第4話 主役らしく魔獣と対峙する

 Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツは一方的にいたぶられていた――


 力の差は歴然だった。本来ならフン・ゴールデンフィッシュと同様に、スグデスもすぐに殺されていたはずだ。


 だが、その魔獣はまるで何か試すかのようにして、スグデスを痛めつけ続けた。


「ちい! ふざけやがって!」


 スグデスは逃げたかったが、そう試みようとするたびに魔獣の長い尻尾が地に叩きつけられて、行く手を阻まれた。


 もっとも、魔獣はというと、尻尾を動かしてからふいに首を傾げる仕草をした。まるで自分にそんなに長い尾があったのかと、不審がっている様子だ。


 実際に、スグデスから見ても、この魔獣はどうにもちぐはぐだった。


 熊のように力任せに襲ってくる一方で、狼のように遠巻きにして牙による一撃必殺を狙って、かと思うと大蜥蜴のようにじっと地を這って動かなくなった。


 一方で、スグデスはしだいに朦朧としてきた。どうやらこの魔獣は蛇の毒まで持ち合わせていたようだ――


「もしかして……」


 そこでスグデスはやっと気づいた。


 この魔獣はさながら合成獣キメラみたいなのだ。この『初心者の森』で出くわす危険な野獣を無造作に組み合わせたかのようだった。


「ちくしょう……こんなん、どうすりゃいいってんだよ!」


 スグデスはアイテム袋から毒消しのポーションを取り出して一気に飲んだ。


 それでも、震えはなかなか収まってくれなかった。いや、違う。この体の小刻みな揺れは最早、毒によるものじゃない。


 実際にスグデスはさっきからずっと過去に・・・怯えていたのだ――






 実は、スグデス・ヤーナヤーツは王都で活躍するBランク冒険者だった・・・


 ソロで長らく活躍して、『斧高くたける剛腕』という二つ名まで与えられた実力者でもあった。


 そんなスグデスにある日、討伐依頼が舞い込んだ。パーティーを組んでの魔獣・・の緊急討伐だ。


 しかも、成功した暁には一生遊んで暮らせる報酬が得られるときたものだ。当然、スグデスは二つ返事で受けた。


「ところで、その魔獣っていったい何だよ? 野生の獣と何か違うのか?」


 スグデスが冒険者ギルドの担当者に尋ねると、その者はあたりを気にして声を潜めた。


「魔獣とは、不死の獣とでも言うべき未知の生物です。王国内ではその存在は秘匿されていて、Bランク以下の冒険者には知らされていません。もちろん、今回の討伐依頼でも守秘義務が生じます」

「はん! オレはBランクになって長いが、なぜ知らされてこなかったんだ?」

「基本的に魔獣は四大騎士団の討伐対象なのです。今回、騎士団は折悪しく、王都付近の侯爵領で大量発生スタンピードした野獣の討伐に向かってしまいました」

「それでも王都に騎士たちは残っているだろ?」

「はい。しかしながら、近衛騎士団は王都から離れませんし、暗黒騎士団と魔導騎士団は西方の国境紛争の守備に出ています」

「で、残った神聖騎士たちは野獣の群れで出払ったと。なるほどな。それでオレたち冒険者に先遣として、お鉢が回ってきたってことか」

「そうなります」


 冒険者ギルドの担当者が首肯したので、スグデスは「さっさと羊皮紙を寄越しな」と言って、討伐依頼にサインをした。


「ところで不死の獣っていうが、それじゃあどうやって倒せばいいんだ?」

「魔獣を倒すには二つの方法があります。一つは魔核を壊すことです」

「魔核だあ?」

「はい。心臓のようなものです。魔核を破壊しない限り、どれだけダメージを与えても、魔獣は決して死にません」

「ふうん。面倒だな。で、もう一つは?」

「光属性の武器、または同属性の法術で攻撃を与え続けることです。唯一、ダメージを蓄積して与えられるのが光系の攻撃となります」

「光系だあ? まさか聖剣でも見つけて来いってか? それとも、法国の坊さんでも一緒に来てくれんのか?」

「残念ながら今回の討伐には、属性武器の貸与も、聖職者の同行もありません」

「じゃあ、おい、いちいち手探りで魔核を探せってことかよ」

「はい。どうかお願いします」


 こうしてスグデスはやれやれとため息をつきつつも、他にも名だたる冒険者たちと共に魔獣討伐に出掛けたわけだが……


 たった一匹の魔獣を前にして、パーティーは半壊、スグデスは情けなくも逃亡する羽目に陥った。


 結局、魔獣はギリギリで駆けつけてきた神聖騎士団が討伐して、その後に王都に連れ戻されたスグデスは処分を受けることになった。


 処刑を免れたのは、それでも魔獣を足止めしたことで情状酌量の余地があったからで、最終的には冒険者ランクを落とされて、辺境の片田舎に追放同然でやって来ることになった。


