第28話 企み

 女騎士スーシー・フォーサイトは片手剣を構えながら眉をひそめた。


 対峙しているのはイナカーンの街の冒険者ギルドのギルマス、ウーゴ・フィフライアーに化けた何者かのはずだ。おそらく闇魔術の認識阻害でもかけているに違いない。


 だが、そのわりには魔力マナの揺らぎが一切見えなかったし、そもそもこのウーゴもどき・・・・・・を偽者と断ずるには――不思議なことにその所作があまりに本物に過ぎた。


「いったい……これはどういうことかしら?」


 その剣の構え、足の運び、さらには合間の呼吸すらも……


 王国の現王を守護する騎士のみに伝わる正統な技術で、合同訓練をしてきたスーシーにとってはよく見知ったものだった。当然、これは一朝一夕で身につくものではない。


 そもそも、認識阻害とは基本的に外面そとづらを繕うものでしかない。たとえば、ダークエルフの錬成士チャルがリンム・ゼロガードに成り代わったとしても、抜け毛や加齢臭はもちろんのこと、リンム独自の所作まで真似出来るわけではない。


 だからこそ、スーシーの戸惑いは大きかった。


「まさか……本人だとでもいうの?」


 すると、そんなスーシーの内心を嘲笑うかのように――


 ウーゴもどきは口の端を歪めて、纏っていたマントから仮面を取り出して装着した。


 なぜか無駄に目もとだけ隠したような格好となったわけだが、それで何かしら気分でも変わったのか、


「やれやれです。まあ、仕方ありません。どのみち状況に変化はありませんからね」


 急に、女性の声音になった。


 たしかにウーゴも淡々とした口調の割には甲高い声質なので、その美貌も相まってあまり男っぽい印象は受けなかったが、そうはいってもウーゴ本人は確実に男性だった。


 だが、眼前のウーゴもどきについてはその声音でやっと気づけたが……こうして対峙していても女性らしさが散見された。


 実際に、胸にはやや膨らみがあったし、ウーゴよりも体の線は細い。何より、両者には決定的な違いが一つ――


 本物のウーゴにはどこか冬の三日月のような鋭い冷たさがあったが、このウーゴもどきからは真夏の満月のような煌々とした狂気が漂ってきた。明らかに常人の域を越えていた。


 そのせいか、スーシーの剣を握る手はわずかに震えた。


 もっとも、スーシーはそんな動揺を隠すようにウーゴもどきに対して声を張り上げた。


「何を言っているのですか? こうして下らない企みは暴かれました。状況に変化がないなどとは決して言えないはずでしょう?」

「いえ。残念ながら、何ら問題はありませんよ。事実――」


 ウーゴもどき、いや姉御・・なる人物はそこで言葉を切って、ゾっとしない笑みを浮かべてみせた。


「貴方をここで殺せばいいだけですから」


 刹那。


 ウーゴもどきはスーシーの懐深くに入ってきた。


「ちい!」


 スーシーは剣で薙ごうとして、ふいに嫌な予感がした。


 先ほどのウーゴもどきと同様にバックステップをしたわけだが、なぜか胸もとが薄く斬られていたのだ。


 同時に、スーシーが後退した直後にウーゴもどきはやっと手にしていた片手剣を振るった。それはあまりに不可解な現象だった。剣を振るう前に斬られていたからだ。


「これこそ……認識阻害ですか」


 スーシーはすぐに気づいた。


 本当の両腕と武器は隠して、逆に偽物の腕と剣をまざまざと見せつける――


 前日のうちにリンムとチャルとの戦いを見ていなければ、魔力マナの揺らぎもろくに分からず、この刹那で勝負は決まっていたかもしれない……


「ほう。今の攻撃を見切りましたか。さすがは王国の神聖騎士団長といったところですね」

「…………」


 スーシーには余裕がなくなっていた。


 悔しいことに、相手の方が数段上だ。初撃だけで悟れたのは、むしろスーシーの天才性ゆえか……


 これほどの相手に勝つには、リンムか、オーラ水郷長を呼ぶしかない。


 だが、急襲を知らせようと周囲を見渡しても、先ほどまで立哨していた自警団の女性たちが見つからなかった。


「残念ながら、味方は来てくれませんよ」


 ウーゴもどきがそう言うと、女性たちが立哨していた場所に冒険者もどきたちが現れた。


 傭兵たち――いや、帝国の猟兵団だ。ウーゴもどきが攻撃を仕掛けたタイミングで、自警団の女性たちを無力化したのだ。


 ということは、今、聖女ティナのもとには守るべき者がろくにいないことになる。


「しまった!」

「その判断の甘さこそが命取りです」


 直後、スーシーは袈裟に斬られていた。


「ば、馬鹿な……」


 眼前にいたウーゴもどきが蜃気楼のように揺れて消えていった。


 これもまた認識阻害だった。ダークエルフのチャル並みに手際の良い使い手だ。実際のウーゴもどきはスーシーが動揺した瞬間にまた懐に入り込んでいたのだ。


 が。


「おや?」


 ウーゴもどきは「ほう」と感心した。


 スーシーは崩れる寸前、仮面を真っ二つに斬っていたのだ。


 あともう少しだけウーゴもどきが懐深くに踏み込んでいたなら、逆に頭部に大きな怪我を負っていたことだろう。もちろん、それはスーシーも致命傷を受けていたことを意味するわけだが……


 何にしても、背中から地に崩れたスーシーは目撃した。


 魔紋があったのだ。


 ウーゴもどきの目の淵には魔力マナで象られた紋が煌々と浮かんでいた。つまり、このウーゴによく似た人物は――凶悪な魔族だったわけだ。



―――――



姉御の魔紋が見たいんじゃない! 聖女ティナのおぱーいが見たいんだ!


というわけで、着替えシーンは年末年始に限定近況ノートあたりで特別SSにして上げることにしました。ゲスデスも真っ青なゲスなアイデアで本当にすいません。意外と構成上、入れるのが難しくて、こういう措置にしました。よろしくお願いいたします。

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