第48話 人造人間と魔女は指摘する

「第六魔王国の筆頭顧問、人造人間フランケンシュタインのエメス様だ。魔王アスモデウスなどの比ではない。正真正銘、本物の魔族だ。いいか、覚悟を決めろ。そして、決して死ぬなよ」


 と、大妖精ラナンシーさえ、わずかに緊張したのか、下唇の渇きを舐めてごまかした。


 そんな機微をリンム・ゼロガードは見逃さなかった。というか、呼び出したのは本当に味方なんだよなと、ダークエルフの錬成士チャルにちらりと視線をやったほどだ。


 そもそも、出会っただけで殺しにくるような者をなぜ呼ぶのか? 幾ら奈落の専門家とはいえ、もうちょっと穏当な人材はいないのか? とも、リンムの脳裏に疑問がよぎったわけだが、その間にも湖畔に置かれた水晶モノリスから放たれた魔方陣が煌めき始めて――


 パっ、と。


 七つの魔方陣が合わさり、うっすらと人の姿が投影されて、転移してきたのは、


「にしし。来てしまったぜい」


 小柄で可愛らしい女性だった。


 人造人間には見えなかった。そもそも魔族でもない。明らかに獣人――ハーフリングだ。


 もっとも、その直後だ。ダークエルフのチャルが「ぶぐはっ」と盛大に唾を吐き出して、それがそばにいたリンムにもろにかかった。


「お、お、お……お師匠様!」

「おんやー。そこにいるのはチャルじゃん。ひっさしぶりぶりー!」

「ていうか、なぜお師匠様が来られるんですか? たしか、エメス様をお呼びしたはずでは?」

「ういうい。てか、何かさあ……エメスが転送陣によく知らない座標を設定していたから、ちょうど暇していたとこだしー、えいやっ、て感じで先に陣の中に飛び込んだってわけさー」

「…………」

「大丈夫。エメスもすぐ来るはずだよー。てか、そっちにいるのはラナンシーじゃん。おひさー」


 リンムは顔にかかった唾を袖で拭きながら、小柄な女性に注目した。


 チャルが師匠と呼んだということは、あの女性が――魔女のモタということなのだろう。


 呼び出したらこの大陸の人族や亜人族全員のおけつが破壊されるという要注意人物だと聞かされていたが……まあ、たしかに容姿も、言動も、どこか自由奔放で子供っぽく見える。


 チャルの師匠というから長寿のハーフリングでも老婆のイメージを抱いていたわけだが、その実物はというとかなり若い。女騎士スーシー・フォーサイトや聖女ティナ・セプタオラクルよりも幼い感じだ。


 ハーフリングが幾ら長寿とはいっても、せいぜい人族の倍ほどで、さらに長寿のダークエルフのチャルの師匠なのだから、優に三、四百歳は超えていていいはずだ。


 それなのに見た目はまだ十代にしか見えないのは、はてさてどういうことだろうか?


 と、リンムが疑惑の眼差しを隠せずにいると、チャルが口もとに手をやってリンムに補足してくれた。


「最新の研究では、体内に内包する魔力量と若さの関連性が指摘されている。実際に、人族でも魔力量が突出している者は、お師匠様のさらに師父たるジージ様みたいにご長寿だった。さらに、あのお師匠様は生活魔術の『アンチエイジング』も開発している」