 そんな過去がひたひたと足音を立てて、今、スグデスに脳裏に迫ってきていたのだ――






 スグデス・ヤーナヤーツはすでに襤褸々々ボロボロだった。


 一方で、魔獣はやっと自身の体に馴染めてきたといったふうに、ごきごきと首の関節を鳴らしてみせる。


 そして、にやりと口の端を緩めると、スグデスでも味見してみようかと、ついに牙を剥き出しにした。


「化け物め……だが、まあ……いい。ふ、はは……どのみち――」


 そう。どのみちこの地方に住んでいる奴らも道連れだと、スグデスは溜飲を下げた。


 冒険者ギルドのギルドマスターことウーゴ・フィフライアーなら良い勝負をするかもしれないが、それでもこんな化け物をたった一人で討伐出来るとは到底思えない。


 あのときだって、神聖騎士団が小隊規模で駆けつけて、やっと押し返したぐらいだ。


 街にいる田舎騎士たちでは応戦出来るはずもないから、王都の四大騎士団に応援要請をして、その到着を待つこと数日――それだけの時間が経てば、この地方の街が幾つか滅んでもおかしくはない。


「それは……まあ、いいとしてよ……」


 なぜ、こんな化け物が片田舎の森なんぞに出てきたのか。


 スグデスには全く想像つかなかったが……何にしても、もうあまりに血を流し過ぎていた。


 そして、ついにドサリ、と。


 血塗れの巨漢は湖畔に倒れた。その最期が万能薬の素材となるパナケアの群生地だというのは何とも皮肉な結末だ。


 もっとも、スグデスはうっすらとしていく意識の中で不思議なものを見た――


 それは眩いばかりの光だった。


 先ほどまで雲間に月が隠れていたのだが、その明かりがやっと湖上に降りてきたせいだろうか……


 水面に幾つも反射して、魔獣の姿もよく見えるようになって……それ以上に森の中から不可解な光点が現れ出てきたのだ。


「へっ……ついに女神様でも……お迎えに来やがったか」


 スグデスはそう呟くも、すぐに「ん?」と眉をひそめた。


 というのも、その光のもとには女神どころか、よりによって、よく知っているおっさん・・・・がいたせいだ――Fランク冒険者のリンム・ゼロガードだ。


 そう。わずかに後退した頭部が月明かりを受けて、やけに煌めいていたわけだ。まるで日の輝きのようだった。


 ……

 …………

 ……………………


「……はあ?」


 おかげでスグデスは素っ頓狂な声を上げるしかなかった。


 何と言うか、死ぬに死にきれないというか……せめて死に際ぐらい、もうちょっとまともな者が迎えに来てくれと、かえって暗澹たる思いに駆られた。


 もっとも、当の輝くリンムはというと、呑気そのものだった。


「森の中にまた・・こんな訳の分からない獣が出てきたのか……やれやれ、獣たちの本来の生息域がおかしくなる前に、しっかりと駆除しておかないとな」


 リンムはそう言って、呆れ顔でため息までついてみせる。


 当然、スグデスは片頬が引きった――リンムの眼前にいるのは、王都きってのBランク冒険者を集めたパーティーでもあっけなく壊滅させるような凶悪な魔獣だ。スグデスですら一撃も与えることの出来なかった正真正銘の化け物だ。


 それなのに、知ってか、知らずか、リンムはさながら兎や鹿でも狩ろうかといった様子で、森の中からゆっくりと進み出てきた。


 その歩みがまるで散歩するかのようにあまりに落ち着き払ったものだったので、むしろ魔獣の方が戸惑っているようにスグデスには見えたぐらいだ。


 そんな可笑しな状況ではあったのだが――


 リンム! いいから逃げろ!


 とは、このとき、もちろんスグデスは口に出さなかった。


 逆に、これこそ千載一遇の機会チャンスだと捉えた。魔獣がリンムに注視している間に、這ってでもここから逃げ切ればいい……


 とはいえ、リンムは這い出すスグデスを見かけて心配そうに声をかけてきた。


「スグデスよ。そんな横這いになって……毒蛇にでもやられたのか?」

「うっせえ! 話しかけんな!」

「それとも、どこかで派手に転んだか? ずいぶんと出血もしているようだが?」

「だから! オレのことはどうでもいい! 近寄ってくんな!」


 スグデスからすれば平身低頭、地を這って、魔獣に見つからないように逃げ出したかった。


 だが、リンムが能天気にいちいち話しかけてくるものだから、魔獣の双眸から全くもって離れられない……


「おい、リンム。あっちだ! 子供ガキが倒れているから何とかしてやれ!」


 もちろん、スグデスは親切心で教えたわけではなかった。


 このままだとリンム諸共に殺られるだけなので、何とか別れたい一心で言ってやったのだが、どうやらそれが功を奏したようだ。


 リンムは湖畔の花畑の中にプランクを見つけると、すぐに駆け寄った。


「プランク! おい、大丈夫か?」


 スグデス同様に毒蛇にでもやられたのかと思って、リンムはポーションを取り出したが、どうやらただ意識を失っているだけのようだ。


「良かった。この森の妖精が助けてくれたのか。それとも、女神様の導きか」


 何にしても、目立った外傷もないので、もう一度花畑の中に寝かせてやると、リンムは「さて」と呟いて、片手剣に手を伸ばした。


 肝心の魔獣はというと、スグデスを無視して、リンムにだけずっと警戒を続けて、いまだに一定の距離を取っていた。


「討伐依頼も出ていない獣なので報酬にはならないだろうが、害獣は駆除しないといけないからな」


 リンムは小さくため息をついた。


 その立ち居振舞いは、さながら幾度も・・・魔獣を屠ってきた英雄のようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る