ムラヤダ水郷編

第17話 おっさんは朝食を作る

 リンム・ゼロガードたち一行は結局、洞穴邸宅で一泊することになった――


 しかも、この邸宅には客人用の部屋がなかったので、錬成室の広いスペースに毛布を敷いて、皆で雑魚寝することにした。


 夜半となり、リンムや女騎士のスーシーが眠気に勝てずに横になっても、ダークエルフの錬成士チャルと聖女ティナとの会話はずっと続いているようだった。


 遠くのロングテーブルからぼそぼそと聞こえてくる声音はかえって心地良く、どこか子守唄のようで、リンムとスーシーはすぐに寝入ってしまったわけだが……


 ……

 …………

 ……………………


「……ん? 何だか体が重いな」


 ふいにリンムは目を覚ました。


 この錬成室は地下にあって、日が差さないので今の時刻は分からない。


 ただ、リンムが起き出したということは、そろそろ朝になっていてもいい頃合いだ。


 というのも、教会付き孤児院の集団生活で規則正しく育てられて、その後も朝一から冒険者ギルドで依頼クエストを探すことを日課にしてきたリンムには、体内時計がしっかりと備わっていた。


 とはいえ、リンムは起きがけ早々、ギョっとすることになった。


「そ、そんな馬鹿な……」


 何しろ、聖女ティナが上に乗っかっていたのだ。


 猫みたいに丸まって、重石のように動いてくれない……リンムを筋肉の布団か何かと勘違いしたのだろうか……


 はたまた身分の高い者は、人を下に敷いて眠る習慣でもあるのか……


 さらには女騎士スーシーまでもが、リンムの右腕をしっかりと掴んで離してくれなかった……


 たしかにスーシーが子供の時分にはこうして一緒に寝てあげもしたが……もう甘える年頃でもないはずだ。


 さすがにダークエルフのチャルだけは離れたソファに背をもたらせていたが、昨晩ずっと話をしていたせいだろうか、まだぐっすりと寝入っている。同様に、ティナもぴくりとも動かない。


「まいったな、これは……」


 そんなリンムの呟きに気づいたのか、すぐ隣にいた女騎士スーシーが瞼の上をごしごしと擦った。


義父とうさん……おはよう」

「うん。おはよう。ところで、スーシー」

「なあに?」

「俺の上でぐっすりと眠っているこのをどかしてほしいんだ」

「――っ!」


 スーシーは事態に気づいて、「むすっ」と両頬を膨らませた。


 そして、即座に起き上がって、ティナをお姫様抱っこしてあげると、ソファの方に持っていった。


 ここらへんは孤児院で育ったこともあって、小さな子供たちの対応をしていたからさすがに慣れたものだ。


 そんなスーシーはティナをソファに横たわらせると、チャルの膝を枕にして寝かせつけた。チャルが一瞬だけ、「むう」と不快そうに呻ったが、こちらも起きる気配がない。


 一方で、ティナは「良い筋肉……」と寝言をいいながら、チャルの膝をさすさすしている。やはり貴族や高位の聖職者には特殊な嗜好があるのかもしれない……


 何はともあれ、リンムはやっと上体を起こして、「んー」と、いったん伸びをした。


 若い頃とは違って、たとえ毛布を敷いていても、硬い床石の上だったのでどうにも腰が痛い。体も十分に休めたとはいえず、そこかしこの関節が悲鳴を上げていた。


「やれやれ……朝食は回復用のハーブを入れて、簡単に作るとするか」

「義父さんが作ってくれるの?」


 スーシーが、ぱあっと喜色を浮かべて駆け寄ってきた。


 そういえば――と、リンムはふいに思い出した。イナカーンの街の冒険者ギルドで受付嬢をしているパイ・トレランスが一緒に食事することを楽しみにしていたな、と。


「すまんな、パイ。先に義娘スーシーと食べさせてもらうよ」

「ん? どうしたの、義父さん?」

「いや、何でもない」


 リンムはそう応じて、アイテム袋から幾つか食材を取り出した。


 この錬成室に台所はなかったが、薬草などを洗う為の流し台と火魔術で着火する簡単なコンロがあったので、リンムはそこを使うことにした。


 スーシーが子供の頃みたいに「どれどれ」と、リンムに引っ付いてのぞき込んでくる。


「こら。邪魔だ」

「別にいいじゃない。何を作るの?」

「ハーブせんべいだよ」

「懐かしい。おやつによく食べさせてもらっていたっけ?」

「どうやって作るか、覚えているか?」

「…………」


 とたんに、スーシーはしゅんとなった。


 たしかにあの頃は男の子たちに混じって棒切れを振り回していた時間の方がよほど長かった。


 リンムは「仕方ないか」と小さく息をつく。


「じゃあ、作ってみせるから、今度はちゃんと覚えていきなさい」

「はーい」


 まず、回復用のハーブということで、リンムはニラに似た独特の香草を取り出した。


 それを流し台で軽く揉んで洗ってから、親指の長さほどに短剣ナイフでさくさくと小気味良い音を立てながら切っていく。


 そして、大鉢の中に小麦粉、塩を少々、水を木杯コップ半分ほど加えて混ぜて、そこに切った薬草を入れた。


 次いで、使い古された鉄鍋も取り出すと、火打石でコンロに火を点けてから、鍋上に菜種油を広げて加熱し、先ほどの混ぜた生地を入れて、うっすらと焼き色が付いたところで裏返す。


「本当は生地を少し寝かせた方が美味くなるんだがな」


 リンムはそうこぼしつつも、一枚目を焼き上げて木皿に取った。


「十分よ。美味しそう!」


 スーシーは「きゃあ」と子供みたいに声を上げる。


 その声と匂いで気づいたのか、ダークエルフのチャルが起き出すと、膝に乗っていたティナも「ううん」と目を擦った。


「おはようさん。よく眠れたか?」

「……朝食を作っていたのか?」

「ああ。すまないが、勝手に流し台とコンロを使わせてもらっていたよ」

「構わん。それより良い匂いだな。何を作っていたのだ?」


 リンムは簡単に説明してから、ハーブせんべいを小皿に切り分けた。


 二人が起き出したこともあって、リンムは追加でハーブせんべいを手際よく作っていく。


 ついでに燻製肉もアイテム袋から取り出して薄く切り、またチャルから幾つか野菜や木の実などをもらって、サラダを盛りつけていった。


「さすがですわ。おじ様」


 朝からちょっとしたご馳走になって、ティナも眠気が吹き飛んだようだ。


 そんな楽しい朝食もすぐに済んで、リンムたちはついに旅支度を始めた。もっとも、見送りをするはずのチャルはなぜか外套を纏って、荷物を背負いだしたので、リンムが目を細めていると、


「お前たちはイナカーンに戻らず、これからムラヤダ水郷に行く予定なのだろう?」

「たしかにその通りだが……」

「私もちょうど買い出しに行こうと思っていたところだ。水郷までは付き合うよ。それに森の中を行くよりも、安全な近道を知っている」

「ほう。それは助かるな」


 そんなわけで旅は道連れ世は情け――こうしてリンム一行に一時的にダークエルフの錬成士チャルが加わったのだった。



―――――



作中で出てきたハーブせんべいですが、これは信州地方でよく作られている『にらせんべい』を参考にしています。


作者が子供の頃によく作ってもらったお菓子で、塩だけでなく、味噌なども入れて、味を変えて、手軽に食べられますので、小腹が空いたときにでもぜひどうぞ。

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