第11話 ロックオンされる

 王国の神聖騎士団長こと女騎士スーシー・フォーサイトは圧倒されていた。


 間近で見たリンム・ゼロガードの剣技があまりに凄まじかったせいだ。これこそが小さな頃からずっと求めてきたものだと、武者震いを止められずにいた――


 ちなみに、言うまでもないが、王国の誇る四大騎士団の一角、その頂点にいるスーシーは王国でも屈指の強者だ。


 たしかに近衛騎士団長で王国最強のジャスティ・ライトセイバーや暗黒騎士団長で新たな英雄と謳われるイワン・ストレートブレイドと比すると、経験や力では敵わないが、技量では勝ると言われてきた。


「それでも……私は小さな頃に見た義父とうさんの足もとにも……いまだに届いていない」


 女騎士スーシーはリンムの背中を見つめながら呟くと、拳をギュっと固く握った。


 あれはまだ剣を習いたての頃のことだった――リンムの仕事を手伝おうと『初心者の森』に分け入って、少年プランクのように迷子になってしまったのだ。


 しかも、ウサギみたいな小さな魔獣に襲われて、手も足も出ずにここで死ぬのかと観念したところ、


「大丈夫か? スーシー?」


 先ほどのようにリンムが駆けつけて助けてくれた。


 そのときに目撃したのは、いつもリンムが教えてくれていた、いかにも教導的な温かみのある剣ではなかった。


 それは実戦でなければ振るうことのない、相対した者を殺すことに特化した冷たい剣だった。


 結局、スーシーはそんな剣技の奥深さに魅せられて、イナカーンの街を飛び出し、武者修行の末に今の地位まで昇り詰めた。


「私に足りないのは……経験か、あるいは力なのか――否。断じて違う! 私は義父さんのような速さが足りない」


 今回、スーシーが第七聖女ティナ・セプタオラクルの外遊の供回りに願い出たのは、親友のたってのお誘いということ以上に、故郷から一向に出てこないリンムと手合わせしたかったからだ。


 もっとも、改めて相対せずとも、ティナはこの時点で悟ってしまった。


「やっぱり義父さん……いや、先生はすごいや。はあ。敵わないな」


 こんな田舎に埋もれさせておくにはもったいないほどの達人だ。


 とはいえ、感銘を受けていたのは――どうやらスーシー独りだけではなかったようだ。


「はうう。リンム……おじ様・・・


 スーシーはついギョっとした。


 ティナがいつの間にか、まるで恋する乙女のような目つきをしていたからだ。


「あんな素敵なナイスミドルがこんな辺境の地にいらっしゃっただなんて……さっきからなぜでしょうか……胸がとても熱い。もしかして、この情熱の名こそ――KOI?」


 それを耳にして、スーシーは「あちゃー」と額に片手をやった。


 たしかにティナもスーシーに負けず劣らずにわんぱくな少女時代を過ごして、武芸の素養もそれなりにあった。


 実際に、常日頃から「私に敵わない男に興味はないわ」と言い放っていたぐらいだ。おかげで王国の第四王子は散々にこてんぱんにされてきた。


 そんなティナだからこそ、あれほどの武芸の極みを見せられて、興味を持たないわけがなかった。さらに言えば、そもそもティナはリンムに間一髪で助けてもらったばかり――


 つまり、これは紛う方なく吊り橋効果だ。


 もしくはドラマチック症候群で、今まさにティナの頭の中でドラマの主題歌が流れ始めたと言ってもいい。


「不思議ですわ。リンムおじ様が……キラキラと光輝いてみえる」


 もちろん、こもれ陽が頭頂部に当たっているだけなのだが……


 何にしても、このときのティナには百戦錬磨の戦神が煌めきと共に顕れたかのように見えていた……


 ……

 …………

 ……………………


 と、まあ、それはさておき、当のリンムはというと、魔獣よりもよほど凶悪かもしれない恋の野獣にロックオンされたことなど露知らずに、


「それじゃあ、俺は狩場に行ってくるよ。ここからイナカーンの街はそう遠くないが、二人とも、十分に気をつけるんだよ」


 そう言って、二人から離れていこうとしたものだから、スーシーは慌てて引き止めた。


「待って、義父さん」

「ん? 急にどうしたんだ?」

「ええと……今、私たちはこのようなみすぼらしい格好をしているけど……実はこちらにおわす方は、何と、法国の第七聖女ティナ・セプタオラクル様なのです」


 スーシーがそう告げると、ティナはよくぞ紹介してくれたと言わんばかりに胸を張ってみせた。


「ご紹介に預かりました、法国の第七聖女、また王国のセプタオラクル侯爵家三女のティナと申します。本日はお日柄も良く、とても素敵なリンムおじ様に出会えたことに心よりお祝い申し上げると共に、天気明朗なれども波高し、法国の興廃、この一戦にありですわ」

