第10話「再会」

 ついに収納する物が《伝説の剣》と銀貨一枚だけになった僕は、居住地点を確保すべく迷宮都市を彷徨さまよう。

 僕が居住地点に求める条件は、第一に銀貨一枚で三泊以上出来る事。

 第二に《伝説の剣》を召喚しても床が抜けない事。

 第三に《伝説の剣》を安全に保管出来る事だった。


「うーん……やっぱり銀貨一枚じゃ厳しいのかな」


 迷宮都市に点在する宿を巡っていた僕だったが、やはり安価で泊まれる宿はどれも安全から遠くかけ離れている。


「はぁ……」


 一泊銅貨一枚──しかしながらまともな鍵すら付いていない宿から出た僕は、大きなため息を吐いた。


《伝説の剣》を盗難できる怪力の持ち主は現状迷宮都市に存在しないと見て問題ない。

 しかし、黒を基調に精緻な装飾が施された一振りの剣──《伝説の剣》が宿に置いてあると判明すれば、騒ぎになる事は避けられないだろう。


「……やっぱり《初期化》しても【収納】に振らなきゃだめなのかなぁ」


 初期化後も《伝説の剣》を収納し続けるという方向に、僕は思考を切り替えてみる。


《伝説の剣》を収納するとなると、【スキル:収納】──〔重量〕のlevelをまた1からMAXまで上げなくてはならない。

 折角ステータスを振り直す事が可能になったにもかかわらず、またしても【収納】に振るのは気乗りがしなかった。


「……よし」


 悩むのは居住地点を決めてからにしよう。

 そう考えた僕は、そこで思考を打ち切った。


 足に任せて迷宮都市を彷徨さまよっていた僕は、気が付くと【朱雀】の拠点ホーム近くまで来ていた。

 僕はふと一人の少女の事を思い出す。


「ルル……大丈夫かな」


【朱雀】を追放された時にクラウンが発した言葉は、未だに僕の心にしこりとなって残っていた。


 僕よりも酷い目に遭うかもしれないとは一体どういう事なのか。

【朱雀】東館──ルルが居住する館へとそれとなく僕は目を向ける。


「あ!」


 互いの視線がぶつかった。

 自然と僕の口元がほころぶ。

【朱雀】東館の一室から窓の外を眺めていた少女──ルルもまた僕の姿を認めたのか、満面の笑みを浮かべていた。

 ルルは窓際から即座にひるがえると、数十秒後には僕の下まで駆け寄ってくる。


「アレン!」


 息せき切って僕の胸に飛び込んでくるルルを受け止めた僕は、ひとまずルルが無事である事に安堵した。

 ルルは僕の胸に顔を埋め、そのままじっとしている。


「ルル?」

「……ごめん」

「え?」

「アレンの追放……結局止められなかった」


 沈んだ声でそう述べるルルに対して、僕は思わず苦笑する。

 どう考えてもルルが謝る必要はない。

 むしろあれ程かばってくれたルルに対して、僕は感謝の言葉すら伝える事が出来ていなかった。


「謝るのはこっちの方だよ」

「……?」

「僕なんかを庇わせちゃったせいでルルは取り押さえられたし、【朱雀】内の立場も悪くなった。そうでしょ?」


 ガレウスに対して反抗した結果、【朱雀】のメンバーに取り押さえられることになったルル。

 悲痛な表情を浮かべる僕に対して、ルルはふるふると首を横に振る。


「それは大丈夫。怪我はしてないし、【朱雀】での立場もそこまで変わらない。報酬を少し減額されただけ」

「ドルゲスの逆鱗には触れなかった?」


《副軍第一軍軍長》──ドルゲス。

 ガレウスを筆頭に僕を除いた《主軍》のメンバーを深く敬愛する一方、《主軍》に対する野心は人並外れて強い。

 自らの栄進を妨げる者には容赦せず、どんな手を使っても引き摺り下ろす──そんな冒険者。

 ドルゲスの事を思い出した僕の胸に、屈辱的な気分がよみがえる。


 ドルゲスは同じ《副軍第一軍》であるルルの不始末の責任を取らされ、《主軍》入りを白紙にされた。

 さぞかし怒り狂っているだろう──そう推測した僕に対して、


「ドルゲスはどういう訳か私に対して何も言ってこない。《副軍第一軍》から外される事もないし……三週間後の中期遠征でも同じパーティー」


 ルルは自分でも腑に落ちていないのか困惑した様子でそう告げると、一転明るい笑顔を僕に向ける。


「そうだアレン!」

「ん?」

「私三週間後の中期遠征から帰還したら、【朱雀】を辞めるよ」

「……え!?」


 衝撃の告白に、僕は目を丸くする。


「不必要になった冒険者は躊躇ためらいなく追放する。そんなクランに居座ってても、いずれ捨てられるだけ。ならいっその事こっちから出て行こうかなって」


 ルルはいたずらっぽい笑顔を浮かべ、そう言い捨てた。


「アレンって今ソロだよね? 私が【朱雀】を抜けたら、 3年前みたいにもう一度パーティー組もうよ!」


 ルルまで【朱雀】を辞める必要はない。

 そう言いかけた僕だったが、ルルの言葉に胸を打たれて何も言えなかった。

 ルルの言葉は、僕にとってあまりにも嬉しすぎた。


「……うん。また一緒に迷宮潜ろう」


 僕はなんとか言葉を絞り出し、約束を交わす。


「おい、そこのお前! 何をしてる!」


 追放されたはずの僕が拠点ホーム近くに居る事を見咎めた【朱雀】の戦闘員が近付いて来る。


「またねアレン」

「うん。また」


 互いに別れを告げると、僕はその場を後にした。

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