第23話 裸になる(序盤)

皆さん、大変お待たせいたしました。待望の梃入れ――そう、温泉回です! 三編に分けて、たっぷりと展開していきます。よろしくお願いいたします!



―――――



 盗賊の頭領ゲスデス・キンカスキーは戸惑っていた。


 すぐ隣には全裸の・・・おっさんが心地良さそうに座っている。しかも、そのおっさんは「ふひい」と、四十を超えなければ出てこない、人生の何もかもが滲み込んだかのような声音で、真っ昼間から温泉とお酒を満喫していた――


「なあ、たしか……リンムだったか? 良い飲みっぷりだな」

「いやいや、それほどでも……普段はこんな時間から飲まないからね」

「ささ。もう一杯どうだ?」

「いいのかい? あんたの酒だろう?」

「構わんさ。一人で飲むより、皆でこうして湯につかって楽しむ方がいいに決まっている」

「あんた……なかなか良い奴だな」


 そう言われて、ゲスデスもつい相好を崩した。


 普段は強面だの、いかついだの、すれ違う子供が泣くだのと、散々に言われがちな凶悪でゲスい顔つきだが、昨日の夕方にムラヤダ水郷に着いてからというもの、姉御が一時的に離れたのをいいことに酒を飲み続けてきたせいか、とうにぐでんぐでんで福笑いのように可笑しくなっている。


 もっとも、そんな顔つきはともかく、肉体の方はさすがで、盗賊というよりも戦士系――それも盾役タンクのものにほど近く、胸板が厚く、三角筋と僧帽筋が発達して、いかにも何もかもを跳ね返すといった雰囲気がある。


 そんな屈強な肉体に比すると、リンムはやせ型で、いっそ農作業に従事する村人みたいな体つきだ。とてもではないが強者には見えない……


「なぜ、俺様が……こんな冴えないおっさんの相手を――」

「どうしたね?」

「い、いや、何でもねえよ。下らんことを考えるのは止めだ。酒が不味くなる」

「ふふ。じゃあ、早速、酌をしようじゃないか」

「悪いな。お、ととと」


 湯船に浮かぶ桶上の酒瓶から升に注いでもらって、ゲスデスはそれを一気にあおった。


 こちらも「ぶはあああ」と、四十を超えなければ出てこない溜まったおならのような吐息を漏らして、花崗岩の淵にゆっくりと背をもたらした。これで雪か、月でもあれば、雪見酒や月見酒と洒落込んだものなのだが――


 残念ながら、今この場には、なぜかおっさんの裸体しかない。


 しかも、よりによってゲスデスのすぐ眼前には、まるで岩かと見紛うほどに強靭な肉体がある――オーラ・コンナー水郷長だ。


 さらにはその隣にはこれまたなぜか傭兵たちのリーダーまでいて……何が哀しくて男やもめ四人で膝を突き合わせて、こうして広い温泉の隅っこで裸見酒・・・などしなくてはいけないのかと、やはりゲスデスは戸惑うしかなかったのだった。


「おかしいよなあ……ここ、混浴・・だったはずなんだけどなあ」






 話は数時間ほど前に遡る――


 ゲスデス・キンカスキーは姉御に言われた通りに、ムラヤダ水郷の湖のそばの酒屋から出て、段々となった坂を上って、入口広場に向かっていた。


 配下のドウセ・カテナイネンの面倒をみる為だ。とはいっても、この場合、入口広場で冒険者に扮している傭兵たちのリーダーに話を通して、ドウセを処分する手筈を整えるという意味合いなのだが……


「でもよ。殺すには、ちいっと惜しい気がすんだよなあ」


 ゲスデスはそうぼやいた。


 別に情が湧いたわけではない。ドウセとはほんの数日の付き合いしかないのだ――


 そもそも、ゲスデスたちは一年前まで王国の片隅でせこい稼ぎをする七、八人ほどの盗賊団に過ぎなかった。


 当初の七、八人とは王都の貧民窟スラムで共に育って、長じてからは当然のようにちんけな窃盗グループになった。


 ただし、王都では目を付けられたこともあって、逃げるように地方を転々として、食い物にもありつけない日々を送り、結果として人を襲う盗賊団に変じていった。


 大きな稼ぎが出来るようになったのは姉御とたまたま出会ったからで、まずスグデス・ヤーナヤーツという元Bランク冒険者を用心棒代わりに紹介され、そこからはとんとん拍子に荒稼ぎをしていった。


