第2話 子供探しもする

「ちょっと待ってほしい。法国の第七聖女様の護衛依頼? なぜ俺なんかに?」


 リンム・ゼロガードが眉をひそめると、冒険者ギルドのギルマスことウーゴ・フィフライアーは考え込むように顎へと片手をやった。もとの顔立ちが端正なだけに、そんな仕草がとても絵になる。


「どうやら法国の第七聖女様は療養も兼ねて、この街にやって来るそうです。表向きは外遊で、街や教会などの視察。裏向きには――羊皮紙の但し書きに小さく補足されていますが、森林浴だそうです。要は観光かと。それに我が国の神聖騎士団長スーシー・フォーサイトも同行するとあります」

「それでは答えになっていませんよ、ギルマス。だから、なぜ俺宛ての直接依頼なのです?」

「うーん……僕は王都から離れてずいぶんと経つので、さすがに詳しくは分からないのですが……たしかこの二人は同い年で、特にスーシーは法国の神学校に留学していたこともあって、無二の親友だったはずです。そもそも、スーシーは……たしかこの街の出身だったはずでしょう?」


 ウーゴに逆に聞き返されて、リンムはふと遠い目になった。


 たしかにウーゴの言う通り、スーシーはイナカーンの孤児院出身で、近年最も立身出世した人物だ。


 とはいえ、ここにいた期間はそれほど長くはない。十代になると女の子ながらにこの地方で行われた武術大会で見事に優勝して、その実績を見込まれて王都へと羽ばたいていった。その後のスーシーの活躍については、若くして神聖騎士団のトップにまで昇りつめたことからも周知の通りだ。


 そんなスーシーの親友である第七聖女が彼女の生まれ育った街を見てみたいと言い出したのか、はたまたスーシー自身も初めての里帰りを望んだのか――いずれにしても、スーシーが同行するならば、なおさら護衛の必要などないはずだが……


「そんな女傑スーシー・フォーサイトとはいえ、この街から出て大分経って、勝手もよく分からないでしょうし、それに目的が森林浴ということならば――」

「そうか。森の案内役が必要ということか」


 リンムがそうこぼすと、今度は受付嬢のパイ・トレランスが声を上げた。


「ねえ、リンムさん。スーシーちゃんが帰って来るなら、孤児院でパーティーでも開きませんか?」


 そう言ったパイの目は爛々と輝いていた。


 そういえばと、リンムはふいに思い出した。パイとスーシーは仲の良い姉のような関係だったなと。


 年もさほど離れておらず、包容力があってお姉さん気質だったパイと、いつも男の子たちに混じって棒切れを振り回していたスーシーは意外と馬が合ったのか、孤児院でも役割分担をして、小さな子たちの面倒をよく見てあげていた。


「そうか……あれからもう十年近くも経つのか」


 年を取ったせいか、最近は月日が過ぎるのがやけに早く感じるなと、リンムはつい感慨深くなってしまった。


 リンムが思い出せるスーシーの姿はというと、鶏がらみたいにやせ細っていて、黒髪も短く刈っていたのでまるで少年のようだった。


 しつこくせがまれたので、仕方なく剣技を少しだけ教えたら、いつの間にか、大人も顔負けな技量を身につけていたのは嬉しい誤算だ。


「今となっては……最早、俺の方が剣の手ほどきを受ける番だものな」

「だったら、今度はスーシーちゃんに料理でも手ほどきすればいいんですよ。美味しい物をたくさん作りましょう!」


 受付嬢のパイはにっこりと笑った。


 どうやら、スーシーの歓迎以上に、パイにとってはリンムの手料理も目当てのようだ。


「ほう。リンムさんが作るのですか。それなら僕もギルマスとして、孤児院で新聖騎士団長殿を接待しなくてはいけませんね」


 すると、ウーゴまで目の色を変えてきた。


 ギルマスが接待する必要性は皆無なのだが、ウーゴもパイ同様に、リンムが料理、裁縫、錬成に家庭菜園、さらには子育てと、おかん属性がやたらと高いおっさんだと知っている。


