100年

「やっと地球に帰ることが出来る。とても長い旅だったな。」


男は椅子に深く腰掛け、こうつぶやきながら、窓の外を眺めた。


しかし、ちょうど宇宙船はワープモードになっており、窓の外にはただ暗闇が広がっているだけだった。


窓にうつる自身の顔を見ながら、そっと呟く。


「地球は大きく様変わりしているだろうな。私にとっては10年だが、地球では100年が進んでいる計算だ。」


ワープを使うと地球上よりも時間の流れが遅くなってしまう。

現在、男は40歳であったが、地球に残してきた妻はすでに130歳になっている計算だ。生きているはずがない。男はその事を承知の上で調査員に志願していた。


「家族にもう会えないことを承知の上で任務についたとはいえ、やはり寂しいものだな。だがこうして第3銀河の調査結果を持ち帰ることが出来た。」



男が物思いに耽っていた時、ちょうどワープから抜け、目の前に懐かしい光景が広がった。宇宙船の窓からは火星が大きく見えている。


同時に通信機から音声が流れてきた。


「・・ジ・・ジジ・・・」


「・・・か・・・です。」


「・聞こ・ますか?こちら・・です。任務ご苦労様です。」


男は10年ぶりに聞く人間の声に感動し、しばらく声が出なかったが、すぐに我に返った。


「こちらA隊員です。任務を終え帰還しました。」


すると、地球からは予想外の回答が返ってきた。


「あなた、お帰りになるのを待ってたわ。無事で良かった。。この日をどれだけ待ち侘びたことか。」


(ん?どういう意味だ?私を待っている人などいないはずだが。。)


男は不思議に思ったがもうそこに地球が迫っていたため、考えるのをやめて着陸の準備を始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーー


男が乗った宇宙船は、無事地球に着陸を終えた。直ちに出迎えの車が到着し、そのまま男が乗せられパレードが始まった。両側で群衆がわきかえっているなかを男は手を振りながら進んだ。


政府の建物らしきものに到着するや、待ち構えていたお偉いさんらしき人々と挨拶を交わした。


と、そこで想定外のことが起こった。

男の妻が昔の姿そのままで、そこに立っていたのである。


「あなた、お帰りなさい。」


男は驚きのあまり声が出ない。


「驚くのも無理もないわ」


「本当に君なのか??」


「えぇ、私ですよ。」


「そんなはずがない、ありえない。。」


「ちゃんと説明しますわ。まずはあなたの身体を治すことが先よ、ねえお医者様」


妻の横にはいかにも威厳のあるかんじの初老の男が立っていた。


「長年のワープ航法による旅は、あなた様の身体を蝕んでいることでしょう。まずは身体を正常にすることが先決です。」


実際に男の身体はボロボロであった。地球の重力に押し負けそうで、立っているのもやっとだった。


「あなた、私は居なくなりませんし。今はあなたの身体をなんとかしましょう。」


男はそのまま、建物の一室にある治療施設に連れて行かれた。治療施設といっても内装は高級ホテルのような感じであった。


その装置は部屋の中央に設置されていた。


「それでは、このカプセル型装置にお入り下さい。最新鋭の装置で御座います。あなた様はこの中に入って眠るだけで身体は正常化されます。」

と老体の医者が言った。


「なるほど、私が宇宙に旅立ってから技術は確かに進歩しているようだ。」


「左様、物は試しです。さあお入り下さい。」


男は言われるがままに装置に入った。

装置の蓋が閉まると同時にカプセルの中にガスが満たされていく。


「ご安心下さい。睡眠導入剤のようなものです。最良の眠りへ誘います。」


医者の言葉が終わる頃には男は眠りにおちていた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・・・・・・」


「・・・・・さい。」


「お目覚め下さい。」


男はゆっくりと目を開けた。

いつの間にかベッドに寝かされていたようだ。


ベッドの横には医者が立っていた。


「お目覚めになられましたか。お身体はいかがでしょうか。」


そしてすぐ異変に気付いた。

身体が異様に軽いのだ。


「長年の悩みだった腰痛が無くなっている。いや、それだけじゃない、身体に力がみなぎっている。まるで10代に若返ったようだ。」


「満足いただけて何よりです。」


「とても素晴らしい。ここまで医学が進んでいるとは思わなかった。もしかして、嫁が未だに生きているのもこの装置のおかげなのか?」


「半分正解、、といったところでしょうか。いまから詳細をご説明致しましょう。」


老人は合図をすると、猿ぐつわされた何者かが室内に連れ込まれた。


男は目を丸くした。


その拘束されている男は自分と同じ顔をしていたのだ。


「これはいったいどういう事だ?まさかクローン技術というものか?」


「いえ、クローンではございません。

落ち着いてお聞きください。あなた様が宇宙に旅立たれて以降で、医学は限界を迎えました。流行病にどうしても打ち勝つことが出来なかったのです。」


老人はさらに続けた。


「そこで選んだ道がアンドロイド化です。人類は脆弱な肉体を捨てたのです。」


「という事は、いま目の前にいる彼がアンドロイドということか?」


老人は少しの沈黙の後、ゆっくりと答えた。


「いえ、あなた様がアンドロイドで御座います。既に記憶と思考回路のコピーは完了しました。」


「な、なんだと。」


その時、部屋のモニターからニュースが流れているのにきがついた。


『最後の人類のアンドロイド化が完了しました。 最後の人類の肉体は本日のうちに処分される見込みです。』


猿ぐつわされた男が目の前で必死にもがいている。

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