第49話 決着する

「これは我々、第六魔王国に対する明確な宣戦布告です。終了オーバー

「まあ、そうは言ってもさー。こんな世界の片隅の大陸に奈落をいっぱい作っても、大して問題ないんだけどねー」

「ええ。全くもってその通りです。この大陸ごと魔導具全てを消し飛ばせばいいだけですからね。それでは、今のうちに後腐れなくやっておきましょうか?」


 人造人間エメスがあくまでも淡々と物凄いことを言ってのけると、魔女モタも喜々として続いた。


「ちょい待ってよー、エメス。最近、開発した闇魔術があってさ。それを試したいんだよね」

「ほう? それはどんな闇魔術なのですか?」

「『ブラックホール』って言って、全て一気に飲み込んじゃうやつ」

「…………」

「時間も、空間も、世界の因果関係も何もかも、きれいさっぱりなくなるんだよー。こないだ、『地獄』の半分を消してみたらさあ、ベルちゃんにすげー怒られちゃったけど! でもでも! めげずに改良したんだあ。そんな顔しないでよー。今度は絶対、上手く行くってばー」

「……第二魔王ベルゼブブに怒られた程度でよく済みましたね」

「にしし。何とか証拠隠滅したからね」

「とりあえず、聞かなかったことにしましょうか――それでは早速、この大陸を消します。終了オーバー


 人造人間エメスはそう言って、いかにも臨戦態勢を取ろうとしたので、リンム・ゼロガードは慌てて二人のもとに駆け寄った。


「ちょっと待ってほしい!」


 当然のことながら、人造人間エメスも、魔女モタも、訝しげな視線をリンムにやった。


「何か用ですか? 人族よ」

「どしたのー? 危ないよ、ここにいたら」

「いやいやいやいや! だから、待ってほしい! 聞き間違えでなければ、この大陸を消すと言っていたようだが?」

「如何にも」

「だって、むこうがこうして挑発してきたわけだしー」

「挑発? いったいどういうことなんだ? 奈落が魔術でなく、魔導具だとなぜいけない? どうして宣戦布告と捉えるような事態になるんだ?」


 リンムがそう訴えると、人造人間エメスと魔女モタは目を合わせた。それから、エメスはいかにも面倒臭いといったふうに「はあ」とため息をついてから、


「なるほど。ここはド辺境でしたね」

「そかー。じゃあ、おじさん。もしかして……『転移』が禁じられていることを知らないのかな?」


 魔女モタが可愛らしげにきょとんと頭を横に傾げると、リンムも「禁じられているとは?」と、再度尋ねた。


「よくよく考えてみてよ。誰もがさあ、『転移』を使えたら、攻め放題、逃げ放題、やり放題で、世界がめちゃくちゃになっちゃうでしょー」

「まあ、たしかに……そうだな」

「だから、第六魔王うち国は世界中に転移はダメダメって発表したの」

「それは正確ではありません。当国が『転移』に関する全ての事項を管轄する布令を出したのです。終了オーバー


 なるほどと、リンムはやっと腑に落ちた。


 当然、第六魔王国がそれを独占して管轄することについての是非を問うてもよかったが、何にせよ人造人間エメスと魔女モタが湖上の魔導具に対して苛立った理由はよく分かった。


 もっとも、人造人間エメスも、魔女モタも、「説明は以上」と言わんばかりにそれぞれの武器を取り出した――


 エメスは凶悪な長柄武器ハルバートで、モタはいかにも怪しげな杖だ。どうやら本気でこの大陸を消し飛ばすつもりらしい……


 だから、リンムは片手剣を抜いて、二人の前に躍り出た。


「さすがにそれ以上はやらせない。この地には、魔導具作りとは関係ない者たちや、何より俺たちの帰りを待ってくれている人々がいるんだ。好き勝手に消されてたまるか」


 リンムがそう声を上げて、正眼に構えてみせると、


「ふむん。実力差が分からないとは……まるで愚者・・そのものですね。終了オーバー

「あのさあ。別に皆殺しにするつもりはないんだよー。『霊界』で魂を審問して、罪のない人には『蘇生リザレクション』をかけてあげた上で、この大陸も新たに創り直すわけだからさー」

