第19話 面識を得る

 リンム・ゼロガードから紹介を受けたオーラ・コンナームラヤダ水郷長だったが、女騎士スーシーに対して意味ありげに一瞥だけすると、


「なあ、リンムよ。話がある。上の櫓まで来てもらえんか?」

「構わないが、急にどうしたんだ? そもそも、お前さんが櫓にいるなんて珍しいよな」

「まあ、ちょっとした事情があってな。そのことも含めて話がしたい。もちろん、お嬢さんがたもだ。そっちも何やら……訳ありなんだろう?」


 オーラ水郷長はウィンクをして、櫓に上がる階段まで案内した。


 リンムも当初はどうしたことかと訝しんでいたものの、上がったとたんに「ほう」と感嘆の声を漏らした。ここからだとムラヤダ水郷の全景がよく見えたからだ。


 段々と連なる牧歌的な茅葺屋根の家々に、『水のさと』と称される水路が碁盤の目のように流れ、広場や緑地も添えられて、さながら一服の絵画のようだ。そこかしこで回っている水車の音も心地良い。


「やはり、いい場所だな、この郷は……」


 リンムがそう呟くと、女騎士スーシーも、聖女ティナも、「きれい」と素直に嘆息した。


 もっとも、オーラ水郷長がこの景色を自慢する為に櫓に上げさせたわけではないことぐらい、三人共に分かっていた。


 だから、リンムが相手の出方を見ようと、まずはスーシーに視線をやって、


「そうそう、オーラよ。紹介が遅れたな。こっちは俺の義娘のスシ――」

「スーシー・フォーサイトの間違いだろう?」

「………」


 咄嗟にリンムたちが険しい表情になると、オーラ水郷長は「ふん」と短く笑ってみせた。


「そりゃあ知っているとも。俺を誰だと思っている?」

「ムラヤダ水郷長――いや、王国のAランク冒険者、たしか二つ名は『天高く吠える狂犬』だったよな」


 リンムがそう応えると、ティナはともかく、スーシーが顔色を変えた。


 ちなみに余談だが、冒険者ギルドは各国に存在する。ランク昇格の査定は国ごとで異なるが、最高峰のAランクだけは全ての国のギルド上層部によって厳しく審査される。


 結果として、Aランク冒険者はこの大陸では五指にも満たない――帝国に二人、王国と法国に一人ずつだ。また、その実力は騎士団長を超えるとまで謳われる。


「はは、懐かしいな。そう呼ばれるのも。まあ、今となっては引退したAランク冒険者だがな」

「もしや、王都でスーシーと面識があったのか?」

「いや、ないぞ。ただ、俺が冒険者を引退して田舎ここに帰ってきたのがおよそ四年前。それに対して、彼女が神聖騎士団に入ったのが五年前で、若い女性ながらにすぐに頭角を現した。当然話題にも上がった。当時王都にいて、多少の武芸の心得があって、彼女を知らない者はいないほどにな。そもそもスーシー・フォーサイトと言ったら、この地方での立身出世の代名詞だ。知らない方がおかしいぐらいだ」

「ほう、それほどだったのか?」


 リンムはオーラ水郷長の言葉に驚いて、スーシーへと振り向いた。


 スーシーは少しだけばつが悪そうにもじもじしていたが、すぐにもとの表情に戻ると、


「お会い出来て光栄です。オーラ水郷長殿。いつぞやの魔獣討伐の際にはお世話になりました」

「まあな。それこそ、四年前の話だよな」


 オーラ水郷長が懐かしそうに目を細めると、リンムが「魔獣討伐?」と話の先を促した。


「そうだ。この水郷近くの平原で魔獣が発生してな。当時、王国の騎士連中は西方紛争の対応にかかりきりになっていて、ろくに討伐出来そうにないというわけで、俺が駆けつけたわけだ」

