第14話 強者(前半)

「『妖精の森』に行って、とある人物に手紙を渡してほしいのだ。そのついでに妖精の羽も手に入れて来ればいい。一石二鳥とはまさにこのことだろう?」


 なるほど。悪くはない条件だなとリンム・ゼロガードは考えた。


 とある人物が誰なのかは気になったが、リンムの知る限り、かの地には小さな妖精たちを除けば、まともな・・・・人物は一人しかいない。


 その者がダークエルフの錬成士チャルの言う人物と同じならば、リンムも知らない仲ではないので助かるし、何より『妖精の森』付近でいちいち迷わされずに済む。


 もっとも、チャルはというと、「こちらに来い」と言って、広い錬成室の中でも開けたスペースにリンムを誘いだした。


「あの『放屁商会』に認められてここに来たわけだから、一応の実力は担保されているはずだが……こちらとしても私的な依頼プライベート・クエストを出しておきながら、手紙を抱えたまま野垂れ死にされては困るのでね」

「つまり、俺の実力を試したいと?」

「そういうことだ。最近はつまらん魔族のせいで、魔獣もやたらとうろついているしな」


 チャルがそう言うと、聖女ティナがいかにも何か聞きたげにうずうずとし始めた。


 ただ、これからリンムが試されるということで、邪魔はしたくないらしい。しばらくそわそわとしていたが、唇をギュっと引き結ぶと、リンムの為に胸の前で両手を組んだ。


 そんな健気な様子にチャルも気づいたのか、


「この大陸の聖女よ。質問があるなら別に構わないぞ。この男が勝ったら、お前の問いにも答えてやろう。どのみち『奈落』の封じ込めはクリーンが編み出した、頭のおかし――ごほん。あれ・・なる法術が最も効果的なのだ。忌々しいことにな」

「ありがとうございます」


 ティナはそう応じると、リンムに向けて「おじ様、こちらで見守っております。頑張ってください!」と言ってきた。


 その隣にいる女騎士スーシーも、こくりとリンムに肯きを寄越す。


 リンムとしてはあれ・・なる法術とかいう持って回った表現が気になったが……


「やれやれ。急に責任重大になってきたな。それで勝敗はどうやって決めるのだね?」

「私に剣先でも当てられれば、お前の勝ちでいい」

「それだけか……分かった」


 リンムはそう短く答えると、片手剣を抜いて正眼に構えた。


 それを見て、スーシーは驚いた。狼の魔獣を瞬殺した居合を使う素振りすら見せなかったからだ。つまり、真っ向勝負で挑まなくてはいけないほど、リンムはこのチャルを手強い相手とみなしているということだ。


 だから、スーシーは悔しそうに下唇をギュっと強く噛みしめると、


「たしかにあのダークエルフは強い……先ほどの認識阻害で周囲に潜まれたら、私にはひとたまりもない。それでも、一見して届かないほどの力を持った相手には思えなかったのだけど……」


 そう呟きつつも、スーシーには見抜けなかった力の差をリンムがきちんと把握していたことに愕然とするしかなかった。


 何にしても、試練はすぐに始まった――


「では、冒険者よ。かかってこい」

「ああ、チャルよ。行くぞ!」


 リンムはそう声を上げるや否や、スキルの『威圧』を発した。


 Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツがリンムに向けてよく放っていたので、リンムも苦労せずに覚えられたわけだが――当然、これは相手に対して『硬直スタン』を狙ったものだ。


