帰郷編

第52話 おっさんは帰郷する

 今となっては懐かしい話だが、盗賊たちに襲われて『初心者の森』に分け入った王国の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトと法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル、たった二人きりだった聖女一行も――


 そこにリンム・ゼロガードが加わって、

 ダークエルフの錬成士チャルが手助けして、

 途中で立ち寄ったムラヤダ水郷ではオーラ・コンナー水郷長まで参入して――


 さらには二人を襲撃したはずの盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキー、ついでにDランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツやフン・ゴールデンフィッシュまで付いてきて、気がつけば、いつの間にかかなりの大所帯となって、王国の南の辺境ことイナカーンの街の入口までやって来ていた。


「ここがスーシーと……何より、おじ様が育った街なのね」


 聖女ティナは感慨深げに呟いた。


 とはいえ、何てことはない田舎街だ。ただ、寒村ではない。肥沃な穀倉地帯を抱えているので、むしろ人口はそれなりにいてよく栄えている。


 それに食料に困っていないので人々も陽気だし――穀物や農作物に満ちた緩やかな平地、深い木々を有する『初心者の森』、そして遠くには崖下に海も広がっていて、緑と青の煌めきが目にやさしく沁み入るほどに心地良い。


 街の建物は煉瓦造りで統一されていて、四階以上の大きな建物はない。定期的に朝市をやっている広場を中心にして環状に拡がっていて、若手冒険者が集まってくることも相まって、街は活気に満ちている。


 そのせいか、聖女ティナの目には、まだ痩せぎすで棒切れを振り回していた少女時代のスーシーと、そんな男勝りな彼女に手を焼きつつも剣技を教え込む、ありし日のリンムの姿が映ったような気がした。


 もっとも、そんなティナの感慨を遮るようにして、


「さて、私はさっさと街を回らせてもらうぞ」


 ダークエルフのチャルは足早に街の中へと入っていった。


 もちろん、認識阻害をかけて人族の若い女冒険者に見せかけている。ここには『初心者の森』目当てに新人が多くやって来るから誰も疑問には思わないだろう。


 本来は大妖精ラナンシーと共に帝国に関する情報収集をする予定だったが、ラナンシーはというと、これまで妖精たちが集めてきた話をまとめたいということで、自らの家である墓地に引きこもってしまった。


 そんなわけで、チャルは仕方なくハーフリングの商隊こと『放屁商会』に接触する為にやって来た。だから、リンムもそんなチャルに気を遣ってか、


「まあ、見かけたら、俺の方からも接触してみるよ」


 と、小さくなっていくチャルの背中に向けて声をかけた。チャルは片手を上げる仕草をして遠ざかっていく。


「それよりも、まずは冒険者ギルドに行かんとな」


 今度はオーラ水郷長がリンムの横合いから言った。


 そもそも、リンムは依頼クエストを受けたから聖女一行を護衛した。まずはその報告をすべきだし、何より途中で出会った魔族リィリック・フィフライアーの件を双子の兄であるギルド長のウーゴ・フィフライアーに伝えなくてはいけない……


義父とうさん、私も一緒に行くわ」


 すると、女騎士スーシーも声を上げた。


 ダークエルフのチャルの隠れ家を訪問する前に、『召喚の符』による鴉で部下たちにはイナカーンの街に滞在するように伝えておいた。冒険者ギルドを頼るように付け加えたから、部下たちもそこにいるはずだ。


 聖女ティナもリンムの腕にしな垂れかかって、「どこまでも一緒に行きますわ」とアピールしている。そんな様子に、スーシーは苦笑を浮かべるしかなかったが――


「悪いがよお。俺たちはどこかで休ませてもらうぜ」


 盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーは肩をすくめてみせた。


「オレなんて……もうくたくただよ」

「きちいっス。さすがに眠りたいっス」


 どうやら湖畔での一戦を傍観していただけでもう疲労困憊になっていたらしく、三人はとぼとぼと歩き始めた。


 ムラヤダ水郷に手下を残してきたゲスデスは心機一転、これからはそこで丁稚奉公をするらしい。『初心者の森』を抜けている最中に、オーラ水郷長とそんな話をまとめていた。どうやらダークエルフのチャルが始める商会で働くようだ。オーラにとってはまさに渡りに船だったことだろう。


 一方で、スグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュは冒険者を続けて、街の為に役立ちたいと言ってきた。一度死んで、合成獣キメラになって分解されて、さらに人の姿を取り戻してからこっち、まるで漂白されたかのように真っ当な人間になっている。


