第24話 裸になる(中盤)

 オーラ・コンナー水郷長もまた戸惑っていた。


 騒ぎを起こしたドウセ・カテナイネンを捕縛して、入口広場が落ち着き始めたのも束の間、櫓からリンム・ゼロガードたちが下りてきた。


 どうやらリンムを挟み込むようにして、女騎士スーシー・フォーサイトと聖女ティナ・セプタオラクルが、「観光です」、「いえ、温泉です」と言い合っているらしい。


 そのせいか、リンムは死んだ魚のような目つきでもってオーラに助けを求めてくる――


「はは。見事に尻に敷かれているようだな……リンムよ」

「そう言わずに何とかしてくれ」

「何とかと言われてもなあ」


 オーラ水郷長は「ふむん」と両腕を組んだ。


 もっとも、オーラからすれば、スーシーが「この郷を見たい」と言いだした理由は分かっていた。


 自警団のいる郷に来たとはいえ、護衛をする為にはその土地をよく知っておく必要がある。護衛とは本来、人数をかけて要所を事前に押さえて、死角を失くすのが鉄則だ。その為の神聖騎士たちがいない現状、スーシー本人が現地をしっかり確認しておきたいと考えるのは道理だろう。


 だから、オーラはむしろスーシーに助け舟を出してあげることにした。


「温泉もいいが……この時間はまだやっていないぞ。ちょうど清掃中でな。あと、一時間ぐらいしたら入れるはずだ」

「そ、そうなのか?」


 リンムがやけにとぼけた表情で聞き返してきた。


 同時に、ティナは「えー」と不満そうに、スーシーはというと「さあ、色々と見て回りましょう」と笑みを浮かべた。


 ちなみに、この郷には温泉が幾つもあって、基本的に常時営業しているのをリンムはよく知っている。依頼クエストでこの地を訪れるたびに入ってきたからだ。だから、いかにも大根役者みたいなとぼけ具合ではあったが、ティナも、スーシーも、そんな演技に気づかなかったようだ。


「それと、混浴も夜しかやっていない。昼の間は……そうだな、『花崗岩の湯』にでも入ってくれ。湖の脇の細道から行ったところにある。頼んだぞ」


 オーラ水郷長はそれだけ言って、「じゃあな」と三人と別れた。


 実のところ、混浴は昼でもやっているのだが、リンムにも一応、救いの手を差し伸べてやった格好だ。腕の立つ冒険者だし、この機に貸しを作っておいて損はない。


 それに自称・・新妻と一緒に入ろうものなら、リンムはのぼせてしまって、肝心な時に使い物にならなくなってしまう可能性もある……何せ、入口広場に集まっていた冒険者もどきたちは癖の強い連中だ。戦力は一人でも多いに越したことはない。


「さて、これから忙しくなるな」


 オーラ水郷長はしだいに足早になった。


 各温泉を臨時休業させる為と、急遽『花崗岩の湯』での警護体制を自警団で敷く為だ。それにさっきからオーラの後を尾けてくる者たちも今のうちにまいておきたい。


「十人ほどか。あれは盗賊でも……それに冒険者でもないな。間違いない……ありゃあ、帝国の犬・・・・どもだ」






 ちょうどそのとき、ドタ、ドタ、と――


 盗賊団の頭領ゲスデス・キンカスキーは湖のそばの飲み屋に駆け込んでいた。


「姉御! すげえぞ!」

五月蠅うるさいですね。貴方の悪いところは、そうやってすぐに騒々しくするところですよ。もう少し落ち着きなさいと幾度も言ったはずですが?」

「そうはいっても、姉御だって驚くぜ。何せ、いたんだからよ!」

「何がですか?」

「聖女だ。第七聖女のティナ・セプタオラクル様だよ。びっくりしたぜ。へへん」

「…………」


 直後、姉御と呼ばれた人物は目つきを鋭くした。


 その視線だけで、ゲスデスは真っ二つに斬られたような感覚に襲われたが、それでも物怖じせずに言葉を続けた。


「ほ、本当だよ。さっき……入口広場から歩いてきたところをたまたま見かけたんだ」

「まさかと思いますが、一人きりでしたか?」

「いいや、三人だったぜ」


 姉御なる人物は「はあ」と息をついた。


 昨晩は盗賊団とは別行動をとって、初心者の森に入った第七聖女と神聖騎士団長の足取りを追っていた。第一種とはいえ、同僚・・から借り受けた魔獣を相当数けしかけたわけだから、足止めぐらいはしてくれているものと思っていた。


