第27話 偽り

「お久しぶりです、元近衛騎士団副団長。いえ、現在はイナカーンの街の冒険者ギルド、ギルドマスターのウーゴ・フィフライアー殿」


 女騎士スーシー・フォーサイトは「ほっ」と息をついた。


 もちろん、スーシーとウーゴは旧知とはいかないまでも、それなりに互いを認めた仲だ。


 スーシーが神聖騎士団の出世街道を驀進しているときには、ウーゴはすでに近衛騎士団の次席にいて、いわゆる雲の上の存在だった。


 ただ、王族を守護する近衛騎士団と、王国の盾たる神聖騎士団――そんな役割分担もあってか二つの騎士たちの交流は活発だったし、スーシーも団員時代に一度ならず胸を借りたこともあった。


 そんなわけで、元Aランク冒険者のオーラ・コンナー水郷長よりは既知の間柄だったのだが……それでもスーシーは聖女ティナの警護の都合上、


「ところで、なぜ、ウーゴ殿がこの水郷に?」


 と、一応尋ねることにした。


 おそらく配下の神聖騎士たちがイナカーンの街に着いて、『召喚の符』で送った鴉から事情を確認して相談したのだろうということは容易に想像出来た。


 だが、そうだとしてもスーシーには腑に落ちないことがあった――


「もちろん、イナカーンの街に到着した神聖騎士の皆さんから色々と話を聞いたからですよ」

「話といいますと?」

「途中で盗賊団に襲われて、はぐれてしまったそうですね」


 スーシーは首肯して、話の先を促した。


「その後、神聖騎士の方々がイナカーンの街にいらして、すぐさまスーシー殿や聖女ティナ様と合流しようとしましたが、騎乗していた馬の疲れもあって、またご存じの通り、イナカーンは片田舎ですから替えの馬が一頭しか用意出来ませんでした」

「なるほど。それで私の配下ではなく、ウーゴ殿がそれに乗って、こちらにいらしたと?」

「そういうことです。皆さん、一頭の馬を巡って我先にと争われましたが……結局、勝負がつかずに、そもそもこの地方の地理は僕が一番詳しいということで早駆けしたわけです」

「うちの配下が御見苦しいところをお見せしました……」

「いえ、中々に隊長想いの騎士たちばかりで感心しましたよ」

「あと、関係のないウーゴ殿を急かしたようで本当に申し訳ありません」

「とんでもない。聖女様に何かあったら取り返しのつかないことになりますからね」


 ウーゴがにこりと笑みを浮かべたところで、スーシーは「ふむん」とさらに付け加えた。


「たしかにその通りですね。ティナ様に何か起きたら大問題です。ですから――申し訳ないついでに、ウーゴ殿に剣先を向ける無礼をどうかお許しください」

「……はい?」


 スーシーは片手剣を中段に構えた。そのとたん、ウーゴの笑みが引きつった。


「こ、これは……いったい、どういうことでしょうかね?」

「ウーゴ殿のお話を聞いて、三点ほど、可笑しいと思われるところがありました」

「ほう?」

「まず、ウーゴ殿は私の配下の騎士たちが争うようにして私やティナ様と合流したがっていたと仰いましたよね?」

「……ええ、たしかに彼らは急いで出発しようとしていましたよ」

「そこがちゃんちゃら可笑しい」


 スーシーは断言した。当然、ウーゴは眉をひそめた。


 警護対象から引き剥がされてしまったのだ。幾ら団長のスーシーが付いているからとはいえ、職務に忠実な騎士たちが慌てないはずがない……


 だが、スーシーは「やれやれ」と肩をすくめてから頭を横に振ってみせた。


「襲撃された後に、私は『召喚の符』による鴉で配下に指示を出しました。その内容とは――イナカーンの街で待機して、ギルマスのウーゴ殿と一緒に新たな襲撃などに備えよ、というものです」


 そもそも、たまたまではあったがリンム・ゼロガードと出会えたのだ。


 これほどに心強い護衛もいない。だから、配下には新たな襲撃を警戒して、イナカーンの街を拠点に警護体制を万全にせよと伝えた。それなのに、「合流したがっていた」というのはいかにも可笑しい。


 もっとも、ウーゴは顎に片手をやって、しれっと言い返してきた。


「では、彼ら独自の判断でここに向かおうとしたのではないですか? 団長が不在になったのです。代理の者がそういう決断を下すというのは可笑しなことではないでしょう?」


 たしかに、その言葉は理にかなっていた。


 だが、スーシーはやはり頭を横に振って、今度こそ剣先同様に鋭い視線をウーゴに向けた。


「いいえ。それも可笑しすぎる話なのです。何せ、彼らがここに向けて出発出来るはずがないのですから」

「どういうことですか?」

「先ほどもお話した通りです。私が鴉で伝えたのは、待機せよ、という内容のみです」


 ウーゴは顔をしかめた。いかにも理解が覚束ないといった表情だ。


 だから、スーシーは小さく笑みを浮かべて、一歩踏み込むと、はっきり告げた――


「私やティナ様がムラヤダ水郷に向かうとは一言も伝えていないのです。そのことを知っているのは、せいぜい、この郷で出くわしてしまった冒険者もどき――いえ、盗賊団の残党なのではないかと推測します」

「ちい!」


 ここにきて、ウーゴは後転して、スーシーから初めて距離を取った。


 スーシーがこれ以上は問答無用だといったふうに剣を振るってきたからだ。


「それに貴方は先ほど、私の配下が中々に団長想いだと仰ってくださいましたが……残念ながら私は配下にさほど慕われてはいません」


 何せ、厳しい訓練しごきで有名で、鬼軍曹・・・とまで陰口を叩かれているほどだ。


 今頃は配下の神聖騎士たちもかえって片田舎のまったりとした空気の中で羽を伸ばしているのではないかと、スーシーも苦笑を浮かべるしかなかった。


 とまれ、スーシーは再度、剣を中段にやった。


 王国四大騎士団こと神聖騎士団の頂点として、聖女ティナを護るべく、その実力を見せつけるときだった――


「さて、ウーゴ殿……いえ、貴方が本当は何者なのかは存じませんが、そろそろ化けの皮を剥いで差し上げましょうかね」



―――――



ティナ「あれ? ……私の着替えのシーンは?」


リンム「ああ、男湯はいいな」

ゲスデス「ちっ。何で混浴じゃねえんだよ(ぶつぶつ)」

オーラ「というか、リンムはリラックスしすぎではないか……?」

シイト「いやはや、ここの温泉の効能が毛髪に良いというのは本当だろうか?」

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