第3話「《照明屋》ルル 【side:副軍第一軍】」

◇side:《副軍第一軍》

 


迷宮10階層──安全地帯セーフティポイント


 1階層から連なる迷宮上層の最深部。

 中層へと続く下り坂を囲うように発展した、魔物の侵入を極限まで阻んだ冒険者の休息地。


 どこも法外な値段ながら、宿屋に武器屋、古道具屋が軒を連ね、小規模な町の様相を呈している。


 安全地帯の一角。主に上層未踏破地帯の探索を行う【朱雀】《副軍第一軍》──ドルゲスが指揮するパーティーは《主軍》の到着を今か今かと待ちわびていた。


 裕福な商人を想起させる肥満体。長く伸びた髭をしきりにしごいていたドルゲスは、腹立たしげに一人の冒険者の名を呼んだ。


「おい照明屋ライター。今の時間は?」

「……はい。現在1430いちよんさんまる、主軍の到着時間を150分程超過しています」

「どうしてまだ《主軍》が、ガレウス様が参られないのだ!!」


 ドルゲスは敬愛する《主軍軍長》の不在に、見当違いの怒りをぶつける。

 照明屋ライターと呼ばれた銀髪蒼眼の少女は、ドルゲスのあまりの剣幕に身を縮こます。


「どうせあの荷物持ちポーターが足を引っ張っているに違いない……ガレウス様はどうしてあんな無能を《主軍》に登用されたんだ」


 聞こえによってはガレウスの判断を軽んじているとも取られるドルゲスの発言。

 しかしドルゲスは気付いた様子もなく一人の荷物持ちポーターへの憎悪を募らせる。


「あいつさえ、あいつさえ居なければ私が《主軍》としてガレウス様の露払いに……いや、片腕にまでなれたと言うのに」


 目を充血させ、あり得たはずの未来に対する妄想を加速させるドルゲス。

 いつもは機嫌取りに徹するパーティーメンバーも危うきに近寄らずと距離を取っている。


 《照明屋ライター》──ルル・ソルレット。

 迷宮において地図役マッパー兼暗所を照らす照明屋ライターとしての役割を全うするルルは、一人ドルゲスの怒りの捌け口となっていた。


「おい照明屋ライター。お前、《主軍》の荷物持ちポーターと随分親しいらしいな」

「はい……?」


 ルルは質問の意図が飲み込めず、警戒しながらも返事をする。


「どういう手を使ってあいつが《主軍》に留まっているか。詳しいやり方を教えろ」

「……いや」

「あいつがガレウス様に上手いこと取り込んだのは間違いない!その小ずるい方法を教えろと言ってるんだ!」


 鼻息荒く迫るガレウスに対して、ルルは思わず顔を背ける。


 《荷物持ちポーター》──アレン・フォージャー。

【朱雀】への加入はルルとほぼ同時期で、加入してから半年程は《予備軍》の同じパーティーだった。

 当時はアレンが《剣士》、ルルが《回復術師》を務め、主に迷宮一、二階層の探索を行なっていた。


 アレンが《主軍》への奇跡的な昇進。ルルも《副軍》へと昇進を果たしてからも、パーティー内での不遇な立場をお互い慰め、励ましあう──そんな仲だった。



「──ルル。今日は君の誕生日だろ? 昨日たまたま道具市どうぐいちで見付けたんだけど、これ」


 そう言って首に掛けてくれたシルバーチェーンのネックレス。

 装着者に微小ながらも《治癒効果》を付与するそのネックレスをギュッと掴んだルルは、未だ姿を見せないアレンへと思いを馳せる。


【朱雀】の中で誰よりも心優しい剣士。


 それがルルのアレンに対する人物評だった。


「……ずるい方法なんて使ってませんよ、アレンは」

「そんな訳がない!あんな無能な荷物持ち、《主軍》から追放されないのには何か理由がある筈だ!」


 頑なに考えを曲げずわめき続けるドルゲス。

 ルルはドルゲスが落ち着くタイミングを見計らい、口を開く。


「アレンの【スキル】について、《軍長》はご存じですか?」

「……あ? 確か【収納】だったか。戦闘には何ら役に立たないくずスキルだ」

「確かに戦闘には役に立ち辛いですが、中層を主戦場とする《主軍》には必須の【スキル】です」

「どういう事だ?」


 理解が追いつかない様子のドルゲスを見て、ルルは心の中で嘆息する。


「上層には大きさこそ差はありますが各階に安全地帯セーフティポイントがあります」

「それがどうした?」

「基本的に《副軍》は各階層の安全地帯セーフティポイントを拠点にして探索を繰り返してますよね?」

「だから、それがどういう関係があるんだ!」


 問答に耐えきれなくなったドルゲスが声を荒らげる。


「……私達が探索を引き上げて安全地帯セーフティポイントに戻るのはどのタイミングでしょうか?」

「馬鹿にしてるのか? そんなもの戦利品アイテムをこれ以上保持できなくなったタイミング──」


「はっ!」と、ドルゲスは顔を上げた。


「そうか……中層以降は安全地帯セーフティポイントが存在しない。大量に戦利品アイテムを保持できる荷物持ちポーターが必要なのか……」

「それだけじゃ無いですよ」


 ルルは恐怖心を押し殺し、矢継ぎ早に続ける。

 アレンが馬鹿にされているという事実に、ルルはかなりの苛立ちを覚えていた。


荷物持ちポーターの役割に隠れて気付かれにくいですが、アレンの地図役マッパーとしての能力は一流です」


 ルルは《予備軍》時代を思い出す。

 地図役マッパーは基本的にアレンが務めていたが、アレンが先導するパーティーが迷宮内を迷うといった事はただの一度もなかった。

 本人いわく一度通った道は絶対に忘れないらしく、過去に通った道の中から目的地までの最短経路を常に選択する事が可能……との事だ。


(出来る訳がない)


 いとも容易く言って退けるアレンに、当時のルルは密かに戦慄した。

 現状、《副軍》に昇進したルルは《地図役マッパー》を兼任しているが、当時のアレンと比べてもその能力には天と地の差がある。


「《主軍》のガレウス様方にあいつの能力が認められている、というのか……」


 怒りに震える肩が徐々に沈んでいく。

 ドルゲスは消沈した様にその場に座り込んだ。


(本当に認められてたら……もう少しアレンの扱いも良くなると思うんだけど)


 ルルはその姿に気を良くしながらも、ドルゲスに聞こえない様ポツリと独りごちた。


 荷物持ちポーターしか能が無い役立たずと馬鹿にしながら、知らず知らず《主軍》はアレンの地図役マッパーとしての能力に依存している。

 アレン当人すら無自覚なその事実に、ルルだけが気付いていた。


 すっかり気落ちしたドルゲスの元をそれとなく離れようとしたルルだったが──


「──認めんぞ……私は絶対に認めない……!」


 一方的な恨みと飽くなき野心のこもった怨嗟の声。


「《主軍》は【朱雀】の中で最も強い5名が選ばれなくてはならない。ガレウス様、クラウン様、シエラ様、ルワン様そして──この私」


 ガレウスに対する敬愛に出世欲、アレンに対する憎悪で濁った瞳を空に向けたドルゲスは、幽鬼の様に立ち上がる。


「アレン……《主軍》に相応しいのはこの私だ。絶対にお前を破滅させてやる……!」


【クラン:朱雀】──《主軍》到着を告げる笛の音が安全地帯セーフティポイントを木霊する。


 呪詛にも似たその言葉は、笛の音と上層帰還をたたえる冒険者の歓声によって掻き消された。


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