第18話 水郷に到着する

 リンム・ゼロガードたちは森には出ず、逆に洞窟内を進んでいた。


 もっとも、洞窟内なのにきちんと通路になっていて、地面はきれいに整地されている上に、火魔術を利用した灯りも一定の間隔で備えられている。


 周囲は無骨な土壁だが、先ほどの邸宅内と似たような様式で、しかも緩やかな上がり勾配にもかかわらず足腰に負担がこない。また、通路自体もどうやら目的地に合わせて張り巡らされているようだ。


 これほどにしっかりと作られた地下通路の存在を見逃してきたわけだから、『初心者の森』を知り尽くしたと思い込んでいたリンムは反省しきりだった……


「ここも邸宅と同じ様に……さっきのヤモリ、コウモリたちが作ったのかね?」


 リンムの問いかけに、ダークエルフの錬成士チャルは「その通りだ」と肯いた。


「もともと、ダークエルフは洞窟内に住んでいた種だからね」

「いや、ちょっと待ってほしい。エルフ種といえば、普通は森だろう?」

「たしかにエルフはそうだが、ダークエルフは違うぞ」


 チャルにそう断言されて、リンムも「ふむん。そういうものなのか」と返すしかなかった。


 とはいえ、そんな地下通路を足早に進んで、今度は階段を下りて鉄扉までやって来ると、チャルはリンムたちの前に進み出て片手で制した。


「ちょっとだけ待ってほしい。一応、外の確認をしておきたい」


 そう言って、チャルはスキルの『索敵』を使った。


 本来は狩人など斥候系の職業でないと持てないスキルのはずだが、魔術師を名乗ったチャルはしれっと使用した。棒術といい、錬成といい、多彩な人だなと、今度はリンムも感心しきりだ。


「外には誰もいないようだ。それでは出るぞ」


 鉄扉を開けると、開けた高台に出た。


 ためしに振り返ってみると、そこには大岩があるだけだった。


 大岩に設置されているはずの鉄扉はもう視認出来ない。認識阻害で隠されてしまったようだ。


 何にしても、リンムは改めて眼科の風景を眺めた。


「どうやらここは――ムラヤダ水郷のすぐ上の高原だな」


 高台から草原を下っていけば、すぐにムラヤダ水郷に着く。


 王都へと続く長大な河川に繋がる湖――そのすぐそばで栄える段々とした水郷で、村の中に幾重もの水の通り路が設けられている。


 村の周囲には水堀があって、その堀の斜面には何物の侵入も許さない、杭のような逆茂木。さらに木塀を立てた上に、村の入口にも櫓門を設けて自警団の村人たちが立哨していた。


 さすがに王国南部の穀倉地帯の水源を一手に担っているだけあって、イナカーンの街よりも遥かに警備は厳重だ。


 そんな門の前に立っていた屈強な二人の青年が遠くにいるリンムを見かけて、人懐っこく手を振ってくる。


「おーい! そごにいんのは、リンムさんじゃねえが?」

「うおお! リンムさん、久しぶりだべええー!」

「やあ、お前たちも久しいな。元気だったか?」


 冒険者ギルド経由の依頼クエストなどで何度もここには通ったことがあるので、リンムも慣れたものだった。


 だから、リンムたちが櫓門のそばまでやって来ると、


「おんや。珍しい。リンムさんが女連れだべ」

「よーぐ見たら、一人はいつもの旅商人の嬢ちゃんじゃねえか?」


 二人の青年が目敏くチャルを見つけて声をかけた。


 もちろん、チャルはすでに認識阻害によって人族の女性に扮している。長い耳を隠して、肌色を淡く、うっすらと化粧を施した程度だが、それだけでもずいぶんと印象が変わるものだ。


 そんなチャルは「やれやれ」と肩をすくめてみせると、


「なあに、途中でこの一行と出会ってな。一緒に来させてもらっただけさ」


 そう言って、背負っていた荷物を下ろした。


 青年たちはその荷をてきぱきと点検し始める――ところで、この二人に血縁はないのだが、不思議と双子のようによく似ているので、間違われないようにと一人は金髪を左側だけ伸ばして、残りは剃髪。もう一人は逆に右側だけ伸ばしている。


