第13話「共通依頼」
ヘザーと別れた僕は、ギルドへと足を踏み入れる。
「うわぁ」
開け放たれた扉から、冒険者の熱気が押し寄せる。
依頼が貼られている掲示板の前は、昨日訪れた時よりも多くの冒険者でごった返していた。
僕はその後方から背伸びをし、必死にどんな依頼が貼られているのかを確かめる。
「無いなぁ……」
それから数分後。
掲示板に貼り付けられた多数の依頼紙──その《条件》部分を注視していた僕は、思わずため息を吐いた。
お使いに力仕事──Lv.1でも受ける事が可能な依頼は、やはりと言うべきか討伐依頼が少ない。
ギルドとしても、駆け出し冒険者の死亡率を抑える為にこうした処置を取っている。それは分かっているのだが……
「申し訳ございません。間を通ります」
僕の後方──依頼紙を抱えたギルド職員が、冒険者の人混みをかき分けるように掲示板前に歩み出る。
「お、新しい依頼か?」
「取り敢えず今から貼られる依頼見てから、この依頼受けるかどうか決めようぜ」
新しい依頼紙の登場に、掲示板前が活気付く。
ギルド職員は、手始めに一際大きな依頼紙を掲示板中央に貼り付けると──
「──
横に長い掲示板の隅々まで目を向けていた僕を含めて、掲示板前に集まる全ての冒険者がその依頼紙に視線を向ける。
=================
《依頼内容》
共通依頼
迷宮都市地下水道に大量発生している大鼠の討伐
《条件》
なし
《期日》
本日20時(厳守)
《報酬》
一匹あたり銅貨3枚
討伐証明は大鼠の魔石を参照
なお、最多討伐者には追加報酬として銀貨10枚
次点討伐者に銀貨3枚を支払う
パーティー単位で依頼を受ける場合、討伐数はパーティーの構成人数で割った値が参照される
追加報酬はパーティー単位で支払う
=================
確か昨日も見た大鼠討伐の依頼。
しかしながら一匹あたりの討伐単価が銅貨1枚から3枚に跳ね上がっている。さらに──
「おい、最多討伐で銀貨10枚だってよ」
「マジかよ。結構美味いんじゃねこの依頼」
「半年ぶりに来たな……大鼠討伐祭り。いっちょ参加するか」
銀貨10枚──目を見張る追加報酬の額に、掲示板に集う多くの冒険者が色めき立つ。
「共通依頼……」
そんな中、僕は依頼の形態に関して古い記憶を
【冒険者ギルド】の依頼は、その形式によって大きく3つに分けられる。
一つ目は【特殊依頼】。
顧客から特定の個人に向けた依頼を、ギルドが仲介役となって打診する形式。
基本的に腕の立つ二級以上の冒険者が受けるケースが多く、このタイプの依頼は掲示板に貼り出されない。
二つ目は【先着依頼】。
条件を満たした冒険者であれば誰でも受ける事ができ、依頼を受ける場合は掲示板に貼られた依頼紙を剥がして受付に提出する。
その性質上、基本的に同じ依頼を複数人が受ける事は出来ず、依頼を受けるには早い者勝ちの依頼紙争奪戦を制する必要がある。
早朝の掲示板前が特に混雑しているのは、【先着依頼】の存在が大きい。
そして最後が【共通依頼】。
条件を満たした冒険者であれば誰でも受ける事が出来るというのは【先着依頼】と同様だが、依頼を受ける事が出来る冒険者に数の制限がない。
依頼の達成度合いや達成順により報酬に変化が生じるのが大きな特徴であり、今回の様に追加報酬が出る場合もある。
【最多討伐者には追加報酬として銀貨10枚】
魅力的な文言に僕の心が揺れる。
正直言って銀貨10枚は二級以上の冒険者に取ってみればそこまで大金とは言えない。
故に今回の【共通依頼】に盛り上がっているのは、大半が駆け出し冒険者ないし三級冒険者だろう。
「銀貨10枚か……」
銀貨が10枚もあれば壊してしまった扉の修繕費を返済してなお、当分宿泊するだけのお金が残る。
本当なら迷宮低階層で依頼をこなしつつ、
金策が目下の課題。
そう判断した僕は【共通依頼】を受ける為に受付に並び始める──とその時だった。
「ねえ、君」
「……え?」
「君ってさ、あの【共通依頼】受ける感じ?」
軽武装に身を包んだ、糸の様な目と切り揃えられた前髪が特徴的な冒険者。
突然話しかけられた僕は、困惑しながらもゆっくりと首を縦に振る。
「そうか、君もあの依頼受けるんだね」
「はい」
「ならさ、君を対等なパートナーと見込んで、僕と──いや、僕達と一つ共闘しないか?」
糸目の冒険者は、彼の後方に控える数人の冒険者を指差すと不敵に笑う。