 実際に、料理については、無駄に独り身が長くなってしまったことに加えて、孤児院の子供たちの世話もするせいか、リンムの腕は相当なものだ。


 街の宿屋や酒場よりもよほど美味い物を作ると、冒険者たちがお金を払ってまでねだってくるレベルなので、リンムもあまり悪い気はしていないのだが……


 何にしても、パイが「じゅるり」と涎を垂らしてまで楽しみしているのだ。


 孤児院の子供たちと一緒に歓迎パーティーをすることも念頭に入れると、この依頼を無下に断ることは出来ないかもしれないと、リンムも観念するしかなかった。


 それに近隣の森については、この街の冒険者の中ではたしかにリンムが一番詳しい。


 おそらくスーシーもそのことを覚えていたからこそ、こんな依頼を直接リンム宛てに出してきたに違いない。


 リンムは「仕方あるまい」とこぼしてから、「ふう」と小さく息をついた。


「分かりました、ギルマス。受けますよ。先方にはそう伝えてください」


 リンムがそう答えると、ウーゴとパイはハイタッチして笑みを浮かべた――


 そのときだ。


 ギルドの入口の扉がまたまたバタンと開くと、小さな闖入者があった。


「リンムおじさん! プランクが森に行ったまま、まだ帰って来ないの!」


 そう叫んで、いきなり建物に入ってきた少女は――クインビだった。


 孤児院の女の子で、そばかすにおさげ、眼鏡が似合うしっかり者で、年少組のリーダー的な存在だ。


 どうやら同じく年少組のプランクという男の子がもう夕方になるというのに森に分け入ったままらしい。


 本来なら年長組の少年・少女たちが探しに行くところだが、この時期は畑の収穫などの手伝いでまだ戻って来ておらず、教会の女司祭マリア・プリエステスがリンムに一報入れるようにと、クインビに指示を出したそうだ。


「まだ帰って来ないって……プランクは森に何をしに行ったんだ?」

「たぶん、パナケアの花を採りに行ったのかも……」

「パナケアだと? まさか、湖畔まで行ったのか! なぜそんな遠くに?」

「…………」


 リンムが尋ねるも、クインビは「うー」と口を噤んでしまった。


 パナケアの花びらは万能薬の素材になる。当然、売れば相当な金額になるわけだが、湖畔にはよく似たサルースという花もあって、これを毒蛇や大蜥蜴が好むので、パナケアの花の採取は熟練した冒険者でも危険だとされている。


 それをなぜ子供のプランクが探しに行ったのか。森は危険な場所だと教えたはずなのに……


 そんなふうにリンムが難しい顔つきをしていたせいか、クインビはついに「わーん」と泣き出してしまった――


「だって……最近、リンムおじさんが疲れた顔しているからって……きっと、どこか怪我でもしているんじゃないかって……頭も抜け毛がひどいし……たまに何だかかび臭いし……もしかしてこのままやつれて死んじゃうじゃないかって……」


 リンムは「ううっ」と、胸にズキリと痛みのようなものを感じた。


 最近、腰痛で疲れが増したこと以外にも、たしかに額がやや後退気味なのと、加齢による体臭も気にはなっていたのだが……


 こんなふうに孤児院の子供たちにまで心配されていたのかと、少々ショックを受けてしまった。年だけは取りたくないものだ。


 もっとも、心配してくれているわりに、当のプランクはというと、リンムの背中によじのぼっては、情け容赦なく頭髪をむしってくる気もするのだが……


 もしやそのときに出来た無毛地帯を気にしてくれたのだろうか……


 何にしても、どうやらプランクは子供ながらにリンムの為に森の奥へと分け入ってしまったようだ。


 最近、リンムの真似事をして森の入口付近で薬草などを採取しているのは知っていたが、まさか注意を聞かずに湖畔まで足を伸ばそうとするとは……


 リンムは「本当にありがたい」と思う反面、事ここに至っては悔やむしかなかった。


 もっと早いうちにプランクをきちんと叱って、冒険者稼業がどれだけ危険なものなのか、しっかりと教え込むべきだったのだ。これは大人であるリンムの落ち度でもある。


「ギルマス。もう夕方ですが、俺は森に入ります」

「他の冒険者にも声掛けしておきましょうか?」

「助かります。ただ……俺には高い報酬金は出せません」


 リンムがギュっと下唇を噛みしめると、ギルマスのウーゴは笑い飛ばした。


「気にすることはありませんよ。それより、リンムさんは急いだ方がいいんじゃないですか?」


 ウーゴに促されて、リンムは「じゃあ、行ってきます!」と、冒険者ギルドの建物から足早に外に出た。


 このとき、リンムには珍しく、虫の知らせとでも言うべきか――何だか嫌な予感がしたのだった。

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