第32話 頼み込む

「それでリンムよ。当てというのはいったい何なんだ?」


 オーラ・コンナー水郷長が尋ねると、四人を先導していたリンム・ゼロガードは郷の入口広場の前でいったん立ち止まった。


 そのリンムはというと、「さて、どこにいるかな?」と西日を遮るように額に片手を当て、「あそこか」と声を上げて、ダークエルフの錬成士チャルが行商をしている御座の前まで進んだ。もちろん、チャルは自身に認識阻害をかけて人族の若い女性に化けている。


「何だ? ぞろぞろと? そんなところに突っ立って……商売の邪魔をしに来たのか?」

「いや、邪魔どころか、御座に出ている商品は全て買い取るよ」

「ほう? 豪気だな。そんな金持ちだったか?」

「もちろん、俺じゃない。こちらのオーラ水郷長が、だ」

「おい! リンム!」


 オーラ水郷長が抗議すると、リンムは「ダメなのか?」と捨てられた犬みたいなしょぼんとした視線を向けた。


「そんな目で見ても変わらんぞ。というか、そもそもこの女の正体は――」

「ああ、そうだったな。先に紹介しておこうか。チャルだ。正体については……まあ、お前さんなら言わなくてもとうに気づいていたんだろう?」


 リンムが思わせぶりな発言をすると、今度はチャルが不満そうに言った。


「私はお前たちと慣れ合うつもりはないぞ。商品を買う気がないならさっさと立ち去れ」


 すると、盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーの肩を借りていた女騎士スーシー・フォーサイトが「待ってください」と声を上げた。


義父とうさん……当てというのはチャルさんのことなの?」

「いや。正確に言えば、当てになる人は『妖精の森』にいる。その人に会う為にチャルの協力が必要なんだ」

「そういうことならば――私が商品を全て買います」


 スーシーは言い切った。さすがに神聖騎士団長を務めているだけあって、お金には困っていないらしい。隣のゲスデスがそんなお金の臭いに釣られて、「げへへ」と小狡い顔つきになっていたが、スーシーは気にせずに金貨袋を出してどさりと御座に置いた。


 もっとも、チャルはいかにもわざとらしく、「はあ」とため息をついてみせる。


「買ってくれてありがとう。助かるよ。だが、私がお前たちを助けてやる義理はない。さっきも言った通り、慣れ合う気などさらさらない。さっさと立ち去るがいい」


 直後、リンムは頭を下げた。


「頼む、チャル。ティナが攫われたんだ。『初心者の森』にある奈落のそばに連れ去られた可能性が高い」

「自業自得だ。敵がわざわざ網を張っているところに出張ってきたのだからな」

「俺はティナを助けたい」


 リンムはそれだけ言って、両膝を地に突き、額を御座に擦りつけた――土下座だ。


「止めろ、リンム。そんなことをしても変わらん」

「…………」

「そもそも、私に何ら利がない話だ」

「……いや、利なら少しはある」

「ほう? 何だ?」

「今後、俺が錬成に必要な素材などを全て集めよう。依頼クエストを優先的に受ける」

「なるほど。たしかに多少は魅力的な話だが……素材などは放屁商会や冒険者ギルドを通じても集められる。リンムに頼る必要はない」


 チャルはそう言って、御座を引っ張って店を畳もうとした。そのタイミングでスーシーがリンムと同様に頭を下げた。


「お願いします! 何なら、私のことも好きにしていい!」

「……は?」


 チャルにしては珍しく、ぽっと頬を赤らめた。


 もちろん、スーシーからすれば、リンム同様にこき使ってくれて構わないという文脈で言ったつもりだった。だが、チャルはそう受け止めなかったらしい……


「す、す、好きにしてもいいだと? 人族の若い女が……そんなことを簡単に言うな」

「私では……ダメですか?」

「だ、ダメだとか、好みではないとか、そういう話をしているのではない。というか、むしろ好みだ」

「でしたら――」


 という微妙に話が噛み合わないタイミングで、ゲスデスがぽろっと言葉をこぼした。


「ちょい待てよ。利があるかどうかってことなら、このおっさんが一番関係あるんじゃねえのか?」


 そう言って、ゲスデスはオーラ水郷長を指差した。


 当然、リンムも、スーシーも、チャルも、「ん?」と眉をひそめて頭を上げ、ゲスデスをじっと見つめる。そんな三人に対してゲスデスは説明を続けた。


「だってよ。このお嬢ちゃんは旅商人なんだろ? てことは、この水郷長のおっさんが今後商売をする上での免税特権を与えたり、一等地を優先的に確保したり、何なら宣伝してやったり、いっそ水郷に店でも持たせてやりゃあ、それこそ最高の利だろう? 違うのか?」


 今度は四人全員がオーラ水郷長をじいーっと穴のあくほど直視した。


 オーラ水郷長は片頬をぽりぽりと掻きながら、「そんな話になるんじゃないかと思っていたんだ。嫌な予感が当たったよ」と愚痴をこぼしてから、


「わーったよ。わかった、わかった。商売をする上での特権をやりゃあいんだろ。好きにしろ」

「店は三階建てで、温泉の近くがいい」

「おい。今、ここで要求することか? 陰気なダークエルフよ」


 オーラ水郷長はチャルの正体をとうに知っていた上で毒づいたわけだが、チャルは「ふん。陽気な犬っころになど言われたくはないが――」と、皮肉を返しつつも要求を上乗せした。


「もちろん、住民税も免除しろ。私が死ぬまで一生分だ」

「……何百年たかる気だよ」

「あと、私はダークエルフだからな。店に警護も必要だ。若い女性ばかり幾人か付けてほしい」

「……付けてやってもいいが、それこそ手を・・付けたらこの郷から叩き出すぞ」


 さながら苦虫を嚙み潰したような表情になりつつも、オーラ水郷長はチャルとの話をまとめた。


 こうしてやっと聖女ティナを連れ去ったリィリック・フィフライアーや帝国の猟兵団を追跡する為の当てに繋がる仕込みが出来たわけだ。リンムたちは新たにチャルを加えて、日が昇る前にムラヤダ水郷を出発したのだった。

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