第22話「鳴箭魚」

 迷宮5階層──気温と湿度が一年を通じて高く、人の背丈以上の草木が鬱蒼と茂る密林層。

 道と呼べる道は先人が切り開いた6階層までの一本道の他になく、一度道を外れれば即座に現在位置を見失う。


「あっつー」

「暑いね……でもまあ、9階層より楽と思えば」


 あまりの暑さに溶けそうな顔で胸元を手で扇ぐヘザーを尻目に、僕もしたたり落ちる汗を拭う。

 流石に9階層──火山層より幾分か気温はマシだが、湿度の高さも相まって体感温度と不快感は相当なものだった。


「ねえアレン……本当にここ狩場にするの?」

「一応大河の近くなら暑さは多少マシになると思うけど……」


 既に嫌気が差した様子のヘザーに対して、僕も自身の選択を若干後悔し始めていた。


 迷宮5階層を主要の狩場とする冒険者は殆どいない。

 ただでさえ環境が悪いのに加えて、実のところ一本道を辿たどれば5階層は大して時間を掛けずに抜けることができる。

 迷宮5階層は6階層への通り道──冒険者の中では既にこの考えが一般的になっている。


「ヘザーは大河まで行った事ある?」

「んー5階層は何度か来たことあるけど、あっついからさっさと抜けてたかなぁ」


 迷宮5階層といえば大河が象徴的である。

 ただ、6階層に向かう上では大河に近付く必要も、横断する必要もない。

 故に5階層は上層であるにもかかわらず、大河の向こうは依然として大部分が未踏破地域となっていたりする。


 全体的に薄暗い密林の中、魔物の奇襲に備えながら進行する僕達は、とある地点で一本道を逸れた。


「……戻ってこれるよね?」

「大丈夫。一度通ったら忘れない」


 行手を阻む草木を短剣で斬り払いながら、僕達は5階層を二分する大河目指して突き進む。


 道なき道を進む事1時間。

 悠然と流れる大河の目前にまで迫った僕は、魔物が発する特徴的な音に足を止める。

 ヒュッ──とまるで矢が風を切るような音が連続して迷宮に高鳴る。


「ねえアレン、これって……?」

「うん。目的の魔物──鳴箭魚アローフィッシュだね」


 鳴箭魚アローフィッシュ──迷宮5階層の大河に棲息する、鋭く尖った口とノコギリ状の歯、細長いフォルムが特徴的な肉食魚。

 まるで矢を放ったが如く水上へ飛び出る姿と、矢音の様な風切り音から、の様に鳴る魚──鳴箭魚と名付けられた。


「ここから先は不用意に近付くと危ない。気をつけて」


 鳴箭魚の生態は獰猛の一言であり、水中空中地上──場所を問わず大河に近付く全ての獲物に喰らい付く。

 獲物の種類も大きさも、喰らい付いた後に大河まで戻る方法も、全てを無視して一直線に飛び出す鳴箭魚。


 何の対策もなしに大河に近付こうものなら、一瞬で全身を撃ち抜かれ、物言わぬむくろと化す。

 自らの命をかえりみない捨て身の特攻に、三級冒険者の間で鳴箭魚は大いに恐れられている。


「ねえあれ!」


 ヘザーが驚愕した表情で指差す先。

 大河の上空を飛翔していた大型の魔物──赤い鶏冠とさかを有するコカトリス目掛けて水中から鳴箭魚が撃ち出される。

 コカトリスは自身に喰らい付かんとする鳴箭魚を鋭い脚爪で、羽根で打ち落とす──が、


「あ」


 ヘザーが短い悲鳴を零す。

 コカトリスが上空を飛んでいられたのはほんの僅かに過ぎなかった。

 打ち落とすそばから飛び掛かる鳴箭魚に体の至る所を撃ち抜かれ──喰い千切られたコカトリス。

 コカトリスは断末魔を残し、流れ落ちる血と共に大河へと墜落した。


「……今から倒そうと思ってるのは鳴箭魚アレだよ」

「本気で言ってる?」


 半ば呆れ気味のヘザーに対して、僕も本当に立ち向かって良い相手なのか不安にさいなまれる。


(──鳴箭魚相手に勝てないなら15階層なんて夢のまた夢か)


 目指す所は15階層──鳴箭魚ごときに苦戦してはいられない。

 それに、なにもその場の勢いで鳴箭魚を倒しに来ている訳ではない。

 今の僕ならば絶対に倒せると言う確信の下、鳴箭魚ならば効率よくレベリングが可能という考えでここまでやってきた。



 僕は《伝説の剣》を召喚すると、事前に決めていたステータスへと振り直す。



=================


【名前:アレン・フォージャー】Lv.1


 武術:F+(0/50)

