御守り

「あなたに災難が降りかかりますよ。」


駅の改札口を出たところで、突然そんな事を言われた。私は足を止めて辺りを見渡し、声の主を探した。 


通路の端に腰を下ろした老婆が目に留まる。唾の大きな帽子のせいで目線は隠されているが、恐らく声の主はこの人であろう。


「わたしに言ったのか?」


私は鬱陶しそうな口調で言った。残業で疲れ切っており、早く自宅に帰って休みたいのだ。こんな所で道草を食いたくはない。しかし老婆はお構い無しに続ける。


「ちょっとした未来予知のようなもので、近い将来の難局を感じとることが出来るのです。」


あぁ占いの類か、と私は興味を無くす。そのことに気付いてか、老婆は少し語気を強めながら、


「私は親切で言っているのです。この御守りを売って差し上げますから、肌身離さず持っていなさい。」


と差し出された手には『ひったくり除け』と書かれた御守りが握られている。


「何とも珍しい御守りだな。話のネタくらいにはなるな。いったいいくらだい?」


「10,000円です。」


「10,000円だと?そりゃあ高すぎる。面白半分で出せる額じゃない。」


「そうですか残念です。後悔なされても知りませんよ。」


老婆はそう言いながら一度は差し出した御守りを再び懐にしまった。


その日はそのまま家に帰った。家に着く頃には老婆の事は忘れていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー

それから数日後、休日に近所を自転車で移動していた際に事件は起こった。後方から来たスクーターが追い抜きざまに、自転車のカゴに入れておいたカバンを奪い去っていったのだ。咄嗟の事で何が起こったのか理解できず、しばらく呆然としていた。


「しまった、やられた!」

私はすぐに警察に電話した。聞くとこによると、最近ひったくりが多発していたらしい。警察官は犯人逮捕に全力を尽くすと誓ってくれたが、私の怒りは燻っていた。


その時、不意に老婆の御守りのことを思い出した。

(もしかして、この未来が見えていたのか?)


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翌日の会社帰り、いつもの改札口を出ると、そこにあの老婆がいた。


「おい、この前の御守りの件を詳しく聞かせてくれ」


「はて、何のことだったでしょうか。」


「ひったくり除けと書かれた御守りの件だ、あの後実際にひったくり被害にあんたんだ。あんたは本当に未来が見えるのか?」


「左様です。私の御守りを買っておくべきでしたね。」


「どうにも、信じられないが。」


「信じるかどうかはあなた次第です。そんなあなたは次の受難が見えていますよ。この御守りを買っていかれてはどうですか。」


と言って老婆は御守りを差し出した。

御守りには『横領による懲戒免職除け』と書かれている。


私は驚いてしばらく言葉が出てこなかった。


「どうしてそれを知っているんだ。」


私は会社の金を着服していた。伝票処理に細工をして、毎月1万円程度を抜き取って飲み代の足しにしていたのだ。


「言ったでしょう、私は未来の難局がみえるだけです。」


この老婆は着服の事など知るはずもないはず。私は老婆の事を信じざるを得なくなっていた。


「しょうがない。わかった。1万円だったか?」


すると老婆は少し間をあけて、


「この御守りは20万円でございます。」


「なんだと?」


「御守りは災いの大きさに応じて金額が変わります。しかしまあ、20万でしたら安いものでしょう?」


もう言われるがまま払うしかなかった。幸いにもヘソクリでギリギリ支払うことが出来る。


「きっと神様が助けて下さることでしょう」


老婆は微笑んだ。


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翌朝、会社に出勤すると何やら職場が騒がしかった。


「どうかしたのか?」


と一番仲の良い同僚に話しかける。


「どうも会社の金を盗んだ奴がいるらしい。」


頭が真っ白になり、冷たい汗が滲み出る。


(くそ、御守りは効かなかったのか)


上着のポケットに忍ばせた御守りを握りしめる。


「それで、犯人は見つかったのか?」

恐る恐る聞いてみる。


「それが、不思議と伝票や出金履歴が一夜のうちに消え去ったらしいんだよ。紙だけじゃなく、システムデータも関連する部分だけキレイに消されているらしい。」


「なんだって?」


「犯人はハッカーじゃないかって噂だよ。少なくともお前には出来ない芸当だな。」


などと同僚は冗談を言っている。


私は胸を撫で下ろし、安堵のため息をついた。

間違いない。御守りの効果だ。


それからというもの、私に災いが降りかかりそうになると度々老婆は現れた。


男は無敵だった。かなりの無茶をしても、金さえ払えば災いを回避できるのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーー


その日も改札口を出たところに老婆がいた。


「やぁ、いつもありがとう。今日は何の御守りだい?」


老婆はいつものように御守りを差し出した。


御守りには『通り魔による刺殺除け』と書かれている。


「1億円になります。」


私の後方から何やら悲鳴が聞こえる。

どうやら暴れている奴がいるらしい。


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