「…………」


 リンムは一瞬だけ、白々とした目つきになりかけたものの、すぐにその場にひざまずいた。


「こ、これは失礼いたしました。まさか法国の聖女様だったとは知らず、無礼をお許しください」

「もちのろんで許します」

「……え?」

「貴方の全てを許して差し上げます。ですから、私の全ても許して、さあ、二人で共に――ふごっ!」


 というところで、スーシーが背後からティナの頭に手刀を入れた。


「な、何するのよ、スーシー!」

「よろしいですか、ティナ様。ちょっーとだけ黙っていてくださいますか?」


 まるで魔獣でも相手にしているかのような鬼気迫る形相だったものだから、さすがのティナも項垂れて、「……は、はい」と答えるしかなかった。


「ん、ごほん。ええと、義父さん……とりあえず、このような場所だから跪礼や立礼は必要なくて、普段通りに接してくれて構わないわよ」

「そ、そうか。分かったよ」

「あと、義父さんに提案したいんだけど……この『初心者の森』での護衛任務を受けてくれたんだよね?」

「ああ。昨日、冒険者ギルドで依頼クエストを受領したばかりだよ。連絡はいかなかったのかい?」

「ええと、王都から出立して、イナカーンの二つ前の街で依頼を出したから、伝書鳩がすれ違いになったのかも……何にせよ、義父さんに受けてもらって本当に良かった」

「ということは、そうか。まいったなあ……私的な依頼プライベート・クエストよりも、現状は護衛が優先されるということか……」


 リンムはそう呟いて、顎に片手をやった。


 もっとも、私的か、公的か問わずとも、フォレストウルフの肝の納品と第七聖女の護衛を比して、どちらがより重要かと言えば、間違いなく後者だ。


 これはイナカーンの街に戻り次第、ハーフリングの少女を探し出して、納品依頼の失敗を伝えなくてはいけないかなとリンムがやや天を仰いでいると、意外なところから助け舟が出た。


「待ってください、スーシー。私はおじ様の邪魔をしたくはありません」

「しかし、ティナ様――」

「ここにきてまた、様付けはなし」

「…………」

「むー」

「…………」

「むむむー」

「はいはい。分かりましたよ、ティナ。でも、私は貴女を無事にイナカーンの街に送り届ける責務があります」

「それならば、これだけ強いおじ様と一緒にいれば十分ではないですか?」

「たしかに十分過ぎるでしょうね。それでも、私の部下の騎士たちが盗賊を蹴散らして、そろそろ街に着いている頃合いでしょうから、もし私たちが街にいないと分かったら王都に早馬が行って、他の三大騎士団も捜索に動き出す可能性が出てくるわ」


 スーシーの説明を聞いて、ティナもやっと事態の重大性に気づいたようだ。


 それでも、ティナはもともと貴族令嬢だけあってわがままだし、何より諦めがひどく悪かった。


「リンムおじ様……私的な依頼というのはまだまだかかるものなのでしょうか?」

「あと一匹、仕留めるだけですし、その気配はまだここから離れていないので、時間はそれほどかからないかと。ただ――」

「ただ?」

「納品先が少し特殊でして、この森の奥にあって、認識阻害をかけて隠れ住んでいる人物らしいのです」

「そんなところにいったい誰が住み着いているのですか?」

「ダークエルフだと聞いています」

「「ダークエルフ!」」


 ティナとスーシーの声が重なった。


 二人とも会ったこともなければ、見かけことすらない種族だったからだ。


 それだけこの大陸ではダークエルフは希少種に当たるのだが、様々な伝承や逸話に事欠かない種族でもあるので、スーシーはともかく、ティナの目は爛々と輝き始めた。


「ダークエルフに会えるのですか! スーシー! 私はおじ様に付いて行きますよ! こればかりはぜーったいに譲りません!」


 スーシーはまた「あちゃー」と額に片手をやった。


 こうなるとティナがてこでも動かないことを長い付き合いで知っていたからだ。スーシーは仕方なく、「やれやれ」と肩をすくめると、


「分かりました。では、義父さんの邪魔にならないようにして、なるべく早くイナカーンの街に帰れるように善処するわよ」


 そう言って、アイテム袋からとても貴重な『召喚の符』を取り出すと、それで鴉を呼び出して、イナカーンの街に先行しているであろう部下たち宛てにメッセージを送ったのだった。


 この決断がさらなる事件に繋がっていくとも知らずに――

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