 だから、リンムも、オーラも、素直にこの三人を応援してあげることにした。


 もっとも、そんな三人といったん別れて、リンムたちを含めた聖女一行は冒険者ギルドの前にやって来た。


「何だか……すごく懐かしい気がするな」


 たしか、孤児院の少年プランクが『初心者の森』の湖畔までパナケアの花を採りに行ったのがきっかけだった。


 聖女ティナではないが、リンムもいかにも感慨深げといったふうに一つだけ息をついて、「さあ、入るか」と両開きの扉をくぐった。


 直後だ。


「お義父とうさ……あ、い、いえ。リンムさん。ご無事だったんですね。良かった」


 冒険者ギルドの受付嬢ことパイ・トレランスが涙声で呟いた。


 受付をやっているときには孤児院での親子関係を決して表に出さず、公私混同を見せないパイにしては珍しいことだ。それだけ動揺したのだろう。


 もっとも、この瞬間、聖女ティナの髪の毛がまるでアンテナのようにピンと立った。


 女の勘が告げたのだ――女騎士スーシーもリンムのことを義父さんと呼ぶが、そこには義理の親子関係以外に剣の子弟関係もあって、スーシーの想いはティナよりもよほど複雑だ。


 だから、ティナはスーシーを恋愛における敵とみなしていなかったのだが……この女性パイは違う。あまりに危険だ。しかも、あの胸。まさに武器ではないか。スーシーはつい視線を下に落とした。自らの持つ武器が大剣だとしたら……あちらは巨斧だった。


「くっ……こんなところに好敵手がいただなんて」


 そんな聖女ティナのどうでもいい呟きはともかくして――


 受付嬢パイはすぐに女騎士スーシーの存在にも気づいて、目を片手で拭ってから、


「お帰りなさい。スーシーちゃん。とても大きく、凛々しくなったのね」

「ただいま。パイ姉さん。お変わりなく、そちらも元気で良かった」


 もっとも、受付嬢パイのすぐそばではカウンターを挟んで二人の男が話し込んでいた。そのうちの一人がパイの呟きでもって、リンムたちの来訪にやっと気づいて、


「おや、リンムさんじゃないですか。よく戻ってきましたね」


 そう声を掛けてきた。冒険者ギルドのギルマスことウーゴだ。


 同時に、向かいにいた男性も振り返った。その立ち姿からリンムもすぐに「かなり出来るな」と実力を見抜いた。年齢はリンムとさして変わらないだろう。いかにも歴戦の叩き上げといったふうだ。


 オーラ水郷長がワイルドなちょいわるオジだとしたら、こちらは叩き上げながらも凛としたイケオジか。小奇麗な格好で、長い金髪も後ろで一つにまとめていて、その密度の高い毛髪からしてもリンムはどこか屈したような気分になった……


 が。


「ついに捕えました!」


 リンムがしょぼんとしていると、冒険者ギルドの扉がバタンと勢いよく開かれた。


「間違いありません! 彼奴らです! やっと見つけることが出来ましたよ、ウーゴ殿! イケオディ・マクスキャリバー団長代理・・・・!」


 どうやら声をかけられたイケオジは、イケオディという名らしい。


 対して、入ってきたのは三人――若い冒険者の格好をしているが、おそらく団長代理と声をかけたことから神聖騎士団の騎士たちなのだろう。若い女性が二人、男性が一人で、それぞれ縛り首にした罪人を引きずっていた。


 その罪人たちは散々に叩きのめされた後なのか、意識を失いかけつつも――


「あばばばばば」


 と、漏らしていた。


 そう。説明不要だろう。スグデス、フンに、ゲスデスたち三人だ。


 若い女性の一人はそのうちのゲスデスを冒険者ギルドのホールに投げつけると、きっぱり言い切ってみせた。


「我らを襲撃してきた盗賊団です。さあ、これから爪剥ぎ、目潰し、鼻削ぎ、水攻め、はあ、はあ……何なら皮も剥いて、拷問によって情報を吐かせてやりましょう! 決して許すことなど出来ません! スーシー様とティナ様のいちゃいちゃ百合旅行……げふんげふん、じゃなかったお二方の巡幸を邪魔した罪! ここでその身をもって贖ってもらいます!」


 その瞬間、リンムも、オーラ水郷長も、聖女ティナも、もちろん女騎士スーシーも、「あちゃー」と一斉に額に片手をやったのだった。



―――――



外伝の予定でしたが、どちらかという新章の導入になるかもしれません。しばらくはイナカーンでのスローライフみたいなストーリーになりますが、色々とネタを仕込んでいく予定です。


ところで、本日(23年2月28日)の夕方に重大発表があります。Twitterや近況ノートで公開しますので、どうかご確認くださいませ。

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