第4話「休息と不穏」
地層──聖剣広場。
「迷宮10階層到着までに180分の遅延。地層到着までに多少無茶な行軍をして結果的に60分の遅延だ。遅延の責任はアレンの報酬から
クラウンからの無慈悲な言葉に耳を傾けている余裕はなかった。
まだ癒えていない傷だらけの体で無理な移動を重ねたせいで、僕の体は限界を迎えていた。
「アレン……大丈夫……?」
《副軍第一軍》所属──【朱雀】で最も親しい冒険者であるルル・ソルレットが僕の顔を反対方向から覗き込んでいた。
ルルの銀色の長髪が僕の両頬を撫でる。
「大丈夫だよ……ルル……ぐっ!」
心配そうな顔を浮かべるルルの膝から顔を上げようとした僕は、腹部の刺すような痛みに思わず苦悶を漏らす。
「まだ動いちゃダメだってアレン。任せて……」
ルルは繊細な割れ物に触れる様に、恐る恐る僕の腹部へと両手を乗せる。
「頼りないけど……これで何とか」
淡い光がじんわりとした温もりを伴って僕の腹部を包む。
【光魔法】──ルルの持つ【
聖剣広場──数百年の間誰も抜く事ができなかったとされる迷宮都市の象徴とも呼べるレジェンドアイテム《伝説の剣》が中央に鎮座する広場。
迷宮入り口手前に広がるその広場は、市民には
そしてその広場の一角。有料の
「ねえアレン」
「……ん?」
「お願いだから、こんな無茶もうしないで」
ポツリと水滴が僕の額に落ちる。
閉じかけていた
「ごめん……」
僕はただ謝る事しか出来ない。
《主軍》で使い潰されている現状、無茶をしない保証なんてどこにも無かった。
僕は気まずさから応急救護室の外へと視線を向ける。
《主軍》《副軍》のメンバーは既に【朱雀】
《予備軍》《非戦闘員》は広場内に簡易的に仮組みされた小屋の下、今回の遠征で獲得した魔石を大きさ、重さ、純度毎に仕分けていた。
大量の魔石は商人が統括する【クラン】に売り払う。
ドロップアイテムの
【朱雀】帰還を聞き付けた商人と在野の鑑定士、一級冒険者の帰還を見に来た野次馬が広場内を慌ただしく往来していた。
「……ルル」
「ん?」
ルルの献身的な治癒によって、僕の体は何とか歩けるまでに回復していた。
ありがとう、もう大丈夫──そう言って立ち上がろうとした僕だったが。
「……どうしたの?」
不休で動き続けた事による疲労に光魔法の安心感。
緊張の糸が切れた僕は、ルルの膝を枕にそのまま意識を失った。
◇side:《副軍軍長》ドルゲス
「ドルゲス様。一部のドロップアイテムに関して、詳細な鑑定結果が出ました」
「うむ」
【朱雀】全軍合同の大遠征から一週間。
「再鑑定を依頼したドロップアイテムは全部で3つだったか……」
「はい」
【朱雀】において、平時は《経理部門》を担当するドルゲスは、子飼いの非戦闘員から鑑定書を受け取る。
その中でも、ドロップアイテムに絞ると以下の分類が存在する。
上層低階層でも容易に取得できる《コモン》。
上層低階層で稀に取得できる《ユニーク》。
上層深部で稀に取得できる《レア》。
中層深部で稀に取得できる《エピック》。
そして下層深部でしか取得できない《レジェンド》。
レジェンドアイテムは、過去に自死を覚悟して下層深部へ進出した一級冒険者の手により、計三点の取得に成功した歴史がある。
その証拠となる鑑定書は、現在も各所に残されている。
ただ、肝心なアイテム自体は【クラン】同士の壮絶な争いの末、一点は大破、もう一点は武器への錬成に失敗して消失した。
現存する唯一のレジェンドアイテムは、小国すら買えるだけの金額と引き換えに国宝として王宮内部に保管されている。
高価な竜皮紙に記されていた鑑定内容を読み始めたドルゲスは、一枚目にして思わず目を疑った。
「エピック……だと……」
希少性は大抵の場合性能や効果に直結する。
職人の腕や製作過程によって差異は生まれるが、コモンアイテムを元に作った武器は性能が低く、エピックアイテムを元にした場合は性能がとても高くなり易い。
「《特殊効果》付きのエピックアイテムか……」
レア以上のドロップアイテムには、魔力を流す事により特殊な効果を発揮する物が存在する。
《特殊効果》を持つ事が判明した一部のドロップアイテムに対し、ドルゲスは厳密な効果を確認すべく再鑑定を要求していた。
ドルゲスは椅子に深く腰掛け直すと、もう一度慎重に鑑定書を読み始める。
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【アイテム:魔法袋】レア度:エピック
《取得階層》
16階層
《ドロップ対象》
《効果》
魔力を対価に生物を除く、袋の口に収まるあらゆる物品を収納可能な皮製の袋。
袋内の空間を最大5m×5m×5mまで拡張する事が可能。
袋内に入れた物品の重量は1/50となる。
袋内に入れられた物品の時間が停止する。
=================
「……信じられん」
ドルゲスの再度の驚嘆に反応した非戦闘員は、ドルゲス譲りの卑しい笑みを浮かべる。
「レア度エピック。しかも《特殊効果》付きのドロップアイテムともなれば、かなりの高値で売れますな」
早速脳内で皮算用を始める非戦闘員に対して、ドルゲスは即座に待ったをかける。
「このアイテムは、売ってはならぬ」
「……何故?」
「これから我らが【朱雀】は更に飛躍を続ける。中層、そして下層への進出を果たした時、
ドルゲスはどこかで聞いた様な話を
「成る程。【朱雀】のさらなる躍進を見越して、目先の利益に囚われるのではなく保持すべしと。ドルゲス様のご慧眼に感服いたします」
「一応見積書は徴するが、どれほど高値であっても手放す事は無いだろうな」
ドルゲスはそう話を纏めると、ガレウス様へ上げる決裁書を記すという名目で非戦闘員を部屋から退出させる。
「これならば……このアイテムさえあれば“あいつ”を蹴落とせる」
一人だけとなったその部屋で、ドルゲスは鑑定書片手に暗く笑った。
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