万年Fランク冒険者のおっさん、なぜか救国の英雄になる
一路傍
辺境の街 イナカーン
初心者の森編
第1話 おっさんはこつこつと仕事する
「お疲れ様でした、リンムさん。薬草、毒消し草に、幾つか素材用の木の実を確かに受領いたしました。報酬金はいつものように半分を教会の子供たちの為に積み立てますか?」
「ああ、それで構わないよ。それと、何か俺に出来る仕事はまだ残っているかな?」
そう尋ねてから、リンムは冒険者ギルド内に掲示してある
ここは王国の片隅にあって、穏やかな気候と平和ぐらいしか取り柄がない、イナカーンという名の街だ。冒険者ギルドとは言っても、その実態は地方の兵舎の雑用係に近い。
そんな辺境にあるギルドで毎日、こつこつと小さな仕事をこなしているのが――
Fランク冒険者のリンム・ゼロガードだ。
そろそろアラフォーに差しかかる年齢で、冒険者として脂の乗った時期は過ぎてしまった。
短く刈られた白髪、すっきりとした鼻梁に温和な目つきで、体もよく鍛え上げられているから見目はさほど悪くない。ただ、この年でもまだ独身で、実は恋人がいたこともほとんどない……
そもそも、これまで富や名声とは無縁の人生を送ってきた。
リンムが冒険者になったのも、もともと孤児で、教会に育ててもらった恩返しということで、小さな頃から近隣の森で薬草などを採取していたら、いつの間にかそれが生業となってしまったからだ。
そんなリンムも最近は腰痛に悩まされて、寝つけないのが悩みの種だ。
おかげで目の隈は年々ひどくなって、眉間の皺も目立ってきた。仕方がないので寝る前に安い麦酒を一杯だけ
「ふむん。どうやら俺のランクで出来そうなものはもう残っていないようだな」
リンムは欠伸を噛み殺しながら、掲示板に張ってある依頼の羊皮紙にさっと目を通して、ギルドの受付嬢のパイ・トレランスに「残念だよ」と肩をすくめてみせた。
受付嬢のパイも教会付きの孤児院出身で、リンムとはそれなりに長い付き合いだ。
生真面目で包容力のある若い女性で、長くてふわりとした茶髪が特徴的だ。そして、何より子供たちの為に働いてくれるリンムには強い恩義を感じている。
だからパイは、リンムにとって吉報とばかりに、カウンターに身を乗り出すと、満面の笑みを浮かべながら一枚の羊皮紙を取り出してきた。
「それがですね。実はリンムさんに一件、ご指名の依頼が来ていまして――」
というところで、唐突にギルドの扉が開いて、リンムの背後から罵声が上がった。
「おいおい! オレたちを差し置いて、Fランクの野郎に仕事が来ているってよ!」
「どうせ草刈りとか、婆の肩叩きとか、馬小屋の掃除とかじゃねーっスか?」
そんなふうにリンムを嘲ったのは、Dランク冒険者のスグデス・ヤーナヤーツとフン・ゴールデンフィッシュのコンビだった。
もう夕方近くになるというのに、二人はやっと起き出して、今さら仕事を求めてギルドにやって来たらしい――
スグデスは三十路のいかにも脳筋な斧使いの巨漢で、フンはその腰巾着で嫌らしい目つきをした痩せぎすの青年だ。
二人は共に一年ほど前に王都からこの街にやって来て、そのまま居着いてしまった。
どちらも横柄な性格で、自分たちよりランクの低い冒険者、あるいは女性、子供や老人などを見下す癖がある。酒場などでも
「おい、パイちゃんよ! その依頼をオレらに回せよ。どうせろくでもねえ仕事だろうが、すぐに片づけてやるぜ」
「そうっスよ。こんなFランクのおっさんに名指しで依頼なんてもったいないっス」
次の瞬間、パイが取り出していた羊皮紙をひったくるようにして、フンは右手を伸ばしてきた。
だが、パイが羊皮紙を守ろうと引っ込めたせいか、そのままフンの手がパイの肩を小突く形となって、華奢なパイはというと、受付カウンターの奥に突き飛ばされてしまった。
「キャっ!」
壁に頭を軽く打ちつけたのか、「うーん」と額に片手をやるパイに対して、
「はあ。どんくさい女っスねえ」
と、フンは嗜虐的な微笑を浮かべてみせる。
直後だ。
その突き出したフンの右腕をリンムはがっしりと掴んだ。
「おい、フン。謝れよ」
「はあ?」
「パイに謝れと言っている」
普段は温和なリンムが珍しく怒気を発した。
そんなリンムに対して、フンは「な、な、何のつもりっスか。たかがFランク如きが……」と声を震わせながら抵抗するも、腕が全く動かせないどころか、「痛てて――」と顔を歪ませ始めた。
が。
「オレの連れに何をするつもりだ、リンムよ」
スグデスが息のかかる距離まで詰めて来て、リンムを真っ直ぐに睨みつける。
「何ならここでぶちのめしてやってもいいんだぜ。テメエのことは前から気に入らなかったんだ」
「よせ、スグデス。私闘はギルドの規約で違反行為に定められている。フンがここでパイに謝って、パイがそれを受け入れてくれるなら、俺はそれで十分だ。お前らといちいち争うつもりはない」
リンムはそう言って、フンの腕をぽいと放してやった。