 認識阻害の闇魔術を使用するには、術式構築の為に呪詛を謡う必要がある。


 それにたとえ無詠唱だとしても、魔術展開までわずかなタイムラグは発生する。だからその隙を突いて、リンムは初手でチャルを動けなくさせようとしたわけだ。


 実際に、チャルは「ほう?」と驚いた顔を浮かべてみせた。明らかに足が止まっている。


「そこだ!」


 リンムはすかさず前進して、片手剣を振るった。


 さすがに全力で振り切ったら、相手に怪我を負わせてしまうので、寸止めにしたわけだが……


「手応えが……ないな」


 どこかおかしいと、リンムはすぐに気づいた。


 直後、眼前にいたはずのチャルが蜃気楼のように揺らいだ。


 次いで、薙いだ後のリンムの脇腹を狙って、横合いから突きのような鋭い空圧がやってきた。


「うおっ!」


 リンムは咄嗟に横転してかわした。


 同時に、ドンっと。何かにぶつかった――ロングテーブルだ。


 フォレストウルフの肝が机上にあるので、これは先ほどまで使用していた机のはずだ……


 当然、リンムからすれば、そこまで一気に飛びのいた覚えはなかった。


 そして、瞬時に悟った――認識阻害がチャル自身にだけでなく、この場にも・・・・・使われていたのだ。


 おかげで本来ならそこにはないはずの物がすぐ真横に現れ出てきた。しかも、この認識阻害は戦い始めてから使用されたものではない。事前に仕込まれていたに違いない。


 となると、この錬成室に入ったときか? 


 それとも、邸宅に招かれたときか? あるいは、もっと前にこうなることを予期していたのか?


 何にせよ、リンムは珍しくギョっとした。


 もしこの長机が設置系の罠だったなら、リンムはとうに重傷を追っていたはずだ。いわば、チャルによる初手はご丁寧にも警告だったわけだ。


「これほどまでに搦め手を得意とした相手が厄介なものだとはな……」


 リンムはそう独りちて、思考の罠に嵌まっていた。


 この錬成室にある物全てがさながら牙を剥いて、今にもリンムに襲いかかってこようとしているように映ったせいだ。


 今となっては、距離を置いて応援してくれている女騎士スーシーや聖女ティナでさえも、本物かどうか疑いたくなってきたほどだ……


 自らの五感を頼れないわけだから、本当に堪ったものじゃない……


「さて、どうする? どう動く?」


 すると、リンムの足が逆に止まったところで、蜃気楼のように揺らいでいたチャルが杖を片手にリンムへと突っ込んできた。


 リンムは目を細めた――果たしてこのチャルは本物なのか、否か。先ほどの手応えからすれば、偽物のはずだが……


 もっとも、リンムには考える隙すら与えられなかった。


 というのも、チャルの棒術が凄まじかったのだ。いったいどこで免許皆伝したのか。魔術士のくせして達人の域に届いていた。


 とはいえ、これは別段、驚くには値しなかった。もともとダークエルフは長寿の種族だ。その長い生の中で自らを研磨して、順当に強くなっていくので、素の身体能力ステータスは人族とは比べ物にならないほどに高い。


「そうはいっても……これもまた、堪ったものじゃないな!」


 リンムは片手剣で何とかチャルの棒術をさばきつつも周囲を警戒した。


 実際に、蜃気楼みたいなチャルとは別の方向から空気を切り裂くようにして、リンムの脇や足もとを狙った杖の突きや払いが幾度もやって来たのだ。


 しかも、それらの攻撃も認識阻害でいちいち見えないようにしているからたちが悪い……


「くう……こうなったら仕方あるまい」


 リンムはアイテム袋から幾つかやじりを取り出した。


 フォレストウルフを罠にかけたときに穴の中に隠したものだ。それらを周囲の床にぽいっと無造作に放った。


 もちろん、それでチャルを攻撃しようとか、罠にかけようとかと考えたわけではない。


 それでも、チャルは鏃を踏むことを躊躇ったのか、リンムはやっと態勢を立て直すだけのわずかな時間が取れた。


 だが、リンムにとって――今はそれだけで十分だった。


「一か八かだが、久しぶりにやってみるしかないな」


 リンムはそう言って、また正眼の構えになった。


「いいのか? 同じことの繰り返しだぞ。それでは私には決して届かない」


 どこからともなく、チャルの挑発が聞こえてきた。


 もっとも、今回のリンムは前回とは違って――両目を瞑っていた。もちろん、心眼で相手を捉えるなど、さすがのリンムをもってしても出来る芸当ではなかったわけだが……


「構わない。さあ、再戦だ」


 何にしても、リンムはそう告げてから、あるもの・・・・を感じ取ることだけに意識を集中させたのだった。

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