第16話 盗賊と傭兵は備える
「ところで、リンム・ゼロガードといったか。その剣技は独学ではなかろう?」
ダークエルフの錬成士チャルに尋ねられて、リンムはぽりぽりと頬を掻いた。
「その通りだよ。私の師は――妖精だ」
リンムがそう答えると、チャルは「ふむん」と息をついた。
もっとも、女騎士スーシーと聖女ティナは「え?」と呟いてから、リンムの返事を口の中で反芻した。
「妖精……妖精……って、あの妖精?」
「もしくは養成でしょうか? 何でしたら……ヨウセイという名のおじ様のご友人かしら?」
「まあ、普通はそういう反応になるだろうな」
リンムは二人に対して微笑を浮かべてみせた。
これまでも同じ話を冒険者の知り合いなどにしたことはあった。
だが、彼らは全員、冗談か何かと思ってまともに取り合ってくれなかった。冒険者ギルドのギルドマスターことウーゴ・フィフライアーとて眉間に深い皺を刻んだほどだ。
そもそも、妖精から剣技を学ぶなど、それこそキャベツ畑で赤ちゃんが生まれるとか、コウノトリが運んでくるとか、そういった
それだけに、リンムの話を真剣に受け止めようとして、かえって戸惑っているスーシーとティナのあり方は、リンムにとってうれしい反応だった。
ただ、問いかけてきた当のチャルはというと、さもありなんと信じ切っているふうだ――
「なるほどな。妖精ラナンシー殿の教え子だったわけか。そういえば、以前、人族の若者に戦い方を教えたと仰っていたことがあったな。この森の魔獣退治を一任したとか」
「やはり、師と知り合いだったのか?」
「ふふ。知り合いも何も……いや、いいか。本人から直接聞くといいさ」
チャルはそう言って、ロングテーブルに腰を落ち着けて手紙を書き始めた。リンムを信用してくれたようだ。
すると、女騎士スーシーが好奇心で目を爛々と輝かせながらリンムのそばまでやって来て質問攻めにする。
「
先ほどの女豹もとい聖女ティナよりもよほど積極的にぐいぐいとくるスーシーに対して、リンムは閉口するしかなかった。
そういえば、この
一方で、ティナは手紙を記しているチャルの向かいにゆっくりと腰を落ち着ける。
「今、幾つかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「構わないぞ。何が聞きたい?」
「まず、魔獣についてです。なぜ、魔獣がこの『初心者の森』で発生しているのでしょうか?」
「ふむ。その質問の前に確認したいのだが――現在の法国では魔獣の発生原因をどう説明しているのだ?」
「魔族の住処とされる『奈落』から這い出てくるとされています」
「住処? 這い出てくるだと?」
「違うのですか?」
チャルは筆を止めて、「はあ」と深いため息をついた。
「まさかと思うが……クリーンが残した本か何かにそう記してあったのか?」
「いえ。女神クリーン様は聖典などは一切残しておられません。むしろ、残したのは――」
「ああ、待て。皆まで言うな。そうだった。思い出したぞ。法国の聖典などの元となった与太話をこしらえたのは――私の師匠の、さらにお師匠様だった」
「……え?」
「はあ。この話をすると長くなるから今は
「…………」
「さて、魔獣は――どこにでも発生する。
「そんな馬鹿な!」
「事実だ。そもそも、この森にいる小さな妖精たちは何だと思っていた?」
「それは……天使か何かかと……」
「ふふ。天使ときたか。冗談にしては面白い例えだな」
チャルが手紙を書き終えて、やれやれと肩をすくめてから頬杖をつくと、ティナはからかわれたような気がして「むむむ」と両頬を膨らませた。
「いや、失敬。妖精たちは天使などではない。むしろ、真逆だよ。何せ、
「妖精たちが魔物!」
「その通りだ。魔獣とさして変わらない存在だ。魔核を持って不死性を有している。ここにいるヤモリやコウモリたちと同様にな」
直後、ティナはがたんと席を立った。
魔獣にせよ、魔物にせよ、魔に連なる眷族は法国にとっては不倶戴天の敵だ。ティナは神学校でそう教わってきたからこそ、杖を取り出して臨戦態勢を取った。
もっとも、その杖はすぐに横合いから何者かによって掴まれた――リンムだ。
「このヤモリたちが君に何かしら害を加えようとしたかね?」
「そ、それは……」
「かつて俺が師から教わった言葉をそっくりそのまま伝えようか――人族にも善人と悪人がいるように、魔族にもまともな者とそうでない者がいる。見た目と思い込みだけで相手を差別する愚を犯してはならない」
