第6話 きちんと報告する

 リンム・ゼロガードがプランクを背負って街に戻ると、まず依頼者の少女ことクインビが飛びついてきた。


「リンムのおじさん!」

「おおっと。やれやれ、危ないな」


 その勢いでリンムはついプランクを落としかけたが、クインビは構わずにリンムへと泣きすがった。


「ええん……よかったよう……」


 クインビとて夜の森がいかに危険な場所なのかは理解していた。


 実際に、今も冒険者ギルド内では、この街に滞在している者たちで臨時のパーティーを組んで、リンムやプランクの捜索に出掛けようとしていたところだ。


 また、冒険者たち以外にも、孤児院からは年長組の子供たちがやって来ていたし、女司祭のマリア・プリエステスも駆けつけていた――


 三年前にリンムの育て親となった老司祭が亡くなってから、後任としてイナカーンの教会に赴任してきた若い女性だ。


 長い髪はたぎるように赤く、その眼光は教師のように鋭く、女司祭マリアを見た者は皆、こんなふうに首を傾げる――敬虔な聖職者というよりむしろ厳格な軍人なのではないか、と。


 もちろん、女司祭マリアは法国出身で、女神クリーンの信徒だったが、そこらへんの冒険者や田舎騎士よりもよほど強そうに見えたし、何より口説こうとしてきた男たちを片っ端からぶちのめしたというエピソードもあって、色々な意味で畏れ・・られていた……


 そんな女司祭マリアが珍しくも、しおらしくリンムのもとにやって来ると、


「リンムさん。プランクを連れ戻してくださって、本当にありがとうございます」

「いや、マリア。礼には及ばないよ。そもそも、俺がもっとプランクに強く言って聞かせるべきだったんだ。そういう意味では、今回の件はむしろ俺の落ち度だ」

「そんなことはありません。遅かれ早かれ、プランクもいつかは森の奥に分け入ったと思います。だって、男の子ですもの」


 女司祭マリアの言葉には重みがあった。


 たしかに孤児院から『初心者の森』を経て、冒険者として王都へと巣立っていった子供はたくさんいたからだ。


 それに冒険者でなくとも、騎士ならば直近の出世頭ことスーシー・フォーサイトだっている。


 結局、孤児の子供たちは手に職を持つか、どこかに嫁ぐか――そこまで器用でも、愛嬌もないならば、腕っぷし一本で食っていくしかないのだ。


 ともあれ、女司祭マリアはリンムの背からプランクを下ろして、そのやわらかな胸に抱き寄せた。


「後は任せてください。リンムさんは報告しなくてはいけなんでしょ?」

「ああ、そうだな」


 リンムはそう応じて、泣きすがるクインビの頭を撫でてあげ、こちらも女司祭マリアに頼んでから、そばにいた受付嬢のパイ・トレランスに連れられて、冒険者ギルドのギルマスの部屋に入った。


 どうやらパイも帰らずに、リンムをずっと待ってくれていたようだ。もっとも、パイは案内するとすぐに出て行って、部屋にはリンムとギルマスのウーゴ・フィフライアーの二人だけになった。


「ギルマス、ただいま戻りました」

「お帰りなさい。二人とも、無事で本当に良かったです」

「わざわざ冒険者を集めて、捜索隊も作ってくれていたようで、感謝の言葉もありません」

「別に僕が主導したわけじゃありませんよ」

「……え?」

「皆が勝手に集まって、探そうとしてくれたんです。僕だって行こうとしたんですけどね――ギルマスは万が一のときの為に動いては駄目だと、パイに止められてしまいました。おかげであれからここでずっと・・・・・・事務仕事です」

「そう……だったんですか」

「はい。それだけ、皆はリンムさんに日頃から感謝しているということですよ」


 リンムは片頬をぽりぽりと掻いた。


 そんな大層なことをしているとは到底思っていなかった。そもそも、普段やっていることといったら、薬草や毒消し草などの採取ぐらいだ。


 だが、この『初心者の森』に集う冒険者からしてみれば、薬草などは幾らあっても足りないし、何よりリンムの探索によってもたらされる野獣の生息域の変化などの情報は最も価値のあるものだった。


 何にせよ、ウーゴはすぐに真剣な顔つきになると、おもむろにリンムへ尋ねた。


「プランクくん以外に街にまだ戻ってきていない者について確認したところ、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュが出ていったきりだと判明しました。何か心当たりはありませんか?」

