第38話 同族嫌悪

 オーラ・コンナー水郷長と猟兵団長シイト・テンイーガーは向き合っていた。


 さすがに熟練の冒険者と軍人だけあって、二人だけの世界が出来上がっているようだ。わずかでも先に動いた方がやられる――


 そんな状況を見てとったのか、猟兵団の配下たちは次々と森から出て、オーラの隙を突こうとした。これにはオーラも、「マズいな……」と呟くしかなかった。


 その直後だ。


 オーラの眼前で二つの弧を描くようにして、シイトの双剣が抜き放たれた。


「くそ!」


 オーラ水郷長はバックステップで避けた。


 同時に、がら空きとなった猟兵団長シイトの胸もとに向けて拳武器の爪で突こうとするも――


「――――っ!」


 すぐさまバックステップを重ねて、猟兵団長シイトから大きく距離を取った。


 鋭い風鳴りが聞こえてきたからだ。実際に、オーラ水郷長がいた地面には矢が二本刺さった。


 それらは森の木陰から放たれたものだった。続けて、後退あとずさったオーラを追うかのようにして、三の矢、四の矢が迫ってくる。


 もっとも、オーラは矢が向かってくる方角を見ていなかった。獣人特有の耳の良さだけを頼りにしていた。そもそも、その矢とは別の方向から数人――猟兵団員がそれぞれ武器を持って攻めてきていたのだ。


 しかも、ご丁寧に短剣、大剣、長槍に巨斧と、全員がバラバラの武器を手にしている。オーラに間合いを測らせない為だ。


「仕方ない。一日に幾度も召喚したくはなかったが……来い! 狂犬!」


 オーラ水郷長は片手を掲げて、天に向けて吠えた。さらに加えて――


「ここに顕現せよ! 巨狼フェンリル!」


 次の瞬間、オーラの二、三人分の体躯はある巨大な狼が現れた。


 その巨狼はすぐさまオーラの背中を守るように立つと、周囲に『闇息ダークブレス』を撒き散らした。状態異常の眩暈効果が付与されたものだ。


「うわあああ!」


 オーラに迫ってきていた猟兵団員たちはそんな『闇息』をもろに受けたわけだが――


 意外なことに、さして異常にかかることもなく、巨狼に目標を変えて攻撃を再開した。よくよく見れば、全員が状態異常耐性アクセサリーを幾つも装備していた。


「馬鹿な!」


 さすがにオーラ水郷長は驚愕するも、


「ふん。よそ見とは余裕だな?」


 刹那。双剣が眼前に突き出てきたので、オーラは爪で何とか弾いた。


「驚くほどのことはなかろう? 貴様の狂犬については冒険者崩れのドウセ・カテナイネンと戦っているときに見させてもらった」

「……それがどうした?」

野獣使いビーストテイマーの扱う野獣には、結局のところ、三つの役割しかない。使い手本人に代わって攻撃役アタッカーとなるか、盾役タンクとなるか、もしくは補助役サポートとなるかだ」

「つまり、補助役だと看破したってわけか」

「そもそも、状態異常をばら撒く野獣を扱っている時点で、貴様は対複数戦を得意としていると分かった」

「ふん。それにしても……野獣使いなんていう珍しい職業のこと、よくもまあ詳しく知っているものだな」

「当然だ。我々は帝国の暗部こと猟兵団。情報こそが命だ。貴様は己の強さに驕って、我々に情報を与えすぎてしまったのだよ」


 そのときだ――


 また風鳴りがして、数本の矢がオーラ水郷長に向けて飛んできた。


「……ん?」


 だが、オーラ水郷長は眉をひそめた。


 猟兵団長シイトから目を離さずに、耳だけで矢をかわしていくも――


「――うっ!」


 そのうちの一本がオーラ水郷長の右肩に刺さった。


 これまたご丁寧に鏃に毒まで塗ってあるようだ。どうやら神経毒らしく、嗅覚がしだいに曖昧になってくる。


 直後、その隙を突いて、猟兵団長シイトが双剣を振るってきた。オーラはぎりぎりで何とかかわすことが出来たものの、再度、風鳴りがしたので矢を警戒していたら、別の方向から飛来した何か・・に左肩を抉られた……