「あのときは本当に申し訳ありませんでした」

「構わんさ。そもそも君はあのとき、ただの一団員だろう? 騎士団を動かせる立場にはなかったはずだ」

「それでも、王国民を守るのが神聖騎士団の役目です」

「真面目だな。さすがは『王国の盾』だけはある」

「王国の盾?」


 リンムが鸚鵡おうむ返しで尋ねると、オーラ水郷長は「知らんのか?」と返した。


「王国の四大騎士団のうち、矛が暗黒騎士団で、盾が神聖騎士団だ。あと、冠が近衛騎士団で、羽が魔導騎士団とされている」

「冠は何となく分かるが……羽とは?」

「筆のことだよ。魔導騎士団はもとを辿ると、法国の神学校に対抗して作られた、王国の魔術学校――その出先機関みたいなものだからな。今も騎士団というより、怪しげな研究施設に近い」

「ほう。怪しげなのか?」

「まあ、偏見だな。俺たち武芸を好む者からすると、魔術や法術のたぐいはどうもよく分からん」


 オーラ水郷長はそう言って、やはり意味ありげに聖女ティナに対してちらりと視線をやった。


「で、結局、そっちの自称お嫁さんはいったい誰なんだ?」


 そう尋ねられて、ティナはスーシーと目を合わせた。そして、二人してリンムに問うような眼差しを向けてきた。だから、リンムはやれやれと肩をすくめてみせると、


「構わないよ。オーラ水郷長は信頼に足る人物だ。この通り、竹を割ったような性格で裏表がない。ここで身分を明かしても問題ないさ」

「おいおい、リンムよ。その言い方じゃあ、まるで俺が脳筋みたいじゃないか?」

「違うのか?」

「いや、まあ、違わんが……」


 オーラ水郷長は口ごもりながら頭を掻いた。


 そんなやり取りを見て、ティナはくすりと笑みを浮かべると、やっと気持ちが固まったのか、


「ご挨拶が遅れました。私は、セプタオラクル家の三女で――」

「ちょ……っと待て。ま、まさか……あんたは!」

「はい。法国の第七聖女を務めております、ティナと申します」


 直後、オーラ水郷長は膝を突いて跪礼した。


 Aランク冒険者はその希少性ゆえに、たとえ平民出身でも王侯貴族と対等に話せるだけの立場を保証されるわけだが、相手が聖女となると話は別だ――


 そもそも、法国の誇る聖女は女神クリーンの代理人とされて、時と場合によっては王族よりも上に位置づけられることがある。


 もちろん、そこには王権と神権のせめぎ合いという泥臭い政治的駆け引きもあるわけだが……


 何にしても、ティナはこう見えて、「さすがですわ、おじ様」と繰り返す阿呆のなどではない―― 一国の頂点すら傅かせるほどの身分なのだ。


「大変失礼しました。第七聖女様だとは露知らず、これまでの無礼をどうかお許しくださいませ」

「リンムおじ様のご友人のようですから、おじ様の顔を立てて、もちのろんで許しますわ」

「あ、ありがとうございます……ところで、一つだけ、質問が……」

「はい、何でしょうか?」

「先ほど、リンムの嫁と主張なさっていたようですが?」


 その瞬間、リンムも、スーシーも、額に軽く手を当てて「はあ」と小さく息をついた。


「よくぞ聞いてくださいました! 私は今回の任務を終えたら、新たなしゅと結婚いたします!」

「……新たな主とはまさか?」

「はい。当然、リンムおじ様のことです」


 ティナはいかにも幸せの絶頂みたいな満面の笑みを浮かべていたが――


 その一方で、オーラ水郷長は三日前に食べた物をいまいち思い出せないような顔つきだったし、スーシーもどこか目の色が濁っていたし、当然のことながらリンムはというと、顔に両手を当てて俯いていた。


 若い女性にこれほどまでに言い寄られてさすがに悪い気はしなかったが……まさか四十を超えて、照れ隠しをすることになるなど、リンムにしても思いもよらなかっただろう。


「そんな照れ顔も――さすがですわ、おじ様」


 ティナは「ふんす」と胸を張って、結婚後のあれこれを勝手に妄想しだしたのだった。



―――――



ちなみに、これまでのしゅとは女神クリーンのことを差すので、法国では百合の花が咲き乱れていますし、基本的に聖職者は異性と結婚しません。

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