「それならば、スグデスとは森の奥の湖畔で会いましたよ。そもそも、プランクを最初に見つけてくれたのはスグデスだったようです」

「見つけた? 彼が? それは……いったい、なぜでしょうか?」

「分かりません。プランクを探してくれたのか、あるいはパナケアの花でも採りに行ったのかもしれませんね」


 リンムがそう答えると、ウーゴは顎に片手をやって思案顔になった。


 当然だろう。スグデスやフンはそんなに真面目な冒険者ではない。それに幾ら『初心者の森』とはいえ、夜間に森の奥に分け入る愚は冒険者ならばよく理解しているはずだ。そもそも、あの二人がプランクを探すなど、全くもってあり得ない話だ。


「そういえば、スグデスやフンのことはともかく……ギルマス、例のモノがまた・・出ましたよ」

「またとは? もしや?」

「はい。黒い野獣・・です」

「――――っ!」


 その瞬間、ウーゴは目の色を変えた。


 もちろん、ウーゴは魔獣・・の存在を知っていた。そもそも、近衛騎士団の次席にいた実力者だ。


 近衛は王族を守護する為に存在する騎士たちなので、王都から外征することは滅多になかったが、それでも危険な魔獣の情報は逐一耳に入ってきた。


 だから、リンムがこの森で何を成し遂げているのか、実のところ、最もよく知る人物であったし、そもそもウーゴはきちんと王都に報告もしてきた。


 それでも、リンムが英雄として祀り上げられなかったのには理由があった――


 単純な話だ。単独ソロで魔獣を幾匹も狩れる存在など、常識の範囲外どころか、かえって脅威以外の何物でもなかったせいだ。


 結果的に、王都の冒険者ギルドはリンムの活躍を眉唾だとして、その真偽を確かめずにきたし、四大騎士団は冒険者の法螺話だとして、無視することに決めた。


 また、本当に『初心者の森』に魔獣が頻出しているなら、それこそ討伐したとかいう冒険者リンムをその地から引き剥がすことなど出来るはずもなく……結局のところ、余計な混乱を招かないようにと、隠匿と現状維持が優先されてきた。


 何にしても、ウーゴはリンムから今回の詳細を聞き出すと、眉間に皺を寄せた。


「そうでしたか。どうやら、これまでの黒い野獣・・の中でも一際大きな存在だったのですね?」

「その通りです。まあ、さして危険ではありませんでしたが」

「…………」


 ウーゴはまたこめかみに指をやって長考した――


 この森に出没する魔獣は段階を経て確実に大きくなってきているようだ。しかも、明らかに森の野獣を掛け合わせた合成獣キメラに近い存在だ。


 さらにリンムの話から推測すると、今回は湖畔に棲息する森の主たる大蜥蜴まで素材にされたらしい。となると、これで合成する野獣は打ち止めとなって、魔獣の成長も止まると見ていいのだろうか。それとも、知られていないだけで、森にはもっと危険な野獣が存在するのか――


 ウーゴは、「はあ」と大きなため息をつくしかなかった。


 いつまで考えていても答えの出ないことだ。近々、法国の第七聖女が森林浴に訪問するわけだし、その前に冒険者ギルドで大規模な探索をすべきかもしれない……


 というところで、ウーゴはふいにリンムの胸のポケットに差してある花に気づいた。


「おや……それはもしかしてパナケアですか?」

「ああ、失礼しました。プランクを背負ってきたので、手にしていた花をここに差したままにしていました。プランクに早く返して上げないと」

「せっかくの素材なわけですが、万能薬にする当てはあるのですか?」

「いえ。この街の薬師では無理ですし……やはり王都に出ないといけませんかね?」

「その必要はないかもしれませんよ。実は、僕にちょっとした当てがあります」


 ウーゴはそう言って、ゆっくりと椅子の背にもたれた。


「ハーフリングの旅商人がちょうどこの街に滞在しているんです。彼ら自身に調薬の技術はありませんが、長らく旅をしているだけあって、その技術を持っている近郊の者を知っているかもしれない」

「へえ。ハーフリングですか。こんな辺境の街にやって来るなんて珍しいですね」

「もしかしたら、聖女一行の件を耳聡く、どこかで聞いて、わざわざ来たのかもしれません」

「なるほど。ここでお近づきになろうという魂胆ですか」

「まあ、彼らの思惑はさて置いて、昨日から街に滞在しているようなので聞いてみてはいかがですか? 彼らはたしか――『放屁・・商会』と言うそうです」

「…………」


 リンムは一瞬だけ、もしやウーゴに担がれているのではないかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 放屁とは実にけったいな看板を掲げた商人のようだが……まあ、他に万能薬にする伝手もないことだし、明日にでも訪ねてみようかと、リンムもまた「やれやれ」とため息をついたのだった。



―――――



ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。明日の話でやっと拙作のヒロインたちが登場して、それから次編に入ります。


拙作はカクヨムコン8参加作品ということもあって、☆や♡やコメントなど、暫定でも構いませんので評価をいただけましたら助かります。


何卒、作者のモチベーションの為にもよろしくお願いいたします!

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