「ちい!」


 それは双頭の鷹だった。


「そういうことか。貴様も――野獣使いだったか!」


 道理で詳しいわけだと、オーラ水郷長も苦笑するしかなかった。


 こうなると、オーラと巨狼は防戦一方となった。嗅覚が潰されて、聴覚も惑わされて、さらに状態異常の対策万全な猟兵団員たちが次から次へとオーラを襲って、しかも乾坤一擲――


 猟兵団長シイトが一撃必殺の双剣を振るってくる。


 気がつけば、オーラは満身創痍で立っているのもやっとといった有り様だった。


 血に塗れてしまった視界で確認するも……女騎士スーシーや聖女ティナは何とかもっているようだが、やはりまだリンム・ゼロガードは湖から上がっていないようだ。


「せめて……リンムだけは……何とかしてやらんと」


 オーラ水郷長はそう呟いて、一歩踏み出すも――


 その場にどさりと片膝を突いた。全身に神経毒が回り切って、もう動けなくなっていたのだ。


 いつもは相手に状態異常を与える側だというのに、最期はこうして十八番おはこでやられるのかと、オーラは今日二度目の苦笑を浮かべるしかなかった。


 オーラの周りはすでに猟兵団員が囲っていた。完全に仕留めるつもりのようだ。


 巨狼も「くうーん」と子犬みたいな鳴き声を上げて横たわっている。オーラが撫でてやると、死を覚悟したように甘えてきた。


 もっとも、敵は待ってくれなかった。じわり、じわりと、猟兵団長シイトが双剣を構えてやって来たのだ。まさに万事休すだ。


「何か遺しておきたい言葉はあるか?」

「……はあ。ほとほと嫌になってくる。まさに同族嫌悪ってやつだよ」

「ふふ。まあ、同業の野獣使いにやられたわけだ。私の方が元Aランク冒険者よりも一段上だっただけさ。せめてもの交誼よしみだ。楽に殺してやる」


 刹那、猟兵団長シイトの双剣はオーラ水郷長の頭を飛ばした。


 次いで、巨狼も殺めてから、シイトは「ふん」と鼻で小さく息をして、魔族サラのいる湖畔の奥へと足を向けた。


 が。


 その直後だ。


「……な、何だと?」


 猟兵団長シイトの胸は、拳武器の爪で貫かれていたのだ。


「き、貴様……どうやって?」

「言っただろう。同族嫌悪だって。本当に嫌になってくるぜ――ギリギリまで様子見しやがった」


 猟兵団長シイトが振り向くと、周囲にいたはずの配下たちが全員、地に崩れていた。


 いや、違う。流れている血の様子から見るに、とうにやれていたのだ。事実、子飼いの双頭の鷹も魔術によって『束縛』を受けていた――全ては認識阻害だったのだ。


 いわば、シイトはオーラ水郷長が虫の息になったと、誤認させられてしまっていた。


 もっとも、オーラも相当に手傷を負っていることから察するに、たしかにギリギリまで追い込んではいたのだろう。


 そんな満身創痍のオーラは当然のことながら、認識阻害を使った相手に不満をぶつけた――


「もっと早く手助けしてくれてもよかっただろうに」

「何を言う。敵を騙すにはまず味方からというではないか。それに私はもともと中立だ。聖女誘拐にも、奈落開放にも、別段興味を持っていない」

「じゃあ、何で助けてくれたんだよ?」

「お前に死なれては地下二階、地上三階、湖畔そばで温泉付き、さらには全ての免税特権に加えて、護衛と使用人までいる出店計画が潰れてしまうからな」

「……おいおい、以前よりやけに条件増えてねえか?」

「せいぜい、助けてやった恩をきちんと返してくれたまえよ。オーラ水郷長殿」

「だから長寿の亜人族は嫌いなんだよ」


 そう。間一髪で助けに入ったのは、実は妖精たちに一緒に飛ばされていた、ダークエルフの錬成士チャルだったのだ。

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