第33話 妖精たちに会う
リンム・ゼロガードたち一行はムラヤダ水郷に来たときと同様に、いったん高台に上がって、岩山の前まで戻ってきた。認識阻害で鉄扉が隠されている場所だ。
遠くに視線をやると、盗賊ゲスデス・キンカスキーの仲間たちが花畑で「わーい、もふもふだあ」とか何とか喚きながら、一匹の子犬を「待てー」と求めていた。
しかも、盗賊たちを取り押さえるべき自警団まで一緒になって追いかけっこをしている始末だ。
さらには、もふもふを直接肌で感じたいのか、男ども全員がよりにもよって半裸だ……
「…………」
リンムたちはつい顔を背けた。
ゲスデスとオーラ・コンナー水郷長は共に「はあ」とため息をついて、額に片手をやっている。
そんな一種の地獄絵図はともかく……
ダークエルフの錬成士チャルは認識阻害を解いて、さっさと鉄扉の中に入った。
オーラ水郷長やゲスデスも共にいるので目隠しでもするのかなと、リンムも当初は思っていたが、チャルはというと別段気にする素振りさえ見せない。
「扉の存在が分かっているからといって、開けられなければ意味がなかろう。この扉の開閉にはもともと、私の生体認証を必要にしてある」
リンムにとってはその生体認証とやらが何なのかよく分からなかったが……いずれにせよ高度な魔術が使われているといった程度に理解することにした。
もっとも、リンムはすぐに階段を下りて、「え?」と驚くことになった。
すぐ眼前に、手すり付きの鉄板が浮いていたからだ。まるでおとぎ話に出てくる魔法の絨毯のようだった。
「急いで『妖精の森』に着きたいのだろう? だったら、これに乗れ」
「ムラヤダ水郷に行くときには、こんなものを使わなかったはずだが?」
「当然だ。別に急いでいなかったしな」
「そもそも、これはいったいどういう仕組みなんだ?」
「いちいち質問が多いな。魔力制御によって浮かして、通路を移動するだけの代物だ。珍しいものでも何でもない」
「いやいや……こんなもの見たことも、聞いたこともないぞ」
リンムが同意を求めるようにオーラ水郷長たちに視線をやると、全員がうんうんと肯いた。
少なくともA級冒険者として大陸中を渡り歩いてきたオーラ水郷長が知らないのだから、他の者たちも分かるわけがない……
それでも、チャルはというとずいぶんそっけなかった。
「ふん。こちらの大陸の文明が遅れているだけだ。私のもといた場所では一般的に使われている技術だ」
そんな魔法の絨毯もとい鉄板に乗って、リンムたちは地下通路を移動した。
実際に、走るよりもよほど早かったし、当然疲れることもなかった。また、乗っている間中、オーラ水郷長はこれをムラヤダ水郷に導入したいと、チャルとずいぶん交渉していたが、どうやら首を縦には振ってくれなかったらしい……
「ちくしょう。初手で税などの免除なんて手札を切らなければよかった」
オーラ水郷長はぼやき続けたが、何にせよ小一時間もしないうちに『妖精の森』付近の地下に到着した。
そして、階段を上がって、こちらもやはり小岩に設置した鉄扉を開ける前に――
「そうだ。全員……いや、リンムはいいか。一応、これを付けておけ」
ダークエルフのチャルはそう言って、リンム以外にペンダントを渡してきた。
それから鉄扉を開けると、どうやら湖畔に出たようだった。ただし、パナケアの花が咲いている湖とは様子が違う。
遠くから波の音が聞こえてくるのでおそらく海が近いのだろう。『初心者の森』でも東の端にあたる場所だ。
もっとも、そんなさざ波の静けさとは対照的に、視界は無数の煌めきに包まれていった――妖精たちが集まってきたのだ。リンムたち一行を取り巻いて、どうやら警戒させてしまったらしい。
だから、まずはリンムが一歩だけ前に進み出た。
「待ってくれ。俺だ。イナカーンの街の冒険者、リンム・ゼロガードだ。十年ぶりに師匠に会いに来た」