「…………」
同時に、「キュイ」とヤモリの小さな鳴き声が上がった。つぶらな瞳でじっとティナを見つめている。
そんなリンムの言葉とヤモリの表情によって、ティナの中で何か憑き物でも落ちたのか――
再度、ゆっくりと座り直して、「ふう」と小さく息をついてから、ティナは改めてチャルに向き合った。
「申し訳ありません。御見苦しいところをお見せしました」
「構わんよ。それより、質問は魔獣についてだけでいいのか? 他に聞きたいことがあるならば、今のうちに答えるぞ」
「それでしたら教えてほしいのです。魔族とは何なのか? それにそもそも――『奈落』とはいったい?」
「ふむん。いいだろう。今日の夜はどうやら長くなりそうだな」
さて、リンムたちがダークエルフの錬成士チャルの洞穴邸宅で話をしていた頃――
夕日で煌めく穀倉地帯の大河に沿って、商隊を強襲した
もっとも、さすがに片田舎でも人の目があるので、柄の悪い盗賊とは気づかれないように冒険者風の重・軽装備に着替えて、さらには何組かに分かれて移動している。
その
自らの悪行を自ら討とうというのだからマッチポンプにも程がある。
とはいえ、王国屈指の神聖騎士たちとやり合ったにもかかわらず、盗賊たちに欠員は出ておらず、被害もさしてひどくない。
もちろん、それには二つの理由があった。
まず、盗賊たちの後詰として控えていた
「なあ、あんたら……オレらはいったい何と戦わされたんだ?」
盗賊のいかにも頭領といった大男――ゲスデス・キンカスキーが自分たちとは肌合いの違う傭兵のリーダーに語りかける。
「明らかにあれは商隊なんかじゃなかっただろ? あんたら同様に、正体を隠した訳ありの連中だった」
「ほう。我々を訳ありだと?」
「そりゃそうだ。さっきの連中も、あんたらも、明らかに正式な騎士として訓練を受けてきた奴らだ。正直なところ、オレらだけだったら、とっくにこの首が胴体から離れていたところだぜ。こんちくしょう」
「ふむ。我々のことを……騎士だとみなしたわけか」
そのとたん、傭兵のリーダーは目の色を変えた。
同時に、ゲスデス・キンカスキーは慌てて両手を振って、「おいおい、ちょい待てよ」とおどけてみせる。
「あんたらの詮索なんてするつもりはねえし、そもそも興味だってねえよ。ただ、これ以上、面倒な連中と事を構えさせられるのは御免だってこった。報酬を上げてもらわなきゃ、堪ったもんじゃねえ」
「…………」
「なあ、姉御だってそう思うだろ? そもそも、この案件を拾ってきたのは姉御じゃねえか。何とか言ってやってくれよ」
急に無言になって、不穏な空気を纏った傭兵のリーダーだったが、頭領のゲスデスに話を振られた女性が近づいてくると、すぐに目を伏せて害意を隠した。
ちなみにこの盗賊たちは弱くない。そもそも、商隊に扮した神聖騎士たちと数合もやり合ったぐらいだ。
さらに言うと傭兵たちは確実に強い。正確な身分を隠してはいるが、明らかに神聖騎士たちと同格といっていい連中だ。
だが、そんな傭兵たちでも一目置いている存在がいた。
先の襲撃の最中、たった一人で神聖騎士たちに割って入って蹴散らした――今回の事件の首謀者だ。
「いったい何ですか? 下らない喧嘩なら他所でやってほしいのですが? 黙らせてほしいなら、首でもはねて差し上げますよ?」
さながら夏の満月のように煌々とした、それでいてどこか狂気の混じった声音が二人を一喝した。
頭領のゲスデスは即座に、「いやいや、喧嘩じゃねえよ」と、これまた慌てて否定した。
また、傭兵のリーダーも相変わらず無言だったが、一応はぺこりと首肯してみせる。
「ならば、構いません。どうやら先ほどの商隊はイナカーンの街に向かったみたいですね。とりあえず、私たちはこの河川先にある水郷でいったん作戦を練り直すとしましょうか」
こうして聖女ティナたちが扮した商隊を襲った一行は、夕方のうちにムラヤダ水郷へと入ったのだった。
―――――
長らくお読みくださって本当にありがとうございます。ここまでで第一章の約半分となります。
ご存じの通り、拙作はカクヨムコン8参加作品ということで、☆や♡やコメントなど、暫定でも構いませんので評価をいただけますと、作者のモチベーションアップとなって頑張れます。何卒、よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます