第12話 ダークエルフを訪問する

 リンム・ゼロガードは早速倒したフォレストウルフを短剣ナイフで捌いてその肝を取り出すと、アイテム袋に収めた。


「よし。これで肝が三つ揃ったな」

「さすがですわ、おじ様」

「う、うむ……では、日が傾かないうちに、『初心者の森』の奥に行くとするか」

「はい、おじ様!」


 さっきから法国の第七聖女ことティナ・セプタオラクルが頬ずりするほどの距離まで迫ってきて、リンムに対して事あるごとに『さすおじ』を連発してくる。


 フォレストウルフの解体は血生臭い仕事なので、侯爵令嬢の聖女様にはさぞかしきつい光景だろうなとリンムは思っていたのだが……


 意外なことにけろっとしているものだから、ここにきてリンムも「これはただの箱入りお嬢様ではなさそうだ」と考え直すことにした。


 実際に、ティナは隙あらばリンムの腕に寄りかかってくる。


 最初のうちは襲われたばかりだし怖いのかなとも思ったが、「はあ、はあ」とまるで獲物を狙う女豹のような息遣いに加えて、「じゅるり」と垂涎してくるものだから、リンムは心頭滅却してあえて見ない振りを決め込んだ。


 そもそも、相手はこれでも聖女様なので邪険にするわけにもいかず、かといって若い女性からこれほどまでに積極的なアプローチを受けたことなど、リンムの人生には皆無だったので上手くかわすすべも持たず、


「…………」


 リンムはというと、王国の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトに対して、無言で「助けて」と情けない視線をやっているのだが、当のスーシーはいかにも勤勉な騎士らしく周囲の警戒を全く怠らない。


 というか、どうやらスーシーもティナの奇行には目をつぶることにしたらしい……


 何といってもかつては第四王子をぼこりまくって婚約破棄された過去を持つ友人だ。多少の可笑しな振舞いはとうに慣れてしまっている。


「ところで、義父とうさん。さっき森の奥に隠れ住むダークエルフがいると言ってたけど……それは湖畔方面? もしくは『妖精の森』付近なのかな?」

「いや、どちらでもないよ。山岳方面だ。だから、イナカーンの街よりも、ムラヤダ水郷に近いかな」


 リンムがそう答えると、スーシーはやや考えに耽るような顔つきになった。


 ちなみに、イナカーンの街が大陸の南端に位置するとして――その北西方面に王都があって、都市に通じるまで延々と穀倉地帯、平原、高原や幾つか地方都市などが連なっている。


 一方で、『初心者の森』はイナカーンの北から東を覆うようにしてあって、森を東に進めば『妖精の森』、北東だとパナケアの花が咲く湖畔、そして北にいけば山岳地帯となっていて、そんな山々を超えたところに王国でも、法国でもない――帝国・・の辺境領が存在する。


 とまれ、帝国は今のところ話の本筋に何ら関係なく……山々の雪解け水などが流れてきて、王国の穀倉地帯を一手に支えるムラヤダ水郷寄りの森に、くだんのダークエルフは隠れ住んでいる。


 おそらくそのダークエルフは自身に認識阻害などをかけて人族になりすまし、ムラヤダ水郷で色々と物資を仕入れて生活しているに違いない。


 すると、スーシーが「ふむん」と一つだけ息をついて提案してきた。


「じゃあ、義父さん。今日は依頼が完了した後に、ムラヤダ水郷で一泊する?」

「たしかにそれもありだな。そろそろ日が傾く頃合いだし、三人で暗くなった森の中を帰るのも危険だ。かといって開けた道から戻っても、盗賊などに狙われかねない」

「実は……私たちはさっき盗賊に急襲されたばかりなの」

「何だと?」


 スーシーはこれまでの経緯をリンムに手短に話した。


「なるほど。盗賊の急襲に加えて、森に入ったら黒い野獣……いや、魔獣の群れに狙われたというわけか。あまりにタイミングが良すぎるな」

「ええ、本当に。だから、イナカーンの街にこのまま戻るより、ムラヤダ水郷でいったん様子を見たいなって考えたのよ」

「なるほど。場合によっては君の部下たちを呼び寄せてもいいという考えだな?」

「そういうこと」


 そんな話をしながらも、リンムたちはハーフリングの少女が地図に印を付けた場所にたどり着いた。


 もちろん、認識阻害が広域にかけてあるようで、リンムたちからすると、普通に森が山の断崖まで続いているようにしか見えなかった。とはいえ、一応の目印はあった――特徴的な三本杉だ。


 その付近でマジックアイテムの鈴を鳴らせと言われていたので、リンムはその通りにした。


 直後。チリン、チリン、と。


 音色はありきたりなものだったが、その波紋が目に見えて宙に広がっていく。


 同時に、リンムはアイテム袋からフォレストウルフの肝を取り出して、それと分かるように高く掲げてみせた。


「おーい! 『放屁商会』からの依頼を受けて、肝を三つ持ってきたぞ! イナカーンの街の冒険者、リンム・ゼロガードという者だ!」


 ……

 …………

 ……………………


 それでも数分ほど……静寂だけが過ぎていった。


 もしやこれは不在かなと、リンムが訝しんでいたら――いきなり背後から声がかかった。女性の声音だ。


「パーティーで来るとは聞いていないな。『放屁商会』からの知らせでは、単独ソロで腕の立つ熟練者とあったぞ?」


 リンムは驚いて振り向くも、そこには誰もいなかった。


 スーシーやティナもきょろきょろとあたりを見回すが、やはりどこにいるか分からないようだ。


 もっとも、スーシーやティナにしても敵対するつもりはさらさらなかったので、素直に自己紹介を始めた。


「こんななりだけど……私は王国の神聖騎士団長を務めるスーシー・フォーサイトと言います。こちらは法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル様です。訳あって、この森で魔獣に襲われているところを義父とう……いえ、こちらのリンム殿に助けてもらいました。同行させていただいたのは、私たちの勝手な都合に過ぎません」

「ふうん。騎士団長に聖女ときたか。これは、これは……高名なお二方にご訪問いただいて光栄の至りといったところかな」


 と言うわりには、その口ぶりにはへりくだった様子は微塵もなかった。


 それどころか、二人のことを忌々しく思うような調子で、次の台詞がどこからともなくこぼれてきた――


「道理で最近、ここらへんが騒々しいわけだ。またどこぞのつまらん魔族が這い出てきたのかな。しかも、虎視眈々と聖女を狙って……それでいながら当の聖女はというと、その罠に自ら嵌まろうとしている。やれやれ、おめでたい話だよ」


 次の瞬間だ。


 パっと森が一気にひらけると、断崖の洞窟を利用したと思しき邸宅が現れ出てきた。認識阻害が解けたのだ。


 同時に、コウモリたちが数匹、ぱた、ぱた、と羽ばたいていくと、リンムたちの背後には襤褸々々ぼろぼろの黒マントを羽織ったダークエルフの女性が突っ立っていた。


「…………」


 リンムはつい絶句した。


 これまでも美しい女性を見かけたことはあったが、このダークエルフはその比ではない。


 しかも、相当に強い。リンムはよく知っていた――これは本物の強者のみが有する佇まいだと。


 そんなダークエルフの女性はというと、「ほう」とリンムのみを品定めするかのようにめつけてから、


「私の名はチャルだ。見ての通り、ダークエルフの魔術師さ。まあ、得意分野は錬成の方だけどね。さてと、家に入ってくれて構わん。話は『放屁商会』から聞いている。たしか――万能薬がほしいのだろう?」


 そう言って、どこか不遜な空気を纏わせながらリンムたちを手招きしたのだった。



―――――



やっぱり美少女や美女はいいですね。それはさておき、☆や♡などありがとうございます! おかげでカクヨムコン8のランキングにも載ることが出来ました。お読みくださった皆様のおかげです。


ところで、ご存じの通り、拙作には課おっさん制度が搭載されています。


☆レビューや♡コメントで、「おっさんを出してほしい」という要望はやはり根強いらしく、せっかく美しい女性に溢れる作品になりかけたのに、次編からは泣く泣くまたおっさん臭さが漂うやもしれません……


その旨、どうかご了承くださいませ。

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