共闘──何やら良からぬ誘いの予感に、僕は身を硬くする。
「あーいや。共闘と言っても大した事じゃないんだ」
糸目の冒険者は僕が警戒しているのを察したのか、友好的な仕草で語りかける。
「【共通依頼】の話なんだけど、あの依頼って一見多額の報酬が得られるように見えて、実際のところ最多討伐者以外は大した金額を貰えない」
次点討伐数を誇る冒険者にも3枚の銀貨報酬があるが、結局追加報酬を受け取れるのは2人だけ。
追加報酬を受け取る事の出来ない多くの冒険者にとって見れば、実のところあまり実入りの良い依頼とは言えないだろう。
正直これ以上糸目の冒険者と関わりたくはなかったが、列に並んでいる都合、僕は動くに動けないでいた。
糸目の冒険者は、そんな僕に構わず話し続ける。
「かくいう僕もまだ駆け出しで、二級以上の冒険者にあの依頼を受けられれば、到底勝てっこないんだよね」
糸目の冒険者は「勝てっこない」と大仰に手を開いてみせる。
だから──糸目の冒険者はニヤリと笑う。
「君を含めて計5人──5人が討伐した大鼠の魔石を集めて、代表として僕が提出する。流石に5人分の魔石が集まれば最多討伐は間違いない」
ようやく僕にも話が見えてきた。
僕が黙っているのを好感触と勘違いしたのか、糸目の冒険者は意気揚々と続ける。
「最多討伐報酬で受け取った銀貨10枚。それを5人で分配して1人あたり2枚ずつ受け取る。どうだい、この提案?」
鼻高々とそう締めくくった糸目の冒険者に対して、僕は「残念ですが」と大きく首を横に振る。
もし不正が発覚すれば、初犯でも一定期間冒険者資格を剥奪される恐れがある。
それに元より不正に加担するつもりは全く無かった。
糸目の冒険者は僕に断られた事が余程気に障ったのか、言葉に不快感を滲ませる。
「うーん……君に取って損な事は無いと思うんだけどな。言っちゃ悪いけど君、追加報酬を狙える冒険者とは全く思えないけど」
「……」
言い返せば増長するだけ──徹底的に無視を決め込む僕に対して、糸目の冒険者の顔が赤く染まっていく。
「君さ、見たところまともな武器持ってないよね? まだ駆け出しみたいだし何かとお金に困ってると思うけど、追加報酬のお
糸目の冒険者の化けの皮が剥がれていく。
まともな提案をしているならば、対等な筈のパートナーにお零れなんて言葉は出てこないだろう。
「もう良い! 君以外にもパートナーは沢山いる! 精々後で後悔するんだな!」
糸目の冒険者は肩を怒らせ、その場を去って行った。
「はぁ……」
僕は大きく息を吐く。
根に持たれなければ良いけど──僕はドルゲスの例を思い浮かべながらそう祈った。
◇ side:《糸目の冒険者》ゼイン
糸目の冒険者──ゼインは、怒りに身を震わせながらギルド内を闊歩する。
「まあまあ、ゼインさん。あの馬鹿の事は置いといて他の共闘候補を探しましょう」
「そうですよ。わざわざ損得も分からない駆け出しを狙わなくても、僕達の提案に同調してくれる人はいる筈です」
「……」
提案に賛同し付いてきた冒険者から励まされるゼイン。
その言葉を聞いたゼインは、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
あの馬鹿? 損得も分からない駆け出し?
(お前達の事だろ、愚図共が)
ゼインは心の中で嘲笑する。
「──最多討伐報酬を代表として受け取った後、共闘者に分配する」
そうは言ったものの、とうのゼインに分配する腹積もりは毛頭無かった。
(精々僕に搾取されてくれ)
ゼインは心の中でそう呟く。
追加報酬の銀貨10枚は全て自らの懐に納める。
それで不満が出たところで、ギルドに通報しようものなら自らが不正行為に加担している事を認める事になる。
損得が分かっているのであれば、そんな馬鹿な真似は起こさないだろう。
結局の所ゼインの計画に加担した者は泣き寝入りするしかない。ゼインはそう読んでいた。
「……ああ、ごめん。次こそは損得の分かるパートナーを探そう」
ゼインはそう返事をすると、再び冒険者の集団に目を向ける。
ゼインの計画を断った、あのまともな武器すら持ち合わせていない冒険者。
最多討伐報酬を受け取った
悔しそうな顔を浮かべる冒険者の顔を思い浮かべ、ゼインは少し溜飲を下げた。
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