すると、妖精たちは煌めきを押さえつつ、こそこそと話を始めた。
「リンム?」
「誰だっけー?」
「あれだよ。前に人族でしばらくここにいたやつだよ」
「ああ。あの弱っちい奴か。思い出したぞ。ぼくに勝てなかったやつだ。えへん」
妖精たちはそんな会話をしながら、「けらけら」と笑った。
それは多分に無邪気な笑みだったが、女騎士スーシーはゾっとするしかなかった。当時のリンムは子供だったスーシーを魔獣から余裕で守ってくれるほど強かった。
それなのに無数にいる妖精の一匹にすら負けたとなると、スーシーは絶望を覚えるしかなかった。
「いや、待て。俺は君たちと戦った記憶など全くないのだが……」
「そうだっけ?」
「そうだよ。わたしは知らないよ」
「相手をしていたのはこの森の野獣たちじゃなかった?」
「それだ! こいつ、大蜥蜴の群れに囲まれてひいひい言ってたやつだよ。えへん」
すると、妖精たちは全員、やっと思い出したといったふうに肯き合うと――
「「「久しぶり、リンム!」」」
リンムは「はあ」とため息をついた。どうやら大蜥蜴の群れと戦わされたのは、あまり思い出したくないトラウマだったらしい……
何にしても、リンムは再度、妖精たちと向き合った。
「ところで、ラナンシー師匠はどこにいるだろうか?」
「こっちだよ」「あっちだよ」「そっちだよ」「どこだよー?」
全員が一斉に違う場所を指した。
まだまだリンムをからかい足りないらしい。だから、これでは埒が明かないと、リンムは
この『妖精の森』にもやはり認識阻害が全体的にかかっていた。リンムはいったん両目を閉じて、この大陸の誰よりも強い魔力を探った。そして、すぐさまその光源を見出した――
「やっと気づいたか?」
同時に、ダークエルフのチャルが声を掛けてくる。
「ああ、こっちの方だな」
「ちぇー」「あーあ」「つまんないの」「かいさーん」
そんなふうに口々に言い合って、妖精たちの煌めきは散じていった。
リンムはチャルと共にスーシー、オーラ水郷長とゲスデスを先導した。着いた先は森の中の
他の箇所より一段と低い木々に囲まれているせいか、木漏れ日が幾筋も下りていた。また、ムラヤダ水郷の入口広場ほどの面積があって、墓石も百以上はあった――
その中央に大きな白い木棺が無造作に置かれていた。
リンムたちが近づくにつれ、ゴ、ゴゴ、と。
棺の蓋が勝手に開いていった。
そこから起き上がったのは、この世界の美という名の概念を象ったかのような女性だった。
「ふう。懐かしいな。リンムよ。真祖直系の吸血鬼が三女、この妖精ラナンシーに何の用だい? ていうか、ずいぶんと年を取ったものだな。顔つきもひどくなった。お前、本当にリンムかい?」
もっとも、ラナンシーはなぜかリンムにではなく――ゲスデスに向いていた。
だから、リンムはまた「はあ」とため息をつくしかなかった。
「いや、師匠……違う。それは俺じゃない」
「おお、良かった。十年ぽっちでこんな悪どい顔つきになったのかと心配したぞ。なるほど。お前もずいぶんと成長したんだな」
「師匠……それも俺じゃない。あと、人族は二十歳を超えると背もほとんど伸びなくなる」
「そうか。まあ、久しぶりに会ったんだ。懐かしい話でもしようじゃないか」
妖精ラナンシーはそう言って、旧交を温めるかのように女騎士スーシーの肩を気安くぽんぽんと叩いた。
このとき、その場にいた全員が「本当に師匠なのか?」とぼやいたのは仕方のないことだろう……
何にしても、こうしてリンムは師匠と十年ぶりの再会を果たしたのだった。
―――――
これにて作中最強キャラの登場です。
ここまでお読みくださりありがとうございました。拙作は年明けももう少しだけ続きます。お付き合いいただけましたら幸いです。
良いお年をお過ごしくださいませ。
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