 身に纏っているのはどちらも軽装備だが、やはり左側に重点を置いて肩当てや胸当てなどを着けて、逆もまた然りだ。


 見た目はちょっとばかしあれだが……さすがに大きな水郷を守るだけあって、領都の騎士に劣らない実力を持っているのは所作などからも明らかだった。


 さて、そんな青年たちが「んだ」、「うんだ」と肯き合ってから、


「荷は問題ねえべ。いつものようにポージョンの販売と、素材の買取りでええべか?」

「ああ、それで構わない。郷に入っても良いだろうか?」

「えべ。えべ。ささ、どんぞ」


 チャルは「それでは先に行くぞ」とリンムたちに伝えてから、櫓をくぐってなぜか足早に去ってしまった。


「で、リンムさんの方はこげなべっぴんさんら連れて、何しに来たんだべ?」


 話を振られたので、リンムは女騎士スーシーと聖女ティナにちらりと視線をやった。


 実は、事前に三人で話をまとめていた。ここでスーシーたちの身分を正直に明かしても混乱するばかりなので、それを伝えるとしたら水郷長一人のみ――だから、当面はリンムたち三人で観光に来たという触れ込みにするつもりだ。


 そもそも、リンムは冒険者ギルドを通じて正式に聖女一行の観光・・の護衛を任されたわけだから、あながち嘘はついていない。いわゆる方便というやつだ。


 そんなわけで、リンムがその通りに答えようとすると、唐突に青年たちが「もしや――!」と色めきだった。


「このおなごは、リンムさんの娘っごだべか?」

「おお、そうに違いねえべ。父さんに似て、めんこいものなあ」


 そんなふうに勝手に納得したものだから、すかさずスーシーが乗じる。


「めんこいなんて……ありがとうございます。それはそうと、はじめまして。私はリンム義父とうさんの娘のスー……んん、ごほん。スシ・ゼロガードと言います。よろしくお願いします」


 スーシーはそう挨拶して、ぺこりと頭を軽く下げた。


 もちろん、これも偽名以外は嘘をついていない。孤児院で娘同然に育ったわけだし、今の子供たちはリンムのことを「おじさん」と呼ぶが、スーシーの世代はたいてい「義父さん」だ。ギルドの受付嬢のパイ・トレランスですら、油断しているとたまにそう呼んでしまうことがある。


 それにスーシー・フォーサイトはイナカーンの街出身ということもあって、この地方では立身出世の有名人だ。長らく田舎には帰って来なかったから、その外見を知る人はほとんどいないはずだが、本名を名乗るのはさすがにはばかられた。


 すると、ティナがそんなスーシーを差し置いて、なぜか一歩だけ進み出てきた。


 直後、リンムも、スーシーも、なぜだか嫌な予感というか、虫の知らせというか、ちょっとした胸騒ぎがした。


「私はティナといいます。勘違いなさらないでくださいね。私は娘ではなく――です!」

「…………」


 しばらくの間、しーんとした沈黙だけが過ぎたわけだが……


 これまたもちろん、ティナは一切の嘘をついていなかった。気持ちはすでにリンムの本妻気取りである。


 すぐ隣でリンムやスーシーが「あちゃー」と額に片手をやっていても気にも留めていない。


 もっとも、立哨していた青年たちはリンムのことを働き者として高く評価していたからこそ、


「リンムさん! 水くせーべ! いつの間にこんな娘さんと――」

「んだべ。若くできれいな嫁さん、もろとったんだべか?」


 そんなふうにティナのことを後妻か何かとみなしたようだ。


 こうして既成事実が一つ作られてしまったわけだが……否定しづらい空気ではあったので、何にしてもリンムは逆にスーシーやティナに対して二人の青年のことを紹介することにした。


「ええと、こちらの左髪が、テーレ・ビモネン。そして、こちらの右髪がラージ・オモネンだ。双子のように見えるが、実は血は繋がっていないらしい」

「「よろじぐな!」」

「ところで、早速、水郷長に会いたいのだが、どこにいるだろうか?」


 リンムがそう尋ねると、左髪のテーレが真上に向けて大声を発した。


「おーい、おさよお! リンムの旦那が用あるってよおお!」


 リンムが見上げると、櫓の上にはいかにもナイスミドルで口髭をきれいに整えた、豊かな体躯の男が突っ立っていた。


 その男が梯子や階段も使わずにリンムたちの前に飛び降りて、すとんと華麗に着地する。大男のわりにはずいぶんと軽い身のこなしだ。


「何やら騒がしいと思ったが……久しぶりだな、リンムよ!」

「ああ。そっちも壮健そうで何よりだ。そうそう、娘のスシ・・、それに妻のティナよ。この人物こそが――」


 リンムはそこで言葉を切ると、まるで長年の親友でも紹介するように胸を張った。


「オーラ・コンナー、ムラヤダ水郷長だ」



―――――



というわけで、第三編に入って、おっさん一人追加です。正確にはゲスデスもおっさんなので、二人追加です。


ところで、オーラ・コンナームラヤダ水郷長に、テーレ・ビモネン、ラージ・オモネンと、何だかどこかで聞いたことがある気もしますが……きっと気のせいです。はい。


ちなみに、ネタをご存じない若い方は、「IKZOLOGIC」あたりでググっていただけると助かります。

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