第45話 救国

 リンム・ゼロガードの煽りともとれる発言に対して、


「よくもまあ――」

「ぬけぬけと調子のいいことを言ってくれるものですね」

「殺せえええ! 塵芥も残さぬほど、こいつをぶっ潰せえええええ!」


 と、人、羊や牛はそれぞれ言い放って、火魔術『炎獄インフェルノ』の呪詞を同時に謡った。


 それは火系の地形効果『溶岩マグマ』をもたらす特級の魔術で、いかにもこの森など最早どうでもいいといったふうに、リンム・ゼロガードの足止めを狙ったものだった。


 だが、その呪詞はすぐに水系の魔術によって相殺された――


き尽くす炎獄からこの地を守れ――『絶対零度アブソリュートゼロ』!」


 ダークエルフの錬成士チャルが唱えたのだ。


 それは水系の地形効果『永久凍土』を付与するものではあったが、呪詞同士が宙でぶつかり合って、『溶岩』を打ち消す形で戦場に大量の霧を発生させた。


 もっとも、これはかえって魔王アスモデウスにとって都合がよかったらしく、自身に認識阻害をかけていったんリンムたちから距離を取ろうとした。


「やらせるかよ!」


 そこにオーラ・コンナー水郷長が跳び出て、爪で攻撃を仕掛けてきた。


 獣人の鋭い嗅覚が合成獣の血にまみれた魔杖ことアスモデウスを逃さなかったのだ。


「ちい!」

「おや、死に体ではなかったのですか?」

「うぜえええええ! こいつも殺せやあああああ!」

「さすがにいつまでもやられっぱなしってのは癪だからな!」


 オーラ水郷長は魔王アスモデウスを逃がすまいと爪による連撃を繰り出した。


 これには魔王アスモデウスもたじたじとなった。というのも、本来得意としているのは魔術とスキル『色欲』による眷族の使役であって、これまで物理で迫られることがほとんどなかったからだ。


 それに肝心のリンムがこの霧の中でどこにいるのか――魔王アスモデウスはその点に注視していたので、オーラ水郷長の攻撃に対して無防備になっていた。


「おらおらおらおらあああ!」

「獣人の分際でうざったらしい」

「ならば、こちらも獣たちを呼び出しますかね」

「燃やせやあああ! 凍らせやあああ! 切り刻めやあああ! ぼこれやあああ!」


 魔王アスモデウスは魔術によって物理障壁を幾つも展開して、オーラ水郷長の攻撃をさばいていたわけだが……


 その一方で、リンムが奈落を壊した後、霧が大量発生しているのをいいことに、こっそりとオーラ水郷長や女騎士スーシー・フォーサイトにリンム特製の回復ポーションを与えていたなど、魔王アスモデウスは想像すら出来なかったことだろう――


「じゃあ、次は魔王を斬るとするか。海に比すれば、さして難しくもなさそうだな」


 などと、リンムにしては大言壮語して煽ったのは、いわゆるブラフに過ぎなかったわけだ。


 そもそも、リンムは自身のことを弱者だと思い込んでいる。比較対象が師匠の大妖精ラナンシーな時点で判断基準そのものが可笑しいのだが……何にしても、リンムは一人きりでは魔王と戦えないと踏んだ。


 だから、オーラ水郷長と女騎士スーシーの回復を最優先させたわけだ。こうしてオーラ水郷長は魔王アスモデウスを牽制出来るほどには回復して、また女騎士スーシーも――


「おい。貴様ら、本気でいくぞ」

「仕方ありません。全ての魔力を使う覚悟をしましょうか」

「じゃあ、いくぜえええ! 獣ちゃんペットたち、出ておいでえええええ!」

「女神クリーンよ。今、一度ひとたび、私に騎士として闘う勇気と、何より神聖なる加護を与えてください! ――『聖盾強化』! そして、『挑発』!」


 魔王アスモデウスが合成獣を呼び出したタイミングで『挑発』を仕掛けて、注意を一時的に向けさせたのだ。


 もちろん、合成獣たちは魔王アスモデウスを守るでもなく、オーラ水郷長を襲うでもなく、女騎士スーシーのもとに殺到した。


 それでも、幾ら『聖盾強化』を施したとして、襤褸々々ボロボロになった盾ではさほど耐えられるようには見えなかったが、


「聖なる雨水より突き出なさい! ――『聖なる槍ホーリースピア』!」


 刹那、聖女ティナ・セプタオラクルが祝詞を謡った。


 同時に、女騎士スーシーの周囲から聖槍が突出した。次々と合成獣たちが貫かれて、魔核にダメージを受けたものは消え、そうでないものはその場で串刺しになって他の獣たちの侵攻の邪魔となった。


 魔族サラと戦っていたときの初手で『聖なる雨ホーリーレイン』を降らしていたので、この場一帯に光属性が付与された水溜りが出来ていたのだ。それを聖女ティナは活用した。


「そんな馬鹿な……」

「人族は本当に……無駄に頭が回りますね」

「ちくしょおおおおお! 俺様の獣ちゃんペットたちがあああああ!」


 魔王アスモデウスは宙に浮かびつつも器用に地団太を踏んだ。


 その様子を見て、ダークエルフのチャルは「そろそろ頃合いだな」と呟いて、風魔術の呪詞を唱えた。


「もう霧はいらない。この空気を一気に掻き乱せ――『突風エアリアル』!」


 直後、霧が晴れていくと、


「リンム・ゼロガードはどこだ?」

「それよりも早く認識阻害をかけるべきです」

「逃げるってのかよおおお! 嫌だぜ。おっさん含めて皆殺しだろおおお!」


 そんな魔王アスモデウスのそばで落ち着いた声が上がった。


「俺を探しているのならば――ここだが?」


 牛、羊と人の頭が揃って背後に振り向いたときだ。


 リンムは剣を横薙ぎして一閃すると、魔杖の三頭を杖柄から切り離した。


 一方で、竜の尾で出来ているはずの杖柄には無数の閃が入って、塵芥となって散じていった。宙に浮いているのは三頭の頭だけだ。


「つまり、魔核とやらはこの頭のどれかにあるということだな?」

「待て、リンムよ!」

「私たちは共存できるはずです!」

「ぶもおおお! ふざけんなあああああ!」

「共存? ふざけているのは、むしろお前たちの方だろう? 『初心者の森』の湖畔をこんなにも血で汚しやがってからに」


 リンムはそこまで言うと、三頭に一閃、二閃、三閃――


 次いで無数の線が閃いたときには、魔核が斬られたことで魔杖は消失しかけていた。


「ここまでか……」

「いやはや、焼きが回ったものです」

「嫌だあああ! 死にたくないいいいい!」

いにしえの時代だったか? もう十分に長く生きたのだろう? これ以上生きてもろくなことをしないんじゃないか?」


 リンムはそう言って、「ふう」と息をつくと、最期に一閃――


 こうして三頭の魔杖ことアスモデウスは完全に潰えていった。Fランク冒険者によって魔王は討伐されたのだ。


 もちろん、王国の民たちがこの事件の顛末など知ることはなかったが……何にせよ聖女ティナ誘拐を端に発した、王国の危機は回避されたのだった。

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