の養女となって騎士学校に入学した。


 その一方で、女騎士のメイとミツキは生まれながらの貴族だ。当然、成り上がりのスーシーを最初は全く認めなかった。実際に、スーシーが神聖騎士団内で鬼軍曹と揶揄されても、団を厳しく律し続けているのはいまだにスーシーを軽んじる騎士たちがいるからに他ならない。


 それでも、さすがに剣の道に生きると決めただけあって、メイも、ミツキも、スーシーの実力を目の当たりにして考えを改めた。今となってはスーシーの親衛隊長みたいな存在にもなった。


 だから、今回もリンムの鮮やかな剣技を見れば、それが犯罪者のものなどでは決してないと分かってくれるはず、と――


 そう結論付けて、スーシーは「すう」と息を吸った。


 が。


 スーシーが二人の部下に対して何か告げようとした瞬間だった。


「お待ちなさい! そこの阿婆擦あばずれども!」


 法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルが怒声を上げたのだ。


 スーシーは思わず、「あちゃー」と額に片手をやるしかなかった。せっかくの判断も遅きに失してしまったわけだ。


「さっきから大人しく聞いていれば、無辜の民ゲスデスのことを汚いだの、ばっちいだの、醜いだの、臭いだの、ふけが飛ぶだの、果ては犯罪者呼ばわりまでして……貴方がた、それでも本当に『王国の盾』と謳われる神聖騎士なのですか!」


 ティナの方がよほど酷い言い様だったが、メイも、ミツキも、ばつの悪い表情になった。


 もっとも、ゲスデス・キンカスキーは無辜の民では決してない。紛う方なく盗賊たちの頭領であって、つい先立ってもティナ本人を誘拐しようとしたばかりだ。とはいえ、当然のことながらティナはそこらへんを都合よくスルーしてみせた。


「それに王国貴族のくせして、玉と石の見分けもつかないようですね! はん、情けない!」


 これまたもちろん、今では法国の聖女となったが、もとは王国のセプタオラクル侯爵家の子女として名を馳せたティナに言われたので、メイも、ミツキも、さらに「ぐぬぬ」と眉間に皺を寄せるしかなかった。


「ほうら、その曇りしかないまなこをかっぽじって、よーく御覧なさい。どちらがナイスミドルなおじさまで、あるいはそこらへんに転がっているどうでもいいおっさんなのか!」


 そうは言われても、どちらも薄汚いおっさんにしか見えなかった……


 そもそも、二人は美しい女性が好きなので合って、厳つい男性――しかもおっさんに対する審美眼など微塵も持ち合わせていない。


 だが、ここにきてティナはついに爆弾を投下した。


「いいですか! こちらにいらっしゃる、さすがですわおじ様こと、リンム・ゼロガードは、わたくし、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクルの守護騎士なのですよ!」


 ……

 …………

 ……………………


 しばらくの間、冒険者ギルド内は静寂だけが過ぎていった。


 ギルマスのウーゴも、受付嬢のパイ・トレランスも、一言も発せずにあんぐりと口を大きく開けていた。また、副団長のイケオディは「道理で底知れないはずだ」と勝手に納得して、あるいは女騎士のメイも、ミツキも、顔を青ざめるしかなかった。


 というのも、眼前のおっさんが聖女の守護騎士だとしたら、二人の取った行動は法国の要人を侮辱したことと同義だからだ。幾ら知らなかったとはいえ、さすがに犯罪者呼ばわりはマズい……


 何にしても、そんなギルド内の状況などお構いなしに、ティナはというと、なぜかわずかに両頬を赤らめてみせた。


 刹那、スーシーは「マズい」と悟った。


 少女時代から付き合ってきた勘が告げたのだ。これ以上、ティナに好き勝手に言わせていたら、絶対にろくなことにならないと。


 もっとも、スーシーがティナの口を塞ごうとするよりも早く、ティナはついに言ってのけた。


「それにリンムおじ様は私の初めて……いえ、何もかも全てを奪った――大切な夫なのですから、キャっ!」


 このとき、はしゃぐティナとは裏腹に、冒険者ギルド内には静寂以上によほど重苦しい沈黙が下りたのだった。

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