第53話 すぐにからまれる
ずいぶんと時間は遡る――
領都から出て商隊に扮していた聖女一行だったが、イナカーンの街への途上でゲスデス・キンカスキーが
「すぐにでもお二方を追うべきです。今頃きっと、深い森の中に隠れて、くんずほぐれつして――」
と、団内でも五指に入る実力者の女騎士メイ・ゴーガッツが「むふー」と鼻息荒く主張するも、その頭上にこつんと手刀を入れてから、同じく女騎士で副団長補佐のミツキ・マーチは頭を横に振った。
「しばらくは様子を見るべきだと具申いたします」
いかにも対照的な二人だ。凸凹だと言ってもいい。
女騎士メイは背丈が低く、ぼさぼさの紅い短髪を揺らして、情熱のこもった眼差しで皆を睨みつけるのに対して、女騎士ミツキは他の騎士たちに紛れても頭一つ分、背が高く、流れるような碧い長髪で、淡々とした口ぶりで諭してくる。
だから、スーシーが不在になったことで団長代理となった副団長のイケオディ・マクスキャリバーが顎に片手をやってから、
「ふむん。ミツキよ。では、その理由を聞こうか?」
「はい。先ほどの盗賊たちですが、ただの野盗には見えませんでした。幾人か、明らかによく訓練された騎士のような強者が紛れていました」
「なるほどな。何者かによる計画的な犯行と見たわけか?」
「その通りです。我々が商隊に扮していたにもかかわらず、こうして襲われたことを鑑みましても、どこかで第七聖女様の外遊の件が漏れたのではないかと」
副団長のイケオディはすぐに一人の若い騎士にちらりと視線をやった――もう一人の補佐ことエイプ・デッド・リールマンスだ。
ぱっと見た感じはいかにもやる気のなさそうな青年だ。容姿は誰よりも整っているはずなのに、纏っている服のボタンは掛け違えているし、裾はいい加減にたくし上げて、パンツのサイズもぱつぱつで合ってない。しかも、靴までバラバラだ。
ただし、剣の腕だけは団長のスーシーに匹敵する。それだけの腕前があっても補佐の身分に甘んじているのは、イケオディの方が長いキャリアを誇って、人心掌握に秀でているからだ。そもそも、エイプは面倒臭がりで、誰かの上に立つ気性ではない……
とはいえ、一応は補佐なのでイケオディが意見を求めると、
「あいつ、強かったっすねー」
副団長補佐のエイプはぽりぽりと頬を掻きながらとりとめのないことを言い出した。
「もしや、姉御と呼ばれていた仮面の盗賊のことか?」
「それっすよ。俺と副団長と二人がかりでようやく押し返したけど……ヤバいっすねえ、ありゃあ。底が見えなかった。もしかしたら、団長よりも……」
団長補佐エイプの素直な感想を受けて、副団長のイケオディは「ふむん」と息をついた。
その姉御なる者の剣捌きが王国の近衛騎士団のものとよく似ていたとはあえて周知しなかった。余計な憶測は、今は混乱を招くだけだ。もしかしたら、エイプも気づいていたかもしれないが、何にせよイケオディは当面の指針を立てることにした。
「この穀倉地帯では草木などに隠れられて襲ってくる可能性が高い。南寄りに進路を取って、むしろ開けた崖沿いにキャンプを張るぞ。しばらくはそこを拠点にして、団長と聖女様の捜索を行う」
そんな拠点を設営して翌日、神聖騎士たちのもとに団長スーシーが『召喚の符』で放った鴉がやって来て、イナカーンの街に先行する旨を伝えてきたので、騎士たちはそれに従ったわけだが――
実に、そこからが長かった。
何しろ、団長も、肝心の護衛対象も欠いての待機業務……
しかも、忙しない王都や領都ならまだしも、牧歌的な片田舎とあって、女騎士のメイは「百合が足りない!」と唐突に朝日に向かって叫ぶし、冷静沈着なミツキも貧乏揺すりを止めないし、エイプに至っては長閑な生活がよほど性に合ったのか、「この街に定住したい」と言い出すしで、
「このままでは……神聖騎士団解散の危機だ。ウーゴ殿、どうかお知恵を拝借したい」
と、団長代理のイケオディは冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーに相談していたわけだ。
そんな状況で、街中で盗賊の頭領ことゲスデス・キンカスキーを見かけたものだから、メイとミツキは容赦なく襲いかかった。
もちろん、女性二人だけでは容疑者の男三人を運ぶのに手間がかかるので、牧舎で牛と一緒に「もー」と鳴いていたエイプをとっつかまえて、こうして現在、冒険者ギルドでの先の一コマに至るわけである――
「お二方の巡幸を邪魔した罪! ここでその身をもって贖ってもらいます!」
女騎士メイはそう主張するのと同時、「くんくん」と、急に鼻を鳴らして、
「おやおや? これは限りなく香ばしい百合の匂い……まさか! そこにいらっしゃるのは……団長! それに聖女様!」
広間に放り投げたゲスデスを踏んづけて、「むふー」と団長スーシーに駆けつけた。
同様に、ミツキも「お姉様! ご無事でよかった」と声を上げた。もちろん、スーシーはこの街で育った孤児なので血の繋がった姉妹はいないし、受付嬢のパイ・トレランスのような義理の姉妹関係にも当たらない。結局のところ、神聖騎士団には
そんな二人はさておき、最も胸をなでおろしたのは副団長のイケオディだろうか。
さすがに目敏く、スーシーの連れの中に元A級冒険者のオーラ・コンナー水郷長がいることに気づいたものの、何はともあれスーシーたちが無事だったことをよろこんだ。
が。
再会をうれしがると思ったスーシーの顔色がどうにも悪い……
しかも、どういう訳か、「あちゃー」と額に片手をやって、いかにもどうしようかと思い悩んでいるといったふうだ。これにはイケオディも訝しんだ。
すると、そんなタイミングでどうにも冴えない低ランクらしきおっさんがゲスデスに手を差し伸べた。
「おい、大丈夫か? ゲスデス?」
もっとも、副団長のイケオディは眉をひそめた。
そのおっさんの立ち居振る舞いに隙がなかったせいだ。オーラ水郷長のような分かりやすい強者ではなく、どこか昼行灯のようにぼやけた何かが滲み出ていた。さすがに叩き上げだけあって、イケオディはそのおっさんの本質をきちんと捉えたのだ。
ただし、若い女騎士二人は別だった。眼前に進み出てきたおっさんからは加齢臭が滲み出ているとしか受け止められなかった。
「そこの……汚れたおっさん!」
「え? もしや、俺のことか?」
「こんなに白昼堂々と、冒険者ギルドに薄汚い上に頭部も薄い盗賊の仲間が紛れ込むとはなかなかに大胆ですね」
「い、いや、だから、それはやはり俺のことか?」
そのおっさんことリンム・ゼロガードは再三に渡って汚いだの、薄いだのと罵られたことにやや傷ついた面持ちになったものの、
「ここで討伐してやる!」
「ええ。汚物は浄化しなくてはいけません!」
そんなふうに女騎士メイとミツキに剣を抜かれたので、さすがに呆然とするしかなかったのだった。
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