 魔法:F− (0/51)

 防御:G+(0/28)

 敏捷:F (0/52)→B(0/208)

 器用:G+(0/30)

 反応:F+ (0/60)→B−(0/180)

 幸運:G+(0/36)

 経験値:0/50

 保有技点:3522→0


=================


 迷宮5階層へ降りるまでに僕は計3度のLv.upに成功し、《技点》は3143→3522まで上昇した。

 これにより【収納】に振る《技点》を除いて自由に振る事の出来る《技点》は2622。

 僕はこの《技点》を《反応》と《敏捷》へ割り振った。


 いかに素早い鳴箭魚と言えども、空中に飛び出してしまえば後は勢いに身を任せるしかない。

 僕目掛けて飛び掛かる鳴箭魚を、《反応》と《敏捷》に任せて全て叩き落とす。


 仮に一撃で仕留められなくても初撃に失敗した鳴箭魚など陸に上がった河童──もはや敵ではない。

 鳴箭魚の攻撃が一段落したタイミングを見計らってとどめを刺せば良い。


「ヘザーは鳴箭魚の感知外から、僕目掛けて飛んでくる鳴箭魚の一部を撃ち落としてくれれば助かる」

「外しても文句言わないでよ?」

「僕に誤射しなければ良いよ」

「んー無理かも」

「こらこら」


 軽い冗談を挟みながらも、ヘザーは後方に待機──僕は大河のすぐ側まで向かう。


「ふぅ……」


 僕は緊張を鎮める為に大きく息を吐く。

 迷宮5階層の大河に近付くものは、等しく鳴箭魚の猛撃に晒される。

 ただ──逆に言えばこちらが動かずとも敵が向こうからやってくるという事である。

 自らがえさとなり危険に晒される代償として、立ってるだけで経験値が飛び込んでくるのだ。


 鳴箭魚の経験値は実のところ大鼠と大差ない。

 ただ《初期化》と言う手段がある以上、一匹あたりの経験値量はさほど重要ではない。


 僕は短刀片手に一歩、また一歩と大河へと歩を進める。


 ヒュッ──と。


 河岸付近を遊泳していた鳴箭魚が、獲物の接近に伴い次々と飛び掛かる。


「……っ!」


 大河に目を凝らしていた僕は、想定外の鳴箭魚の速さに息を呑む──



 僕は冒険者になって以来、《反応》というステータスに《技点》を振った事が一度もなかった。

 《反応》よりも《武術》であったり《敏捷》というステータスの方が重要度は高く優先されるべきである。そう考えてきた──が、


(──遅すぎる)


 Bまでに引き上げられた《反応》をもってすれば、鳴箭魚の突撃はゴブリンの突撃より劣って見えた。

 鳴箭魚一匹一匹の大きさも、模様も全てはっきりと視認できる。


「フッ!」


 僕は鳴箭魚目掛けて、裂帛の気合いでもって短刀を振り下ろす。

 《反応》だけではない──《敏捷》にも同時に《技点》を割り振る事で、体が、腕が、短刀が思い通りの軌跡を描く。



【Lv.1→2に上昇しました。《技点:123》を獲得しました。現在の《保有技点》は123です】


【Lv.2→3に上昇しました。《技点:118》を獲得しました。現在の《保有技点》は241です】


【Lv.3→4に上昇しました。《技点:120》を獲得しました。現在の《保有技点》は361です】



 僕の足下に鳴箭魚のしかばねが、魔石となって築き上げられていく。

 経験値効率を考えるならLv.up毎に《初期化》するのが最も効率の良いやり方──そうではない。

 むしろここまで連続して経験値が飛び込んでくるならば、

 《初期化》はLv.が明確に上がり辛くなったと知覚したタイミングで問題ない──僕は即断する。


「ははは……!」


 まるで戦場に降り注ぐ矢が如き鳴箭魚に、僕の血が沸騰する。

 ただ鳴箭魚の動きにだけ意識を研ぎ澄ませ、本能に身を任せて鳴箭魚を迎撃する。


 一度ひとたび短刀を振るう毎に、その動きは洗練され、無駄が削ぎ落とされる。

 ヘザーが援護を挟む余地すらない──僕は最小限の動きで持って、喉笛に喰らい付かんとする鳴箭魚の脳天へと短刀を叩き込む。


 僕のあまりの戦闘狂っぷりにヘザーがドン引きしている事も露知らず、僕は自らに襲い掛かる一切合切を斬り伏せた。

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