 だが、森の中には二人の傷ついた姿はおろか、流された血の跡さえなければ、魔獣もことごとくいなくなっていた。


 これには姉御なる人物も「ちい」と舌打ちするしかなかった。どうやらスーシー・フォーサイトの実力を見誤っていたようだ。こんなことならば、素直に自分が二人に当たるべきだった。


 今頃は二人ともイナカーンの街に着いて、神聖騎士たちと共に新たな襲撃にでも備えているはずだ――と、珍しくやけ酒をしていたら、とんでもない情報がもたらされた。とはいえ、さすがに姉御なる人物は慎重だ。


「貴方の悪いところは、短慮なところですね。貴方が見たのは、聖女だったのでしょう? 普通なら王国の騎士団が物々しく警護する対象です。三人だけでいるはずがないでしょう?」

「でもよ。ありゃあ間違いないって。本物だよ」

「そもそも、なぜ貴方が聖女の顔を知っているんです?」

「姉御に会う前の話だけどよ。セプタオラクル領でちんけな稼ぎをしたことがあったんだよ。そのとき、ちょうど聖女様の里帰りのパレードをしていて、そこでたまたま見掛けたんだ。いやあ、気の強そうなで、俺の好みだったぜ」

「貴方の悪いところは、幼女趣味ロリコンなところですね。少しは年の差を考えなさい」


 ぴしゃりと言われて、ゲスデスは頬をぽりぽりと掻いた。


 どうやらこれだけ聡明な姉御でも、男は幾つになっても若い女を好むことを知らないらしい……


 それはともかく、姉御なる人物はというと、やれやれと肩をすくめてから、一応の確認ということで質問を続けた。というのも、ゲスデスはいつ切り捨てても構わない程度の小物に過ぎなかったが、盗賊らしい勘の良さだけは一目置いていたからだ。


「それで、聖女の他に二人いたということですが……どういう人物でしたか?」

「ええと、一人は美女だったな。へへ。やけに清らかな感じで、もしかしたらあっちも聖女様だったんじゃねえか」

「貴方の悪いところは、すぐに話を盛るところです。こんな片田舎の水郷に聖女が二人も来るわけがないでしょう。そろそろ真面目に話をしないと、いい加減に怒りますよ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。本当なんだって」

「はあ。で、もう一人というのは?」

「冴えないおっさんだったよ」

「…………何と?」

「だから、どこにでもいる弱っちい冒険者のおっさんだよ。寝不足気味で、やけに疲れた感じで、頭頂部もちょいとばかし怪しくて……まあ、とてもじゃねえが美女二人を侍らすことなんて出来やしない、パッとしねえおっさんだ」


 多分に私怨も混じっていたが、ゲスデスは自らのことは棚に上げて報告した。


 もっとも、そのとたんに姉御なる人物はがたんと椅子を倒して立ち上がった。しかも、「最悪だ」と呟いてさえいた――


 もしかしたら、聖女たち二人は森の中でリンム・ゼロガードと偶然にも出くわしたのかもしれない。だとしたら、あれだけ数を揃えた魔獣が跡形もなく片付けられたのも肯けるというものだ。


「急に、ど、どうしたんだよ……姉御?」

「すぐに傭兵たちをここに掻き集めなさい。元Aランク冒険者のオーラ水郷長まで一緒になられては困ったことになります。そうなる前に、奴らを丸裸に・・・しなくてはいけません」

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