「それこそ、余計なお世話だ」


 とはいえ、リンムの剣は無様に震えていた。


 こうしてはっきりと対面して分かったが、二人とも、化け物などという言葉では生温いほどの強者だ。


 これほどに強い者が世界にいたのかと、リンムですら打ちひしがれかけた。まるで神に挑もうとする虫けらの気分だ。


 そもそも、『霊界』で魂を審問とか、『蘇生』とか、大陸を創り直すとか、神でもなければ出来ないことをさらっと言ってのけた。


「…………」


 リンムはつい無言になってしまった。


 対峙しているだけで、二人の威圧感プレッシャーに飲み込まれそうだった。


 が。


 そのときだ――


義父とうさん……私も戦う!」

「おじ様に……どうか女神様の加護をお与えください!」


 遠くから女騎士スーシー・フォーサイトと聖女ティナ・セプタオラクルの声援が届いたのだ。


 それだけでリンムは背中を押された気がした。戦って死ぬことこそ誉れ――とは、本物の魔族の生き様だったが、何にしてもここで戦わなければリンムは絶対に後悔すると感じた。


「いくぞ! 人造人間に、魔女よ!」

「ほう?」

「ほへー。いいじゃん」


 もっとも、リンムが一歩踏み出す為の咆哮を上げようとしたときだ。


 ボコンっ、と。


 魔女モタの頭頂部をどつく者がいた。


「痛ああっ! て、今日二度目だよー。誰えええ?」

「いい加減にしろ、モタ。性懲りもなく、またやらかすところだったな?」


 モタの背後には、これまたいつの間にか、大妖精ラナンシーによく似た魔族が立っていた。


 ただし、美しい相貌のはずなのにどこかユニセックスなスタイルで、髪も短く切って、なぜか肌をよく露出したダメージスキニーとシャツを纏っている。そのせいか、妖しげな色気がむんむんと漂ってくる。


リリン・・・んんん!」

「こら。まとわりつくな、モタ! それに……エメス様も。武器をお収めください。我らが王のご命令です。王はこの地で起きた全てを観ておられます」

「おや、それは失礼しました。終了オーバー

「それと、ラナンシー」

「は、はい! お姉様!」


 リンムはついぽかんとした。


 まさに絶好のタイミングで不意を突かれた格好だったからだ。


 それに師匠のラナンシーがこれほど慌てふためく様を見るのも初めてだった。お姉様・・・と言っていたから、もしやこのリリンという女性も真祖直系の吸血鬼なのだろうか――


「お前をこの地に派遣したのは、ぐうたらと寝て過ごさせる為ではない」

「はい! 申し訳ありません!」

「忘れたのか? かつて巫女のドゥ殿が予言した内容を?」

「いえ。片時たりとも忘れたことはありません!」

「では、一言一句違えずに言ってみろ」

「…………」


 直後、大妖精ラナンシーの額から脂汗がたらたらと落ちていった。


 その場にいた誰もが「これは完全に忘れているな」とすぐさま理解した。おかげで、ラナンシーの姉は「はあ」とため息をついてから、再度、人造人間エメスに向いた。


「この地はかつて英雄ヘーロス殿が切り拓いた大陸です。我らが王はそんな冒険者・・・精神を高く評価しておられます。同様に、この地に息づく人々のことも――」

「ふむ。理解しました。それでは、代案として監視を強化することにいたしましょう。終了オーバー

「ちぇー。わたしだけ、ぶたれ損じゃん」

「そういえば……我らが王はモタが『地獄』でやらかしたことについて詳しく聞きたがっていたぞ」

「…………」


 刹那、魔女モタは一瞬で消え去った。


 転移ではない。すたこらさっさと森の中に逃げだしたのだ。見事な逃げ足だった。ラナンシーの姉ことリリンが「あっ」と言う間もなかったほどだ。


 当然、リリンはまた大きく息をついてから、


「ラナンシー、それにチャルよ」

「はい!」「はっ!」

「モタを見かけたら私に一報くれ」

「「承知しました!」」

「それと、そこにいる人族の冒険者よ」

「俺のこと……だろうか?」


 リンムは自らを親指でくいっと差して尋ねた。


「そうだ。君のことだ。先ほどはなかなかに良い気合いだった。モタはともかく、エメス様に立ち向かう人族など初めて見たぞ。さすがは英雄の――いや、今はまだよそうか。いずれまた会うこともあるかもしれない。私は第六魔王国で外交官を務めている、夢魔サキュバスのリリンだ。これ・・を渡しておくから、何かあったら頼りなさい。何より、モタを見かけたらすぐに連絡してほしい。どうせ良からぬことしかしないからな」


