第37話 早速、出番がなくなる

一日お休みをしている間に、第36話をちょっとばかし改稿しました。もしよろしければ、再度お読みいただけると助かります(ストーリーそのものに変更はありません)。



―――――



「スーシー!」


 聖女ティナは声を張り上げた。


 その呼びかけに女騎士スーシーが気づいてティナを助けようとするも、魔女サラは「ちい」という舌打ちと同時に掌を向けてきた。


 魔術か。スーシーはすぐに察して、ティナをかっさらって距離を取った。


 そんな二人の眼前に――ブロックノイズのようなモノが現れて、すぐに立ち消えていった。


 スーシーはわずかに首を傾げた。おそらく精神作用系の魔術をかけようとしたのだろう。もしかしたら、スーシーとティナを操ろうとしたのかもしれない。だが、明らかにスーシーたちを見失かったかのように呪詛はどこかに散じていった……


 誰かが間一髪で助けてくれたようだ……


 何にしても、魔女サラは「しゃらくさい!」と罵って、やっとスーシーたちを目で捉えた。


 宙にいる妖精たちが手助けしてくれたのかなと、スーシーは思いついたが、


「おおー!」

「すごいすごい」

「おもしろいねー。どっちが勝つかなー?」

「リンムどこー? 誰か知らない? あのおっさん、もしかしてここにいないー?」


 などと喚いていたので、転送してくれた以外は干渉していない可能性が高いと考え直した。


 では、果たして誰が? ――とにもかくにも、女騎士スーシーは聖女ティナの手足の拘束を解いて、「このチョーカーも」と言われたので切ってやった。そのティナを背中に回して魔族サラと対峙する。


「貴女が魔族サラ……いや魔王アスモデウスですね」

「ふふ。真名までご存知でしたか。そういう貴女は王国の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトとお見受けしますが?」

「その通りです。貴女は今、聖女誘拐と奈落開放の大罪に問われています。大人しく捕縛されて、王国及び法国の審問を受けるつもりはありますか?」

「冗談にしても面白くない話ですね」

「ならば、ここで討伐します」

「勇者でもないのに魔王討伐とは、それこそ片腹痛い」


 こうして湖畔の奥では女騎士スーシーと聖女ティナが魔族サラと対峙したわけだが……そんなスーシーはというと、わりと冷静に周囲をちらちらと観察した――


 野獣の体や贓物がそこかしこに散じた血のプールに盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーはいたが、いまだに「あばばば」と錯乱している。そんなゲスデスに向けて、


 ドスン、ドスン、と。


 熊の半身に人の顔が二つ付いた奇妙な化け物が近づいていた。魔獣だ。


 もっとも、今のスーシーたちにゲスデスを助けてやる義理も余裕も全くなかった。そんなことが出来るとしたらリンム・ゼロガードぐらいしかいないのだが……


義父とうさんはどこ?」

「ねえ、スーシー……おじ様は?」


 二人の疑問が重なるも、まさか湖の真ん中で、ぶく、ぶく、と泡立っている箇所でリンムが溺れているとは、このとき二人共に想像だにしていなかった。


 一方で、リンムの位置を正確に把握している者が一人いた――


 オーラ・コンナー水郷長だ。さすがに犬人コボルトらしく、くん、くん、と鼻を利かせて湖畔全体にいる人々の位置取りは確認出来たわけだが、何にせよオーラ水郷長は今……頭を抱えていた。


 悩んでいたわけではない。単純に痛かったのだ。


 そもそも、妖精たちによって転送させられたのがあまりにも突然だったので、猟兵団長シイト・テンイーガーの直上に出たとき、全くもってかわしきれなかった。


 もちろん、それは猟兵団長シイトも同じで、幾ら気配を探るのが得意でも真上に現れた大男を避けられるわけもなく――


 まさに、ゴツン、と。


 互いに物理的な大打撃を受けたこともあって、


「くっそ、痛てえ……」

「いつつつ……」


 と、わりと仲良くその場にうずくまってしまった。


 もっとも、オーラ水郷長はさすがに元Aランク冒険者らしく、すぐに鼻を利かせて戦況を確認していた。


 女騎士スーシーが聖女ティナを奪い返したのは最上の判断だった。これで最悪、ティナを人質にされることもなければ、奈落を開けられて仲間を呼ばれる危険性もなくなった。


 神聖騎士は王国を守る――その言葉通りならば、しばらくの間は聖女ティナをかばってくれるだろう。


 だが、この戦場で最もとなりうる男の存否は気がかりだった。


 湖の真ん中に落ちたのまでは追えたが、さすがに水中に入られては鼻も利かない。それにリンムの呼吸によって出来たと思われる泡がしだいに減ってきている。


 正直なところ、リンムが金槌カナヅチかどうかはオーラ水郷長でも知らなかった。


 趣味でたまに川釣りをすると聞いたことがあったから、全く泳げないことはないと思いたかったが、何しろ王国民は海に出ないので泳ぎの習慣がない。もちろん、オーラ自身は水郷で育ったので犬かきが得意なのだが……


「リンムのやつ……本当に大丈夫だろうな」


 オーラ水郷長はそう呟いた。


 本当ならばすぐにでも助けに行ってやりたかった。


 だが、状況は予断を許さない。何しろ、眼前には手強そうな猟兵団長シイトがいる。


 さらには森の中にはその配下と思しき猟兵団の団員たちが十人ほど、こちらの様子をうかがって、木陰に潜んで待機している。


 おそらく猟兵団長シイトの指示で的確に動いて、オーラ水郷長を攻撃するなり、魔族サラに加勢するなり、どのようにでも動いてくるはずだ。


 そういう意味では、湖に一番近いところにいるゲスデスが動ければいいのだが……


「あばばば」


 あれじゃあ話にならないと、オーラ水郷長も項垂れるしかなかった。


 しかも、そのすぐそばに合成獣らしき魔獣も迫っているので、とりあえずゲスデスは見捨てようと速攻で決めた。


 すると、そのタイミングで猟兵団長シイトがオーラ水郷長に向いた。


「元Aランク冒険者のオーラ・コンナーだな?」

「そっちは帝国の犬か?」

「相手にとって不足はなし。ここで双剣の錆にしてくれよう」

「いいぜ。どうやら時間もなさそうだ。さっさとかかってきな」


 こうして肝心のリンムの出番は全くなく、湖畔では二つの戦闘がまさに行われようとしていたのだった。

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