地球シミュレーション
春先の昼下がり、穏やかで過ごしやすい気候だった。ここは町外れにあるビルの6階にある一室。
中に居るのは男が2人、博士とその助手だった。博士は何処にでもいそうな中年のおじさんであったが、その道の権威であった。
博士は歓喜に満ちた表情で言った。
「ついに完成したぞ」
「博士、遂にやりましたね!」
「ああ、君もこれまで良く頑張ってくれた。」
博士と助手の前には銀色の装置が置かれている。
「早速、試してみましょう」
「そうだな。やってみよう」
2人は手際良く準備を始めた。
装置は冷蔵庫程の大きさで、そこから伸びたケーブルをモニターに挿しながら言った。
「この発明が公表されれば、世の中がひっくり返りますね。人類の文明は一気に発展を遂げることでしょう。」
「ああ、この装置を使えば、これまで解明出来なかった多くの謎を解き明かすことが出来る。もちろん、ちゃんと動作すればだ。さぁ、起動させるぞ。」
装置は静かに起動した。
しかし、特に何も起こらない。モニターも真っ暗なままだ。
「さあ、始まるぞ。」
博士がスイッチを操作すると、モニターに微かなモヤのようなものが映った。
しばらくするとモヤのようなものは集まりだし、回転を始め、その中心は光を帯び始めた。
そして、モヤは円盤状になったかと思うと、モヤの中から塵状のものを作り出した。
塵はぶつかり合いながら次第に大きさを増し、いつしか大きな球体となった。
そう、地球の誕生である。
「見事なものですね。」
「そうだな。ここまでは完璧だ。」
博士の発明は地球の軌跡をシミュレーションするものだった。特筆すべきはその精度であり、寸分の狂いもなく再現しているはずだった。
「ただ、地球の誕生などは、誰も見たものがいないわけだし、正しく再現出来ているか確かめようがないな。 もう少し時を進めてみよう。」
助手は装置についたレバーを回した。するとモニター内の地球は様相が変わっていった。
ドロドロとした熱そうな見た目だったものが徐々に冷めていき、やがて海洋に覆われた。さらに時を進めると地球に生命が現れた。
「創造主にでもなった気分だ。」
2人は時間を忘れて、モニターを食い入るように見続けた。そこには小さい頃に憧れた恐竜や、学生時代に勉強した偉人の真実の姿が映し出されていた。
「教科書の内容など、あてになりませんね。時の権力者が真実を捻じ曲げてきたのでしょう。この装置には新事実が詰まっている。」
「いや、まあ待て、まだこの装置が正しいとは証明されていない。更に時間を進めるんだ。」
助手はレバーの目盛りを"現在"に合わせた。
するとモニターは見慣れた光景を映し出した。その内容は紛れもなく現在の地球と同じである。
「念の為、もう少し確認しよう」
博士は違うレバーを操作してモニターを切り替えた。
するとそこには銀色の装置のモニターを覗き込む博士と助手が映し出し出された。
博士は安堵した表情で言った。
「この装置のシミュレーション結果が寸分の狂いもないと言える。地球誕生から現在まで寸分違わず辿ることができた。あちらの世界にも我々が存在している事がその証明だ。」
対して助手が言った。
「しかし、不思議な感覚ですね。この装置の中には、もう一つの世界が広がっているわけですね。」
さらに続けて、
「博士、この先はどう致しましょう?
恐らくはこのレバーを回すだけで、我々は未来を知る事が出来ます。」
「今日のところはここまでにしておこう。明日からまた忙しくなるぞ。とりあえず今日は祝杯だ」
助手は言われたとおりに操作を行い、装置は"ビー、ビー、ビー"というアラーム音と共に停止した。
不意に窓の外が真っ暗になった。と同時に空から"ビー、ビー、ビー"という金切り音が聞こえる。
博士と助手がビルの窓から外を眺めると、あたりは静まり返っていた。突然、世界そのものが停止してしまったかのように。
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