 夢魔のリリンはそう言って、リンムに掌ほどの水晶モノリスをぽいと寄越してきた。


 多分に魔女モタ捜索の手伝いをさせられる予感がひしひしとしたが……人造人間エメスと魔女モタを止めてくれた恩義があったので、リンムは素直に受け取ることにした。


 何にせよ、湖上の魔導具は人造人間エメスが回収して、二人はここに来たときと同様に転移で帰っていった。


 そのとたん、さながら大荒れの時化がやっと止んだかのように、『初心者の森』にはやっと静かな凪が戻ってきた。


「ふう……さすがに疲れたな」


 リンムは実感のこもった息を「はああ」と吐き出した。


 大妖精ラナンシーとダークエルフのチャルはへとへとになって、どさりとその場に崩れた。


 どうやら二人とも、リンムたちのあずかり知らないところでそれなりの仕事を任されて、この地にやって来ていたようだ。


 それが長い平穏の中で脇に置かれてしまったのか、はたまた敵を低く評価しすぎたのか――いずれにせよ、今回の件でサボっていたことがついに本土・・とやらにバレた。


 そんなわけで二人して背中を突っつき合わせながら何事か相談していたようだが、チャルが認識阻害で声音を掻き消しているのか、リンムにはよく聞こえなかった。


 草むらに視線をやると、オーラ・コンナー水郷長が女騎士スーシーと同様に大の字で寝転んでいた。


 この大陸で屈指の元A級冒険者とはいっても、今回は分が悪すぎた。


 魔王アスモデウスよりも遥かに格上の魔族がいる――その事実だけでも引退した身には相当に堪えて、勉強にもなったはずだ。


「ちくしょう。こうなったら……鍛え直してやるぜ」


 大の字になりながらも、オーラ水郷長は宙に向けて拳を突き上げたのだった。


 すると、襤褸々々ボロボロになった聖盾を松葉杖代わりにして、女騎士スーシーがリンムのもとへと懸命に近づいてきた。


「義父さん……私はまだまだですね」

「そうでもないさ。さっきの二人……いや、三人が可笑しすぎるだけだ」

「しかしながら、このままでは私は神聖騎士失格です。誰も守れやしない」

「つまり、目指すつもりなのか? 先ほどの頂きに?」

「はい。そもそも、私は『王国の盾』なのですから。本来ならば、あの二人の前に進み出るのは私の役割でした」

「そうか」


 リンムはそれだけ呟いて小さく笑った。


 もうこのは孤児院で棒切れを振り回していた少女ではないんだなと強く感じたからだ。


 子供はいつだって勝手に育って、そしてどこかに旅立っていくものだ。だから、リンムは「ふう」と息を吐き出すと、


「俺も共に強くなろう。これからは好敵手ライバルだ。修業や稽古でも容赦はしないぞ?」

「はい!」


 もっとも、その直後だ――


「さすがですわ、おじ様」


 という声がリンムのもとに届いた。


 ちらりと視線をやると、湖畔の奥で巨狼フェンリルのもふもふのお腹に横たわっていた聖女ティナが、いかにも起こしてくださいと言わんばかりに、リンムに向けて両手を伸ばしてくる。


「ほらよ」


 だから、リンムが引っ張ってあげると、ティナは甘えてリンムの胸に飛び込んできた。


 ただ、その表情には――甘さなど、欠片もなかった。何かを覚悟したような険しさだけがあった。


「私はこれから第七聖女としての務めを果たします」

「つまり、奈落――いや先ほどの魔導具を探す旅に出るのかね?」

「それもありますが……王国と法国に今回の件を報告して、帝国と戦います。ですから、そのときにはおじ様も必ず――」


 そこで言葉を切ると、ティナはリンムの頬に口づけをした。


「――――」


 リンムは驚きのあまり、その後にティナが何を囁いたのか、よく聞き取れなかった。


 だが、ティナがあまりに可憐な笑みを浮かべてみせたものだから、リンムはつい釣られて微笑を返してしまった。


 それがリンムの運命を――いや、延いてはこの大陸の定めを決めてしまった。


「ありがとうございます、おじ様――いえ、リンム・ゼロガードよ。そのやさしい笑みをもって、わたくし、第七聖女ティナ・セプタオラクルは貴方を守護騎士・・・・として選任いたします」

「…………は?」


 リンムの惑いとは裏腹に――


 その瞬間、リンムはFランク冒険者から聖女の選任騎士へと大出世した。


 もちろん、リンムはぽかんとした顔つきのままだったわけだが……何にせよ、このとき、聖女誘拐から端を発した事件は終わりを告げたのだ。


 とはいえ、ここから大陸は風雲急を告げる事態へと突入していく……



―――――



2月10日(金)の更新はお休みになります。

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