「アンチエイジング?」

「そうだ。体内に魔核を形成して、魔族のように不死性を得ようとするものだ」

「そ、そんなことが出来るのか……いや、というか、出来ているんだろうな。そうでなければ、説明がつかないものな」


 リンムが驚いてみせると、チャルは「はあ」とため息をついた。


「お師匠様は歴史に名を幾つも残すほどの業績を上げている。天災・・などという言葉では物足りないほどだよ」

「ちょっと待ってくれ。今、天才のニュアンスが少し違ったように聞こえたぞ」

「まあ、すぐに分かる」


 そのときは是非とも一緒になって止めてくれといった視線を投げかけられて、リンムも無言になるしかなかった。


 そんな小柄で愛嬌のある女性こと魔女のモタは「くんくん」と鼻を鳴らすと、


「おんやー。不思議な匂いがするぞー」


 と呟いて、地に膝を突いているオーラ・コンナー水郷長を目敏く見つけた。


「あれれー? これはもしや……アジーン臭?」

「せめて獣臭と言ってくれ。てか、曽祖伯父そうそはくふの知り合いか?」

「ほへー。やっぱ、アジーンの子孫じゃん! にしし。これはこれは面白いの見つけちったー」


 そんなふうに魔女モタが不敵に笑みを浮かべると、その頭頂部を手刀で小突く者がいた。


「痛っ! 誰よー?」

「また率先して何かやらかそうとしているのですか? 終了オーバー


 魔女モタの背後には、いつの間にか、背の高い女性が立っていた。


 その痩せた身には白衣ラボコートを纏っていて、長い灰色の美しい髪が煌めいている。片眼鏡モノクルをかけて、いかにも研究者らしい神経質そうな顔つきで、その額には継ぎぎがあって、こめかみにも太い釘が刺さっている。


 腕や足の関節が球形になっているので、おそらく三百六十度可動するのだろう。まるで球体関節人形みたいな体だ。そうか。これが人造人間か――と、リンムはすぐに気づいた。


 もっとも、リンムはちらりと視線をやっただけで、すぐに目を逸らした。


 人造人間エメスが無意識のうちに放っている魔力マナがあまりに禍々しくて、直視に耐えられなかったせいだ。


 なるほど。大妖精ラナンシーが注意を促すわけだ。ラナンシーや魔王アスモデウスの比ではない。リンムですら対面しようとさえ思わない。これこそが圧倒的な強者――正真正銘、戦いに誉れを求める本物の魔族。


「ところで、ラナンシー?」

「はい、何でしょうか。エメス様?」

「先ほど話していた奈落とは、あの湖面上に浮いている黒い物体のことでしょうか?」

「その通りです。見つけたはいいものの……扱いに困っていまして」

「モタ?」

「ほいほいー」

「あれをどう思いますか?」

「うーん。あれって……本当に奈落? てか、正確には魔導具・・・じゃね?」

「やはりそう見立てますか。小生と同意見です。終了オーバー


 そんなやり取りをしている最中、リンムはつい疑問を口に出した。


「魔導具だと……何か違うのだろうか?」


 チャルも、ラナンシーも、あの二人が話し合っているところによくもまあ口を挟めたものだなと、心底驚いた顔つきをしていたわけだが――


 魔女モタは指をパチンっと鳴らしてみせると、


「良い疑問だよー。んとねー。魔導具だと、ちょいとばかし困ることになるんだよね」

「ほう。それはどうしてなんだ?」


 リンムが相変わらず気遅れせずに尋ねると、魔女モタはちらりと人造人間エメスに視線をやった。今度はそのエメスが「くふふ」と苦笑を浮かべてみせる。


道具・・ということは――最悪の場合、大量生産が可能だということです」

「そゆことー。ぶっちゃけて言えば、魔術による転移は特注オーダーメイドでオンリーワン。でも、こういう魔導具が存在するってことは、転移が出来合いレディメイドのものになる。何にしても下手すると、この大陸に奈落が無数に出現する可能性があるってことさ。これってさあ、ねえ……エメス?」

「そうですね。久々に面白いことになってきましたよ」


 そこまで言って、人造人間エメスはその表情から笑みを消して淡々と告げた。


「これは我々、第六魔王国に対する明確な宣戦布告です。終了オーバー



―――――



もちろん、拙作は『魔王スローライフを満喫する』ではありませんので、この問題はリンムたちで片付ける流れになります。あと二話だけやって、第一部は終了です。


それと間に合えば、近況限定ノートで「血反吐のバレンタイン」を掲載したいところです。ちなみに、『トマト畑』も、『おっさん』も、特別SSは同じタイトルなのですが、当然のことながら全く違う内容になる予定です。

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