 たった一年で人数も倍以上に膨れ上がって、現在のゲスデスたちの目標はどこかの街の裏社会を牛耳ることで、今回、ムラヤダ水郷に来たのもその一環だ。


 また、ドウセは姉御が数日前に連れてきた訳あり冒険者で、当のドウセはというと、ゲスデスたちを盗賊団討伐の為に集められた同業者なのだと信じ切っているようだった。


 もちろん、ドウセは商隊・・襲撃には参加しておらず、ムラヤダ水郷に先行させていた――


「まあ、裏稼業に向いているようなタイプには見えんが……Bランク冒険者っていやあ、やっぱ、スグデスの野郎を思い出しちまうよな。はてさて、元気でやってんのかね」


 ゲスデスがドウセを惜しいと感じるのも、結局のところ、スグデスの代わりになるのではないかと思いついたからだ。


 ただ、ゲスデスは頭を横にぶるんぶるんと振って、その考えをすぐに否定した。


「いやいや、姉御は殺せと言ったんだ。姉御の言うことに間違いはねえ」


 その過信は最早、宗教的な崇拝に近いものがあった。


 あるいは、貧民窟で孤児として育って以来、初めて自分たちを導いてくれる存在に出会った熱狂とでも言うべきか……


 何にせよ、ゲスデスは入口広場を真っ直ぐに見据えるところまで来た。


 直後だ。


「ん? ああん?」


 入口広場から歩いてきた三人の男女にゲスデスは目を奪われたのだ。


 その中央にはうだつの上がらなそうな、前髪も後退気味のおっさんがいて、美女を両隣に侍っていた。一人は凛とした美しさをもった、芯の強そうな女性で――


義父とうさん、温泉に行く前に少しだけこの郷を見てまわりたいんだけどなあ」


 と、言っていることから察するに、似ても似つかないがおっさんの娘なのだろう。


「ダメですよ、スシ・・。まず温泉です。旅の垢を落とさなくては、私の気分が晴れません。それに、もしかしたら今夜が初夜――いえ、早ければ今昼が初昼になるかもしれないのです。妻として身だしなみを整えるのは当然の義務です」


 と、言っていることから察するに、悪役令嬢のようで、かつ聖女のような二律背反を体現したかのような美少女はおっさんの婚約者なのだろう。


 ゲスデスは思わず、「ちい」と、これみよがしに舌打ちをしかけて――


 聖女?


 という思いつきにふと戻って、我が目を疑った。


 そうなのだ。今、まさにゲスデスの横を素通りして行こうとしている美少女は文字通りに聖女なのだ。第七聖女ティナ・セプタオラクル本人だ。間違いない。


 もっとも、ゲスデスの足はその場でぴたりと止まってしまった。尾行することもせず、姉御に報告することも出来ず――これから今日一日することになる困惑の表情を浮かべ始めたのだ。


「第七聖女が……妻だあ?」


 ちなみに余談だが、Bランク以上の冒険者に民衆が二つ名を付けるように、聖女にもそれは与えられる。


 有名なところだと、第一聖女の『世界の光源』とか、第三聖女の『稲光る乙女』とか、あるいは第六聖女の『清廉な殉教者』とか、その聖女が得意とする法術、もしくは性格などを表わす傾向が強い。


 もちろん、第七聖女のティナにも二つ名はある――『全ての男根・・の蹂躙者』だ。


 ……

 …………

 ……………………


 一応、ティナ本人はその二つ名で呼ばれるのを嫌っている為、人口に膾炙かいしゃしているわけではないが……王国の第四王子の首を女神クリーンに捧げると誓ったエピソードが回りまわって、男根を削ぎ落として奉納するといったものにすげ変わったしまったらしい。


 何にしても、聖女ティナはそれほどに男性嫌い・・・・として世間では知られている――今のゲスデスの当惑もよく分かるというものである。

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