だが、どうやらスグデスにはその言い
「なあーにが、『十分だ』、だ! 格好つけやがって! 知るかよ! テメエ、ふざけんな!」
「やっちゃいましょう、スグデスの旦那! 後悔させるっスよ!」
「おうよ!」
スグデスも怒気を放った。
しかも、スキルの『威嚇』まで使用している――スグデスよりも弱い者はこの
とはいえ、不思議なことに、リンムにはさして影響がなかったようで平然とした顔つきをしている。
「糞が! 調子に乗んなよ! たかが万年Fランクの
スグデスが雄叫びを上げて、背負っていた巨斧へとついに手を伸ばすと――
そのとき、まるで見計らったかのように、ギルドの入口の扉がまたバタンと開かれた。
「リンムさんの言う通りだよ。冒険者同士の私闘は明確な規約違反だ。しかもギルドの建物内でとなると、犯罪行為にも当たる。しばらくの間、兵舎の懲罰房で冷や飯でも食いたいのかい?」
冬の三日月のように冷めて、尖った声音が響いた。
ギルドマスターのウーゴ・フィフライアーがちょうど戻ってきたのだ――
彫像のように顔立ちが整った、金髪の美男子で、そんな事実を十分にわきまえているといったふうな伊達男だ。
二十代半ばにして王国の四大騎士団こと近衛騎士団の副団長にまで昇りつめたにもかかわらず、すぐに引退してスローライフを送りたいと、ギルドマスターに転職して、イナカーンの街にわざわざ赴任してきた変わり者でもある。
当然、実力は折り紙付き――スグデスとフン程度ではまとめて相手をしても歯牙にもかけない人物だ。
「じょ、じょ……冗談だよ、ギルマス。はは。なあに、ちょっとしたスキンシップさ。なあ、フンよ?」
「そそそうっスよ。ごめんねー、パイちゃん」
スグデスとフンは態度をころっと変えると、そそくさと逃げるようにして冒険者ギルドから出て行った。
その後姿を目で追ってから、リンムは「はあ」と大きく息をつく。
「助かりました、ギルマス。もしこのまま戦うことになっていたら、さすがに死にはしないだろうが……再起不能にまで痛めつけられていたかもしれない」
「僕に感謝など必要ありませんよ。むしろ、逆に痛めつけてあげた方が、彼らも大人しくなったんじゃないかな?」
「そんなこと……俺には出来ませんよ」
「若輩者ながら言わせてもらいますが――リンムさんは自己評価が低過ぎなんですよ。冒険者のランクだけが強さの証ではないのに。まあ、その謙虚さこそがリンムさんの生き方だというならば、僕からはこれ以上、何も言いませんけどね」
「…………」
リンムより一回り以上は若いギルマスのウーゴに諭されて、リンムはつい押し黙ってしまった。
自分の仕事には誇りを持ってきたつもりだが、それでも『万年Fランク』という揶揄はいつも心に突き刺さる。
それにウーゴがリンムにいったい何を期待しているかは分からないが、ランクが上のスグデスたちを痛めつけられるとは到底思っていないし、また実のところ荒事だって全くもって得意ではない……可能ならば、冒険者として素材を集めて、家で料理、裁縫や錬成などをして静かに暮らしたいのが本音だ。
すると、ウーゴは受付カウンターの中に入って、「大丈夫かい?」と受付嬢のパイを抱えてあげた。
「あ、はい……すいません。大丈夫です、ギルマス。少し目が回ってしまいました」
「今日はもう休んでいいですよ。後は僕がやっておきますので、家に帰ってください」
「ありがとうございます。あ! そうだ! リンムさんに直接の依頼が来ていたんです」
パイが羊皮紙をウーゴにいったん手渡すと、
「ほう。これは……とても興味深い内容ですね」
ウーゴはそれをすぐに確認して、にやりと笑みを浮かべてみせた。
「やれやれ。俺宛てに直に依頼を出してくるなんて、いったいどこの物好きなんですか?」
どうせ多めの薬草採取か、宿屋の婆さんの腰揉みか、そうでなければ兵舎の後片づけかと、リンムはやれやれと肩をすくめてみせた。
どのみちこの辺境のイナカーンでは大した依頼などありはしないのだ。もちろん、それだけ平和だとも言えるわけだが……
何にしても、ギルマスのウーゴは笑みを崩さず、リンムにも読めるようにとカウンター上に羊皮紙を広げてあげた。
「どうやらその物好きは――王国の四大騎士団の一つ、神聖騎士団長の女傑スーシー・フォーサイトのようですよ。依頼内容は、法国から外遊で来ている第七聖女様の護衛依頼になります。いやはや、凄いですね。これはリンムさんの人生を一変させるほど、とても名誉な仕事ではないでしょうか。早速、受領の連絡を先方に出しておきましょうかね」
―――――
第一話をお読みくださり、ありがとうございます。
拙作はカクヨムコン8参加作品ということもあって、☆や♡やコメントなど、暫定でも構いませんので評価をいただけましたら助かります。
何卒、作者のモチベーションの為にもよろしくお願いいたします!
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