妖精の森編

第31話 おっさんは追跡する

 リンム・ゼロガードとオーラ・コンナー水郷長は『花崗岩の湯』に続く細道にいた。


 盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーはまだ縛ったままで、負傷した女騎士スーシー・フォーサイトには回復ポーションを与えて容体を見ている最中だ。


「どうだ? 子犬たちは何か見つけたか?」


 リンムがそう尋ねると、オーラ水郷長は「ふむん」と息をついた。


 オーラ水郷長が呼んだ子犬二匹は召喚獣なので、オーラ自身と五感を共有出来る。それぞれ高原と森に分かれて追跡していたが、どうやら一定の成果は得たようだ。


「盗賊たちの方は捕まえた。全員、高原でもふもふの餌食になっている。これから自警団を向かわせよう」

「……そ、そうか」


 リンムはつい想像してしまった。


 いかつい顔つきの盗賊たちが子犬一匹に群がって、我先にともふもふしているさまを……


 当然、そんなイメージを抱いたのはリンムだけではなかったらしく、ゲスデスは「はあ」とため息をつくと、「情けねえなあ」と愚痴をこぼした。


 そんなぼやきを無視して、オーラ水郷長は言葉を続けた。


「どうやら麻袋の中には自警団の女性団員が入っているようだ。怪我などは負っていない。まあ、血塗れの死体を入れたら、担いでいる盗賊たちも疑問に思って中身を確認するだろうしな。それと、この女性は聖女ティナ様の上着も纏っていた。おそらく俺の犬たちが追ってくることを前提にして、盗賊たちを囮にしたというわけだな」


 そこまで言って、オーラ水郷長はゲスデスをきつく睨みつけた。


「はん! 俺は知らねえよ。姉御の作戦を全て知らされていたわけじゃねえ。そもそも、囮にされるなんて聞いてもいなかったんだ」

「ふん。どうだかな」

「で、森の方はどうなんだ?」


 リンムが話を変えると、オーラ水郷長は顎に片手をやって難しい顔つきになった。


「どうやら、子犬だけで『初心者の森』を探すのは無理みたいだな」

「森の中では臭いが多すぎるからか?」

「それもあるが、狼の魔獣がやたらといやがる。しかも、その魔獣どもに聖女ティナ様の身に着けていたものを細かく切って渡してあるのか、そこら中から匂いが立ち上がる」

「なるほど。ところで……ティナを攫った理由だが、やはり奈落だと思うかね?」

「ああ、そうだろうな。わざわざ嫁にしたいわけじゃあるまい」

「だとしたら、いっそ奈落の方を探した方が早いのではないか?」

「その場所が分かるのか?」

「いや、俺には分からない。だが、当てならある」


 リンムはそう言い切って、オーラ水郷長と肯き合った。


 そして、二人がその場を足早に去ろうとすると、ゲスデスが「待てよ」と声を上げた。


「頼む。俺も一緒に連れていってくれ」

「断る」


 オーラ水郷長はにべもなかった。


「いやいや、あんたらの邪魔はしねえよ。それに逃げもしねえ。俺はただ――」

「ふん。盗賊の言葉なぞ信用出来るか。そもそも、貴様自身はそんなふうに願って、命乞いなどをしてきた者たちをどうしてきた? いちいち助けてきたか?」

「ちい」

「まあ、ちょっと待ってくれ。オーラ水郷長よ。たしか……お前さんはゲスデスだったか。なぜ俺たちに付いてきたがる?」

「姉御に聞きたいことがあるだけだ」

「姉御とはリィリック・フィフライアーのことかね?」

「そうだ。お前らは姉御のことを大悪党だの、最低最悪でも温いだのと好き勝手に言ってやがったが、一年間付き合ってきた俺からすれば、姉御ほどまともな人間もいなかった」


 すると、オーラ水郷長が「ぺっ」と唾棄した。


「は? 人間だと? あれは魔族だぞ?」


 その売り言葉に対して、今度はゲスデスが険しい視線をオーラに向ける番だった。


 もっとも、リンムが二人の間にすぐさま入って、なるべく穏やかな口調でゲスデスに尋ねた。


「つまり、何か理由があるとでも言いたいのかね?」

「そうだよ。姉御は傭兵たち――いや、帝国の猟兵団だったかに会ってからおかしくなった。それを確かめたいんだ」

「…………」


 リンムが無口になると、オーラ水郷長がこれ見よがしに「はあ」と息をついた。


「止めとけ、リンム。考えるだけ無駄だ」

「そうはいっても、これから広い『初心者の森』で奈落やティナを探さなくてはいけないのだ。人手は一人でも多い方がいい。それにゲスデスは盗賊だ。鼻も利くはずだ」


 リンムがそう言うと、オーラ水郷長は「かあーっ」と言いながら頭を掻きむしってから、短剣ナイフを取り出してゲスデスの縄を切った。


「分かったよ。お前さんのお人好し具合には呆れるぜ。とはいえ、たしかに人手は多い方がいい。何にせよ、俺の気分が変わらないうちにさっさと行くぞ」


 すると、今度は別の声が上がった。


「待ってください……お願いです。私も連れていってください」


 女騎士スーシーだ。回復ポーションも効いて、外傷はほとんど消えている。


 ただ、まだ息遣いが怪しかった。それに、たとえ肉体がある程度回復したとはいっても、致命傷に近い傷を負わされたのだ。その精神的外傷は確実に残っているし、体力そのものも減じたままだ。


 本来ならば、傷が塞ぎきるまで十分に休養を取るべきところなのだが――


「私は第七聖女ティナ様の護衛です。こんなところで横になっている暇はありません」


 そう言って立ち上がるも、スーシーはぶらついてしまった。


 もっとも、意外なことにそばにいたゲスデスがスーシーを受け止めて肩を貸してあげた。リンムはその様子を見て、「はあ」と小さく息をつく。


「君はここで休んでいきなさい」

「なぜですか?」

「君に与えたのは完全回復ポーションではない。傷口がまた開く可能性がある」

「そんなことには慣れています。それとも、私は足手まといですか?」

「…………」


 リンムはつい押し黙った。


 幾ら大きく、かつ美しくなったといっても、リンムからすればスーシーはやはり子供だ。怪我を負って、意識もなく倒れていた姿を見て、リンムがどれだけショックを受けたことか――


 これからまたリィリック・フィフライアーや帝国の猟兵団と対峙するのだ。スーシーが同じようにやられないとも限らない。


 が。


 スーシーはそんなリンムの親心など知らずに言い切った。


「人手が一人でも多い方がいいのでしょう? 聖女ティナ様は私の命に代えても探し出します。だから、お願い。義父とうさん……私を連れていって!」


 さすがにリンムは呻った。


 だが、オーラ水郷長やゲスデスはリンムの背中を押した。


「リンムよ。娘というのは親が知らない間に大人になっているものだ」

「そうだぜ。可愛いには旅をさせよってな。過保護にしてちゃあ、ろくなことにならねえよ」

「ありがとうございます。オーラ殿に……ところでこの横のおっさん、誰?」

「ゲスデスだよ! 肩を貸してやってんのに、その言い方あああ!」


 これにはリンムも苦笑するしかなかったわけだが、何にしてもこうしてリンムたちは当て・・とやらに会いに行くことにしたのだった。

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